第662話、アステール撃墜作戦


 巨大円盤を囲んでいた5インチFFAR改の障壁が時間切れで消える。

 それを海上の巡洋戦艦『武尊』は観測していた。


 双眼鏡を覗き込む尾形艦長は、障壁が消えても、空中で静止して浮いている円盤――アステールを確認した。


 ――本当に止まってる……!


 尾形は短く呼びかける。


「砲術長!」

『了解』


 その直後、『武尊』の46センチ三連光弾連装砲、四基八門が一斉に光を放った。

 FFAR改の膜で、アステールがほぼ停止している間、『武尊』の主砲は旋回し、目標に仰角を合わせていた。

 砲術長の浅井大尉は、新式の照準装置を扱いつつ、空中の目標をその望遠レンズの中に収めていた。


 九頭島のマ式装備が海軍に浸透する中、戦艦の主砲照準システムは、専門の訓練をした能力者たちに占められるようになった。

 旧来のやり方の砲術とは異なるそれに、大砲屋の憧れである戦艦の砲術長は過去のものになるかと思われた。

 小型の駆逐艦などではまだまだ出番があったが、長距離砲撃となると弾道を修正したり、敵を俯瞰的に捉えることができる能力者の方が持て囃されることになった。


 正直、大砲の腕を鍛えてきた者たちは悔しい思いをした。一部では憎んでもいた。しかし直射する光弾砲などを主武装にした艦艇が現れると、従来の砲術屋に再び出番が回ってきた。

 直接狙えれば当てられる光弾系兵装といえど、高速で海上を進む艦艇同士ともなると、自艦の揺れ、敵の動きと揺れなどを考慮しつつ、照準に捉え続ける技量が必要だ。


 いわば、艦と一体になる感覚というべきか。光弾兵器も、距離があれば当てるのも、口で言うほど簡単ではなくなるのだ。

 その点、能力者たちは、フネとの一体感が足りないと、浅井のようなベテラン砲術屋は思うのである。


 巡洋戦艦とはいえ、戦艦の砲術長になれたのは、この逆風の時代の中、幸運ではあったが……まさか、空中目標に戦艦主砲を直接撃ち込む日がくるとは思っても見なかった。


 対空も範囲に収める三式照準装置のおかげで、浅井は巨大円盤を狙うことできて、主砲発射にこぎつけた。

 気持ち悪いほど早い主砲の旋回速度は、一発撃った今では、まるで自分が戦艦と一体化したような感覚を強めていたから、彼としては不思議なものだと思った。


 そして、46センチ光弾は、ややふらつくように停止しているアステールの防御障壁に着弾と同時に貫き、その円盤胴体に命中した。

 直後、円盤の半分が遠目にもわかるほど爆発を起こして。その巨体を落下させた。


『っ! 命中! 撃墜です!』


 興奮を露わにした浅井の報告は、艦橋の尾形艦長は受け取った。


「よくやった、砲術長! 初弾命中、見事なり!」



  ・  ・  ・



 円盤型飛行物体アステールは東京湾に墜落した。横須賀鎮守府の小型艇、及び回収艦が動き出す中、巡洋戦艦『武尊』は、しばし洋上待機となった。

 一部始終を目撃した連合艦隊航空参謀の樋端 久利雄大佐は、神明少将に言った。


「撃墜できましたね」

「そうだな」


 神明は頷いた。


「見たところ、転移誘導弾は、敵の内部に送り込むことができれば、表面に当てるよりも効果があるようだ」

「装甲を貫通できれば、敵に大きな被害を与えられます。少し考えれば、まったくその通りなのですが」


 何故、それを思いつかなかったのか、と首をかしげる樋端に、神明はやんわりと告げた。


「命中率が下がるからだ」


 障壁さえ突破できれば、後は誘導して目標にぶつけられるが、中に転移させようとすると転移距離に合わせて、攻撃タイミングがシビアになる。手前に転移させられれば、中は無理でも敵に当てることはできるが、標的の反対側に突き抜けてしまった場合、誘導できず外れとなる。


「今回は標的が大きかったし、腕のいい搭乗員だったから当てられたが、そうでなければ当たらなかったかもしれない」


 今後の課題だな、と神明は首を振った。


「戦術、技量次第と言ったところだ」

「はい。ですが、これでまた敵の円盤型が現れても、撃墜できる準備ができます」


 樋端は薄く笑った。一式障壁弾付きロケット弾による足止め。転移距離を調整した誘導弾による敵内部への攻撃。これらの兵器を各防空隊に配備すれば、第二、第三の円盤が襲来しても迎撃ができる。


「……なるほど」


 神明は微かに驚いた。


「そうだな。あれが1機だけとは限らないのか。少し考えてなかったな……」


 それに気づくとは、さすがは海軍の俊英である樋端である。日本に現れた円盤が、アメリカ本土を攻撃したものと同一と何故言えるのか。違う機体である可能性も充分にある。神明は自身の思い込みに苦笑した。


「しかし――」


 その樋端は振り返った。


「この『武尊』も、障壁持ちの航空機を対空迎撃を見事に果たしました。こういっては何ですが、対空用の三式弾や一式障壁弾以外で、主砲に当てられるかは半信半疑でしたから」

「一時期、海軍は、巡洋艦の主砲にも対空射撃用に大仰角がかけられるように砲を作っていたな」

「はい。しかし航空機の動きにとても追従できず、射撃速度も遅いということで、開戦前には、ほとんど取りやめになっていましたが。……その先入観もあったんですかね」

「だろうな」


 神明は同意した。



  ・  ・  ・



 帝都に迫った円盤型飛行物体『アステール』は、日本海軍の迎撃で撃墜された。

 試験の建前で、九頭島秘密ドックから巡洋戦艦『武尊』を出撃させた神明の行動は、特に咎められることはなかった。


 連合艦隊司令部からの指示で現場に急行させた、と山本 五十六連合艦隊司令長官が証言したからだ。その証拠に樋端航空参謀が、『武尊』に同乗し、戦闘の一部始終を目撃した。

 というより、円盤が現れた時、山本は樋端を神明の元に送り、開発中の転移装置搭載の爆撃機の完成を確認させようとした。


 が、現地についてみれば、神明は『武尊』を出撃させようとしており、防空隊が失敗した時の迎撃案があることを樋端に明かした。

 樋端は一度、連合艦隊司令部に戻り、山本に報告。出撃を連合艦隊司令部からの要請ということで手を打ち、『武尊』へトンボ返りしたのだった。


 実際に本土防空隊の迎撃は失敗。試験目的で出航した『武尊』は、転移で東京湾へ移動。連合艦隊司令部からの命令ということで迎撃作戦を行った……というのが事の顛末として記録されることになった。

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