第113話、海上輸送航路


 1942年9月に起きたフィリピン海海戦の結果、異世界帝国の中部太平洋での動きは、非常に限られたものとなった。


 日本軍はその間に、東南アジア一帯の制圧と制海権の確保に集中し、戦争が長期化した際の持久体制を整えつつあった。


 もちろん、異世界帝国軍の戦力が消えたわけではなく、ハワイやトラックには、それぞれ有力な艦隊が駐留しており、赤道より南、オーストラリア方面にも艦隊が存在していた。


 攻めては来ないが、生半可な戦力で挑める状態ではない。


 が、彼らは完全に引きこもっていたわけではなく、潜水艦を繰り出して、日本軍の海上補給線を叩く戦術を採った。


『日本海軍の潜水艦探知能力は低い』


 回収、鹵獲した日本軍艦艇から、搭載されている九三式聴音機、九三式探信儀の性能を分析したが、取り立てて他国より優れたものではなく、異世界帝国製のものと比べて性能はよろしくない。


 その分析から、潜水艦を多数投入した通商破壊は有効、と考えられたのだが、これが思ったほど上手くいかない。


 むしろ、返り討ちにあっていた。


 異世界帝国が回収した日本の装備は古かった。トラック沖海戦の敗北以降、日本海軍は急速に魔技研装備の普及と配備が進み、対潜能力を大幅に引き上げていたのだ。


 例のトラック沖海戦で、異世界帝国軍が潜水型駆逐艦を多数投入した戦術を、日本海軍の主流派軍人たちは目の当たりにしたことが、対潜装備の強化、更新を加速させたのは皮肉だった。


 もし先に通商破壊に潜水艦を投入していたなら、彼らをそこまで対潜能力強化に駆り立てなかっただろう。


 ともあれ、新式の装備で探知能力を上げたことも、日本海軍の対潜能力を向上させたが、何より、彼らは武器を積極的に活用した。



  ・  ・  ・



 バシー海峡を通過する日本国籍の輸送船5隻。それを護衛する第13駆逐隊の駆逐艦『若竹』『呉竹』『早苗』。


 開戦以後編成された、特設海上護衛隊、その第一海上護衛隊は、内地から東南アジアのシーレーン防衛を担当している。


『若竹』は若竹型駆逐艦の1番艦だ。基準排水量820トン、二等駆逐艦に類別される。大正時代の八六艦隊、八八艦隊時に計画された、言ってみれば旧型である。


 12センチ単装砲3門、53センチ連装魚雷発射管2基4門と、現代からすれば、少々頼りない武装である。


 しかし対潜装備は魔技研製に更新されており、警戒航行中、異世界帝国の潜水艦を探知に成功した。


 九九式魔式探信儀は、魔力波動を放射し、その反射によって地形や、そこに存在する物体を探知する。物体に含まれる魔力の量は、材質によって異なるため、それが自然物なのか金属加工物を容易に判別する。海中に潜む潜水艦も、遮蔽にでも隠れていない限り、見つけられた。


「対潜戦闘! 主砲、魚雷発射管、右舷に指向!」


 駆逐艦長の吉田謙吾大尉は、敵潜発見の報告を受けるとすぐに指令を発した。水測員は潜水艦の位置情報を、水雷長へと知らせる。


「水中誘導装置、作動……。お、こいつか。敵潜捕捉!」


 水雷長は、魔力反射によって浮かび上がった目標を、スコープで確認する。形状から友軍の潜水艦ではないのを確認。海面に浮上しつつあり、魚雷発射深度にいた。そして――


「潜水艦より、魚雷発射の模様! 四発!」

「対魚雷防御、一式障壁弾用意!」


 吉田大尉は声を張り上げた。


「いいか? 障壁弾は、1門につき5発しかない。無駄撃ちはするなよ! 水雷長! 魚雷の準備はよいか?」

「いつでもどうぞ!」

「魚雷一番、撃ててぇ!」


 駆逐艦『若竹』に装備された十年式改53センチ連装魚雷発射管から、魔式誘導魚雷が投下された。


 魔技研供給の対潜誘導魚雷である。水雷長が敵潜水艦へ魚雷の誘導操作を行うが、従来の敵潜水艦のもとまで駆けつけて爆雷を落とすやり方よりも、迅速かつ正確に攻撃が可能だ。


 魚雷を放ち、潜水しつつある敵潜に、カウンターパンチが向かう頃、敵の魚雷が船団に迫った。


 魔式探信儀は、向かってくる魚雷の存在も的確に識別する。水測員からの適宜報告を受けて、砲術長が12センチ主砲に指示を出す。吉田は言った。


「対魚雷防御、始め!」

「対魚雷防御、一番砲、てぇ!」


 砲術長が命令を発し、『若竹』の主砲が火を噴いた。砲弾は敵魚雷の先の海面を叩き割ると爆発、光の防御膜を開いた。


 もとは対空用の砲弾である障壁弾だが、海中にも防御膜が影響することがわかり、それならば魚雷の迎撃に使えると、高角砲のない艦艇にも対潜用に配布された。


 ただし、備蓄砲弾は、連合艦隊主力に優先されたため、護衛隊には1隻につき数えるほどの量しかない。


 だが効果は抜群だ。適切に敵魚雷のコースに撃ち込めば、およそ10秒程度の間、壁を形成するため、遅すぎない限り、ほぼ確実に敵の魚雷を障壁で破壊することができた。


「水柱を確認! 敵魚雷迎撃成功!」

「ようし!」


 吉田は声を上げた。そしてややして、水雷長が叫ぶ。


「誘導魚雷、敵潜に命中!」


 遠い海面に水が沸き立った。敵潜水艦を撃沈したのだ。水測員も、敵潜の反応が消えたことを知らせてきたが、吉田は念を押す。


「確認する。航海長、針路変更――」


 僚艦に船団の護衛を任せつつ、敵潜水艦の撃沈地点へ『若竹』は移動する。敵潜の残骸や油などが浮いていれば、撃沈をこの目で確認できる。


 機械は敵をやっつけたと示しているが、なにぶん新装備なので、現場の艦長らは直に目で見て確信を欲しがる傾向にあった。


 やがて、期待の撃沈の物証を確認できたので、吉田は『若竹』を船団護衛の定位置へと戻させた。



  ・  ・  ・



 かくて、日本海軍の特設海上護衛隊は、異世界帝国の潜水艦隊による通商破壊に対して有効な防御として機能した。


 少なくとも、単艦行動の敵潜水艦に対しては、よほどの不手際さえなければ、ほぼ確実に撃退が可能となった。


 また爆雷ではなく魚雷を主兵装にしたことは、敵潜水艦だけでなく、潜水型駆逐艦による襲撃に対しても有効打を与えられるとし、旧型駆逐艦や小型の護衛艦艇には思わぬ福音となった。


 しかし今後も、東南アジアの通商ルートは、日本の生命線となるため、現在の特設よりもさらに専門の船団護衛部隊の編成が進められるのであった。

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