第114話、海底探索


 フィリピン海。日本海軍と異世界帝国海軍太平洋艦隊の激闘があった海。


 その海底付近を潜航する潜水艦があった。


 日本海軍第九艦隊所属、マ-8号潜水艦である。防護巡洋艦『高千穂』を徹底改造して魔式機関搭載の潜水艦にした船だ。


「……見つけました。大型艦艇のようです」


 水測士の報告に、マ-8号艦長の松川少佐は覗き込んだ。


「3隻目か?」

「おそらく。船体が分断されていますが、空母のようです」


 九九式魔式探信儀による魔力放射で、海底の地形が浮かび上がる。その中で、金属の反応――沈没した艦が、他とは異なる色で表示されている。


「魔核が生きている艦はありがたいな。能力者の力で、場所が探りやすいから」


 松川は独りごちる。

 やがて、マ-8号潜は、敵大型空母の本体とも言える主要部分を発見した。


「捕獲機用意。……手順は、言うまでもないな」

「了解です。キャプチャー準備。標的を中央に捕捉して――」


 マ-8号潜の正面に、海底に沈む空母だった残骸を捉える。そしてワイヤーのようなものが発射され、残骸に命中した。


「捕獲します」


 数秒後、異世界帝国の空母だった船体が消えた。マ号潜水艦は、ワイヤーを回収する。


「異空間転送。収納ボックスに転送完了。少佐、回収完了です」

「よし……」


 松川は、ホッと一息ついた。


「毎度毎度、ヒヤヒヤさせられる。この異空間収納ボックスとやらに閉じ込めたものが、何かの弾みで枠を外れたら、オレらの潜水艦なんて、あっという間に内側からペシャンコだぞ」

「絶対安全だって、神明大佐は言ってますよ? 廃艦回収は、マ号潜水艦乗りの伝統だって」

「そりゃ、今まで一度も、異空間収納ボックスの事故は起きていないさ」


 松川は部下に言い返した。


「だがな。世の中には絶対なんてものはないんだ。お前も緊張感を持って、事に当たれ。最初の事故者なんて不名誉はいらんからな」


 松川らマ-8号潜水艦は、フィリピン海海戦の沈没艦艇サルベージの任務に当たっていた。

 連合艦隊司令部は、軍令部に、撃沈艦艇の回収を打診したが、それがなくても、魔技研の潜水艦隊は回収作業に頻繁に駆り出されていた。


「今回は、大漁だからな」


 発令所後部にある海図のもとへ松川は移動する。


「フィリピン海海戦では、連合艦隊は多くの敵艦を撃沈した」

「今回、連合艦隊側の沈没艦は少なかったそうですね」


 副長の加川大尉が、同じく海図を見下ろした。


「やはり、魔法防弾による防御性能の強化あってのことでしょうか」

「だろうな。トラック沖海戦の後、魔技研提供の艦艇はもちろん、連合艦隊の所属艦艇には、本来無装甲の駆逐艦でさえ装備していた」


 松川は腕を組んだ。


「ただ、それでも沈没した艦はあったし、撃沈寸前までやられた艦もあった」


 魔法防弾装甲も、無敵ではないということだ。許容量以上の攻撃を食らえば、やられてしまうのである。

 だが、助かった艦艇もまた少なくない。


 たとえば戦艦『天城』と『薩摩』は、敵旗艦級戦艦の推定17インチ砲――43センチ砲弾を食らったが、轟沈することなく踏みとどまった。――まあ、当たり所がよかっただけかもしれないが。

 第二艦隊の大型巡洋艦『劔』『乗鞍』も、戦艦砲を受けたが、こちらも沈没は回避されている。


「拾う味方艦が少ないのはいいことです」


 加川は、神妙な顔になる。


「回収する同胞の遺骨も、少なくて済みますから」

「……」


 松川は答えなかった。


 マ-8号潜水艦は、海底探索を続ける。なお近場には、第九艦隊所属のマ号潜水艦がいて、同じく回収作業を行っている。

 異世界帝国の主力艦隊も大物が多いが、幽霊艦隊とマ号潜水艦隊が食らった敵上陸船団の輸送船や護衛艦、小型空母もまた回収対象である。


 この手の沈没艦は、異世界帝国も回収している。先んじて奪っておけば、敵の復活艦を減らせるという寸法である。これは敵を撃沈するに等しい戦果でもある。


「少佐、沈没した艦艇と思しき反応あり」


 水測士が報告した。


「ただし、魔核の反応はありません」

「大昔の沈没船か?」


 魔核の反応がないのは、日本海軍の艦艇か、あるいはまったく関係ない時に沈んだ民間船の可能性もある。


「いえ、船体からすると、空母のようです。残骸形状から、異世界帝国の中型空母かと」

「となると、沈没の過程で魔核が潰れたか、吹っ飛んだな」


 松川は渋い顔をする。


 魔技研の再生は、魔核の力に頼るところが大きい。それがあればこそ、短時間の修理や改修が可能なのだ。


「どうします?」

「中型空母なんだろう? 回収しておけ。こいつに魔核はなくとも、修理時に他の魔核で代用できるし、合成素材にする手だってある。敵に資源をくれてやることはない」

「了解」


 そう、1隻回収すれば、敵はその1隻を失うのだ。特にそれが空母であるなら、なおのこと放置できない。


「少佐、呂65潜水艦より、マ式通信」


 通信士が振り返った。


「敵潜水艦1、撃沈せり」


 幽霊艦隊所属の中型潜水艦が、回収海域に現れた敵潜水艦の撃沈の報告をしてきた。この呂号潜水艦は、第四艦隊所属艦だったが、撃沈され、幽霊艦隊によって回収、魔式潜水艦に改造された。


「ちっ、敵さんも、沈没した自軍の艦艇は気になるわな」


 松川が舌打ちをすると、加川は軍帽を被り直した。


「そうでしょうな。……私としては、異世界人が、どうやって船をサルベージするのか気になります」

「浮上専用の船でも持ってるんじゃないか。巨大クレーンで釣り上げるとか」

「深海魚釣りですか」

「そんな船があるなら、沈めてやりてぇ……!」


 松川が冗談めかすと、発令所内の乗員たちが小さく笑った。


 敵潜に警戒しつつ、マ号潜水艦隊による回収作業は続く。戦艦、空母、巡洋艦などなど。異世界帝国太平洋艦隊の撃沈艦の残骸を一通り集め終わると、マ号潜水艦隊は、内地へと帰投するのだった。

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