第50話、隠密一斉雷撃
第九艦隊は、シンガポールへ向かう道中、セレター軍港を襲撃する攻撃部隊と、フィリピン近海の東洋艦隊に備えた陽動部隊に分かれた。
攻撃部隊は途中、さらに米海軍を支援するため小部隊を分離させたが、陽動部隊はそのまま、敵艦隊への牽制、場合によっては誘因の任務を遂行した。
実のところ、陽動というより誘い出されてきた敵を待ち伏せする形となってしまったが、敵東洋艦隊の主力を引き返させた時点で、ある程度任務は果たされている。
が、敵は、米艦隊を攻撃するべく分離させていた部隊を、第九艦隊攻撃部隊の捕捉に転用した。
予定とは違う敵の動きであるが、陽動部隊は、計画に近い形で行動した。特に東洋艦隊主力が追撃を諦めて引き返したために、出番を失っていた潜水型巡洋艦『九頭竜』が、敵北方部隊攻撃にそのまま利用が可能だったのである。
東洋艦隊用の保険が、今まさに役に立とうとしている。
潜水艦主体の陽動部隊にあって、巡洋艦『九頭竜』と、その護衛についていた海霧型駆逐艦『大霧』は、南シナ海に潜り、第九艦隊主隊と、異世界帝国北方部隊の衝突海域にいた。
「――敵空母、轟沈の模様」
潜望鏡深度にあった九頭竜型潜水巡洋艦『九頭竜』。聴音手の報告を、艦長の古東大佐は黙して聞いていた。
50代。一度は予備役となった古東だが、魔技研経由で呼び戻され、今に至る。髭を少々かいていると、潜望鏡のように海面に出ているマストの見張り台から通信がきた。
『敵部隊、速度を上げました! 第九艦隊に接近しつつあり!』
「ふむ、敵さんも尻に火がついて、覚悟を決めたらしい」
古東艦長は目を開いた。
「連中は『妙義』に集中し、他への注意も疎かになっているだろう。仕掛けるぞ。遮蔽装置はそのまま。『九頭竜』、浮上せよ」
艦橋要員が、それぞれの部署への命令を発する。
透明化魔法効果のある遮蔽装置を発動させたまま、『九頭竜』は基準排水量7800トンの艦体を海面へゆっくり浮上させた。
日露戦争時の鹵獲艦、装甲巡洋艦『バヤーン』改め、『阿蘇』として運用されていた艦を、廃艦後に回収したのが、この『九頭竜』である。
例によって艦体を延長。もとが129.8メートルだったそれも151メートルとなっているが、全幅はほぼ変わらなかったため、5500トン級軽巡と比べるとややずんぐりしているかもしれない。
魔式機関8万馬力。潜水航行可能な『九頭竜』は、水上33ノット、水中22ノットを発揮する。
主砲は15.2センチ単装速射砲2基のみ。ただし自動砲である。だが、『九頭竜』の主力武装は砲ではなかった。
浮上した『九頭竜』は、『妙義』ら第九艦隊と、直進する敵北方部隊の南およそ10キロの位置にいた。敵艦隊と併走する形で、西に針路を向けている。
遮蔽装置は、目視はもちろん、レーダー波すら吸収するため、敵味方双方とも捕捉できない。
ただし魔力による視覚だと、うっすら灰色の霧のように見えるというので、過信はしない。
魔技研の能力者や魔力索敵では、見づらいが発見可能。また異世界帝国にも能力者はいるという話なので、感づかれる恐れはあった。
「右、雷撃戦、用意」
古東艦長の命令を受けて、立川水雷長が復唱した。
どことなく潜水艦っぽいフォルムの巡洋艦である『九頭竜』、その甲板の右舷側の収納壁が開く。
53センチ四連装魚雷発射管、右舷側四基十六門が顔を覗かせる。これが、潜水巡洋艦、否、潜水重雷装艦『九頭竜』の主力武器である。
「目標、敵戦艦2隻。八本ずつ、振り分け」
『方位盤調定よし。誘導装置よし――発射準備よし!』
「発射!」
古東の号令に従い、『九頭竜』は右舷側の九五式魚雷改16本を前から順番に発射した。
姿を消しているので、敵が魔法の目などで観測しない限りは『九頭竜』は見えない。一応、航空機が飛んでいて、注意深く見れば、不自然な航跡に気づくかもしれない。
『雷撃誘導、開始』
魔技研特製の誘導魚雷である。このまま『九頭竜』側が、目標に誘導魔力波を照射し続けることで、放たれた魚雷はそこに吸い込まれるという寸法だ。
本来、真っ直ぐ走るように作られた魚雷は、敵の進行方向、速度から未来位置を予測し、そこに向かって放たれるものだ。
『九頭竜』もまた、敵の未来位置に魚雷を撃ったが、誘導装置があるため、敵艦が向きを変えたり、速度を変えても命中させることができる。
「誘導装置などなくても、命中させるのが水雷屋の腕なんだがな……」
古き水雷屋である古東は、思わず自嘲する。
魚雷の照準というのは、網を投げて、その中でどれか引っ掛かってくれればいいと考えるのと似ている。
もちろん、敵の針路や速度から計算し、予測した時点に撃つわけではあるが、敵も動いているものなので、未来予知でなければ、当然のように外れるものも出る。だから撃った本数に対して、命中率は落ちる。
高価で、当たれば致命傷になりかねない大威力の武器である。できれば無駄なく、全部命中させたいのが本音ではあるが。
沈黙が艦橋に漂う。魚雷というのは、砲撃などに比べて命中するまで時間が掛かる。特に遠距離からの雷撃ともなると、十数分も当たり前だ。
本来、魚雷は敵艦に近づいて撃つものだが、日本海軍が使用する酸素魚雷は、高速性と射程距離の長さ、隠密性に優れる。だから、日本海軍に蔓延るアウトレンジ思考から、遠距離雷撃なんて戦法も用いられる。
駆逐艦乗りだった古東としては、遠距離からの雷撃など当たらないと考えている。この潜水型重雷装艦というコンセプトの『九頭竜』だからこそ、遠距離雷撃を仕掛けているが、本当なら、突撃こそ水雷屋の本懐であると思っている。
『艦長、ドンピシャリです!』
立川水雷長が報告する。
『すべて射線に乗りました! 間もなく命中します!』
――これで全部当たるか。
誘導装置の性能の優秀さを褒めるべきなのだろう。運用試験でも、誘導から外れたり、受け付けなかった例が報告されている。魔技研はそれをきちんと改善したらしい。
古東は双眼鏡を覗き込む。
轟音が響き、目標の異世界帝国戦艦2隻の左舷側に水柱が上がった。一発、二発、三発――と立て続けに九五式改誘導魚雷が直撃した。
『全魚雷、命中!』
わあっ、と艦橋にいた者たちが歓声を上げる。双眼鏡で確認する古東は、爆煙を立ち上らせ、ひっくり返るように傾斜していく敵戦艦の姿を目撃した。
――あれだけ左舷側に八つも穴を開けられれば、一気に海水が入り込んでバランスが保てなくなるわな。
右舷に注水しても、勢いからして間に合わないだろう。
・ ・ ・
事実、『ボルボロス』『アントラクス』の沈没は早かった。
「左舷より雷跡!」
敵艦隊を正面に見据えていたテタルティ少将の耳に、突然の魚雷発見の報告。艦長が回避を命じる前に、魚雷が左舷に命中。その衝撃に揺さぶられ床に倒れ込んだ。連続して稲妻が駆け抜けたようでもあり、ショックを受けたまま、立ち上がる前に艦が左へと傾き出した。
そして指示を出す間もなく、今度は左舷側の壁に叩きつけられ、3万5000トンを誇るウラヴォス級戦艦は横転、そして沈没するのだった。
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・九頭竜型潜水巡洋艦『九頭竜』
基準排水量:7800トン
全長:151メートル
全幅:17.5メートル
出力:魔式8万馬力
速力:水上30ノット(33ノット)/水中19.2ノット(22ノット)
兵装:15.2センチ単装速射砲×2 53センチ四連装魚雷発射管×8
魚雷発射管×6(艦首4、艦尾2) 誘導機雷×24
航空兵装:――
姉妹艦:――
その他:装甲巡洋艦『阿蘇』(日露戦争時の鹵獲艦『バヤーン』)、廃艦後、回収され再生されたもの。潜水艦に重雷装艦としての機能を持たせるべく設計、改修された巡洋艦。艦中央に四連装魚雷発射管を8基格納しており、前線での再装填はできないものの、潜水で敵艦隊に接近し、浮上と同時に多数の魚雷を一斉発射する。
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