第772話、連合艦隊の作戦
「――アメリカ東海岸に襲来した円盤は、米陸軍の飛行場を襲撃し、敵艦隊迎撃のために集結していた爆撃隊を壊滅させられたとのことです」
連合艦隊司令部の間に流れたその報告は、重苦しい沈黙となった。
山本 五十六連合艦隊司令長官は、固く口を閉ざす。場には、草鹿 龍之介連合艦隊参謀長ら司令部参謀のほか、第一機動艦隊司令長官、小沢 治三郎中将、T艦隊司令長官、栗田 健男中将と、同参謀長、神明 龍造少将。さらに軍令部次長の伊藤 整一中将、第一部長の中澤
「長官……?」
草鹿が、あまりに長い沈黙に、どこか具合が悪いのかと心配する。山本は首を横に振った。
「続けてくれ」
「はい。……米英連合軍は、陸上基地戦力も艦隊決戦で用いるつもりでしたが、その片翼がもがれた、ということになります」
ただでさえ劣勢の米英艦隊である。それを補う陸上基地航空隊は、侵攻前に空襲でやられてしまったという。B-29、B-24、B-17といった多数の爆撃機が破壊された。
基地と艦隊双方を同時に相手をするのは面倒だから、まずはその片方を潰すというのは、戦術としては正しい。
「それで、敵円盤兵器は?」
「攻撃を終えた後、大西洋へ出ました」
草鹿が、源田 実航空参謀に視線をやり、彼は席を立った。
「アフリカ、ダカール方面に移動していると思われ、現在、拠点の可能性を考え、偵察機を飛ばして確認させています」
「もし、円盤兵器の基地があれば、面倒だぞ」
小沢が腕を組み、そして神明を見た。
「あれの航続距離は、アフリカと北米の往復が可能なんだったか?」
「はい。無補給で地球を一周はできます」
捕獲、再現した円盤兵器アステールの解析は進み、海軍航空本部もその性能テストを行っている。
イ号作戦で新たに四機を入手しており、修理が必要ではあるが、いざとなれば作戦に投入する可能性もなくはない。
「円盤兵器で円盤兵器の基地を叩く、というのも悪くないか」
小沢の先制攻撃主義的なひらめきが囁くのだ。アステールを上手く活用できないか、と。
「話を戻しまして」
草鹿が泰然と告げた。
「米英軍の反撃計画が大いに狂いました。航空戦力が、空母の艦載機しかなくなってしまったため、我が日本海軍の海氷空母を利用した基地航空隊の働きが、重要度を増すことになるやもしれません」
「米英軍の反撃計画は?」
「敵上陸船団は五つに分かれており、それぞれの目標に迫っております。米英艦隊は、そのうちのニューヨーク、ノーフォーク方面の敵艦隊へ攻撃をかけ、これを撃滅。残る三ヶ所については止められないため、陸軍が上陸した敵と交戦する形になると思われます」
米陸軍航空隊が残っていれば、それらへの抵抗もある程度可能だったかもしれない。今ある戦力で、米英軍は重要度の高い場所の防備を優先し、残りは反撃で敵を叩く策を考えているようだった。
草鹿が頷けば、高田 利種連合艦隊首席参謀が立ち上がった。
「連合艦隊の作戦としましては、米英艦隊が防げない敵艦隊ならびに上陸船団を攻撃し、これを撃滅いたします」
大西洋とアメリカ東海岸一帯の地図に、十一ある敵艦隊の位置と予想進路が書き出されている。高田は、敵前衛のうち南から三つを指し示した。
「我が方は転移戦法を駆使して、敵の船団を攻撃致します。いかに敵が大艦隊であろうとも、上陸部隊を失えば、侵攻は不可能となります」
海上の艦隊では、アメリカを占領することはできない。圧倒的な物量を誇る異世界帝国艦隊、その全てを沈める必要はないのだ。
小沢が挙手した。
「我々日本海軍の受け持ちは、艦隊三つなのか?」
「いえ、あくまで連合艦隊の作戦案であり、まだ米英側には通達されておりません」
正式な作戦ではなく、連合艦隊はこう戦う予定、という段階である。
もう交戦までさほど余裕がないので間に合うのか、というところであるが、逆に時間がない故に、そのまま認可される可能性もある。
特に米英軍と艦隊運動などの連携を取る余裕、すり合わせの時間もないので、違う戦場で戦う方が意思疎通の失敗や、足を引っ張ることもないだろう。
「こちらとしては、前衛の三つの上陸船団を叩いた後、敵後衛の輸送船団も叩きたいと考えております。さらに言えば、米英が受け持つと思われる北方側の敵艦隊の攻撃にも積極的に関わりたいと考えております」
敵前衛艦隊の相手もそこそこに、船団攻撃に重点を置けば、弾薬の消耗を抑えつつ、ひと周りできるのではないか。
少々楽観が入っている気がしないが、転移攻撃を駆使し、何もかも上手くいけば、できなくないはないと思わせる。
「とはいえ、口で言うほど簡単ではないとは、連合艦隊司令部は考えます」
高田は背筋を伸ばした。
「第十五航空戦隊の偵察で、艦隊編成や配置がわかってきておりますが、敵前衛艦隊と上陸船団はひとまとめに行動しており、航空攻撃に対しては艦隊の空母が、水上艦による攻撃では、前衛の艦隊がそのまま反撃してくるでしょう」
つまり、上陸船団のみを狙っても、前衛の護衛艦隊との交戦も避けられないということだ。それぞれ戦艦20、空母10、巡洋艦、ルベルクルーザーも含めて90、駆逐艦60が張り付いているのだ。
「これでは精々、前衛の三つの上陸船団を叩くのが精一杯ではないか?」
小沢は指摘する。こちらは、第二機動艦隊の空母部隊は丸々残っていて、これら奇襲攻撃隊が、上陸船団のみをターゲットにすれば、護衛艦隊をすり抜けることもできる。しかし、第一機動艦隊の通常航空隊では、それも難しい。
だから小沢は、三つの艦隊の上陸船団撃破が精々と発言したのだ。高田は頷いた。
「そこで、この手の奇襲に関して、経験豊富なT艦隊の働きに期待したいところです」
視線が集まり、栗田が一瞬ドキリとしたような顔になった。まさかここで名指しされると思っていなかったのだ。またぞろ、厄介を押しつけられるのではないか。首を横に振りかけた栗田は、参謀長である神明を見た。
何かよい手はないか、と周囲から視線を感じる神明である。
山本が口を開いた。
「先ほど、小沢君から面白い意見があった。持ち駒作戦の中で、こちらも複数の円盤兵器を手に入れた。あれを使って、敵後方からの船団攻撃もよい手だと思う」
むしろ、あれを積極的使うべきではないか。
「異世界帝国も、あの円盤でアメリカ本土の飛行場を破壊した。……あれを何故、艦隊に使ってこないかわからんが、こちらは使っても悪いということもあるまい」
「どうですか、神明参謀長?」
草鹿が尋ねた。何故それをこちらに確認するのか、神明は思ったが、それを口に出さず答えた。
「転移で飛ばした際、乗員を無力化するよう高所から落下させてあるので、機体の方も修理が必要ですが、魔核が無事ならば間に合うのではないでしょうか」
「うむ、ぜひ確認してくれ。他にも使えるものがあったら、案を出してくれ。――源田君」
「はっ」
「米本土を叩いた敵円盤の行方の調査、そして基地が確認できたなら、稲妻師団を投じて、制圧できるよう計画と準備を頼む。できれば鹵獲したいが、あれが健在だと作戦の途中で障害となりそうだからね」
太平洋を巡る戦いでは、その終盤によく異世界帝国の重爆が現れ、邪魔をしてきたが、今回はそれが円盤兵器として現れるような予感がする山本であった。
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