第661話、円盤を囲む光


 帝都に迫る円盤兵器――ムンドゥス帝国名『アステール』。

 直径155メートル。多数の光弾系兵装を搭載する空飛ぶ攻撃要塞アタック・フォートレスだ。

 帝国本土でもまだ本格量産前の試験型であるが、反重力推進装置を備え、浮遊そして飛行を可能としている。


 その装甲は非常に頑強で、反重力装置がなければ飛行するなどとても不可能な重量だった。

 日本の首都を目指す『アステール』の制御兼司令室、オープス中佐は指揮官席に腰掛け、笑みを浮かべた。


「ふふふ、所詮、下等な地球人。このアステールのシールドすら破れないか」


 円形の司令室は、重爆などのコクピットよりも断然大きく、一種の艦艇のブリッジのようでもあった。

 アメリカ本土の首都攻撃は大成功に終わった。ムンドゥス帝国地球征服軍は、さほど間を置かず、最大の障害である日本本土への攻撃を計画した。


「司令、目障りなハエどもを撃ち落としてはいかんのですか?」


 砲術担当のアギラ大尉が、指揮官席のオープスに問うた。顔に傷のある、いかにも賊の腕力担当といった部下に、オープスはニヤリと表情を崩した。


「気持ちはわかるがね、大尉。まずは奴らの首都を叩き潰すのが先だ」


 何せアステールは、一度攻撃を始めるとエネルギーをドカ食いする。迎撃機退治にエネルギーを振り向けていると、肝心の都市攻撃が中途半端に終わる可能性があった。

 何を置いても、任務が優先されるのだ。


「雑兵をいくら叩いても勲章にはならん。まずは都市を焼き払い、それが終わったら、攻撃用のエネルギーが尽きるまで、破壊して回ればよい」


 全ては順調だった。

 日本軍は光弾砲などの光線兵器も使うと聞いていたが、ここまでは航空機が低威力の光弾武器を使った程度で、脅威たりえなかった。


「しかし、シールドを抜けてくる攻撃をしてきたのは気になるな」

「転移弾のようではありました」


 アギラは言った。


「しかし、アステールの装甲が、それらを弾きました。無敵ですな!」

「この攻撃要塞だからこそ無事で済んでいるが、シールド付きの重爆が落とされているのも、転移する攻撃のせいかもしれないな」


 この世界の人間は下等であると聞いているが、中々どうして侮れない武器を持っている。


「司令、正面上方より敵航空機、接近!」


 レーダー担当が声を上げた。


「あと、海上に大型戦艦級が1隻ありますが、放置でいいんですか?」

「捨て置け」


 これまでもタンカーや小型船舶は見逃してきた。戦艦という大物が通り道に現れたが、空を飛んでいるアステールには手出しできない。せいぜい誘導兵器を飛ばしてくる程度だろうが、それならばシールド、もしくは装甲で耐えられる。


「……せっかくの獲物なのに」


 ボソリとアギラが呟いた。彼としては、海上の戦艦も血祭りに上げたいところなのだろう。帰り際に見かけたら、好きなようにさせようと、オープスは思った。


「敵航空機9機、正面より急接近!」

「無駄なことを」


 呟いたオープスは、向かってくる敵機を見やる。翼が曲がった逆ガルの機体――アメリカ海軍のコルセアという戦闘機のようだが、そういえば日本軍も使っていた。


 ――何だ……?


 これまでの日本の迎撃戦闘機隊と違って、距離を詰めてきているような。しかし機関銃の射程では、シールドに激突して自滅するだけである。


 ――まさか、体当たりしようとでもいうのか?


 愚かな、とオープスは呆れた。その直後、コルセア――暴風戦闘爆撃機は両翼のロケット弾を発射した。


「ロケット弾如きで、どうにかなると思っているのか?」


 複数のロケット弾が、アステールの防御シールドに着弾。波紋のように広がる光の膜。やはり通用しない、取るに足らない攻撃だった……とオープスが思った刹那だった。アステールが突然、急ブレーキをかけられたような衝撃を受けた。


「うおっ!?」

「あっ?!?」


 シートから投げ出されたり、コンソールに頭をぶつけたりと、司令室は修羅場と化す。オープスも席から落ちそうになったものの、何とか耐えられた。


「な、何事!?」


 突然、反重力装置が停止したのか。それにしては何かにぶつかったような。


「司令! 窓の外を!」


 頭を押さえつつアギラが指さした。

 アステール司令室から見える外は、シールドとおぼしきエネルギーの膜が複数広がっていた。というより自機のシールドとぶつかった?


「まさか、シールドを仕込んだロケット弾か!?」



  ・  ・  ・



「うおっ、本当に空中で止まりやがった!」


 流星改艦上攻撃機のコクピットで、藤島少佐は声を上げた。

 暴風戦闘爆撃機隊が、円盤攻撃に用いたのは5インチFFAR改――弾頭に一式障壁弾をつけたロケット弾だった。


 神明少将の案では、防御障壁に防御障壁をぶつけることで、前進しようとする飛行物体をしばし前進を妨げる。高速であればあるほど干渉シールドであるから、その推進する力がほぼなくなるまで進めなくなるという寸法だ。

 一式障壁弾は、壁を作り、向かってくる敵機が突っ込むことで威力を発揮する代物である。だから障壁を持っていようとも、高速で飛んでいる円盤も、破壊は無理でもしばし空中に留めることはできるというわけである。


「ようし、種田。準備はいいな!?」

「マ式誘導、よし。いつでもどうぞ!」

「距離を誤るなよ。……3……2……1、撃ててぃ!」


 流星改から、特別調整された800キロ転移誘導弾が放たれた。それは障壁に針路方向を囲まれた円盤へ飛ぶ。

 するすると白煙を引いていた誘導弾は、唐突にフッと消えた。敵の防御障壁をすり抜けるために指定した前方の一定距離に転移する……はずなのだが、消えた誘導弾は現れない。


「おいおい、本当に当たったのか?」


 何もなさ過ぎて、藤島は呆れまじりの声を漏らした。誘導装置を覗いていた種田も顔を上げた。


「転移誘導弾が壊れてなければ、ちゃんと当たりましたよ。むしろ見えないからこそ、命中確実なのでは?」


 特別調整――転移距離を伸ばし、さらに直後に爆発するようにタイマーの仕掛けられた爆弾内蔵の誘導弾である。

 普通は障壁を抜けたら姿を現し、目標に飛んでいくものだが、今回のものは、転移して目標の中に突っ込み、そこで爆発するようになっていた。重装甲、外が駄目なら中から吹っ飛ばせ、というやつだ。


「くそっ。円盤の図体がでかいから、当たってもビクともしませんでしたってか!?」


 爆発が見えないから、いまいち効果があったのかわからない。焦る藤島だが、種田が声を上げた。


「少佐、敵円盤の窓?――から黒煙が出てます!」

「本当か!?」


 敵内部で誘導弾が爆発したのだ。敵の中で直接爆発とか、えげつないことになっているに違いない。

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