第235話、特大アヴラタワーの地下で
インド最南部東、タミル・ナードゥ州。マドゥライ飛行場上空での空戦は、三式戦闘機改2機が撃墜されたものの、直後飛び込んだ一式戦Ⅲの攻撃もあって敵機を全機撃墜した。
第99独立飛行隊第三中隊長の金尾大尉は、第一中隊長の小林大尉に、獲物を横取りしやがって、と無線で怒鳴ったが、当の小林は『先制の一撃を譲れと言われただけで、手を出すなとは言われてないが?』と淡々と反論した。
それに、まず三式戦が一撃離脱を仕掛けて、敵をばらけさせたところを、後続機が仕掛けて追い打ちをかける、という航空戦術案があり、それを実施しただけと付け加えた。
それは本当だ。魔研航空部は、突っ込みのよい三式戦改で、敵編隊を乱し、旋回運動に入った敵に、一式戦Ⅱ型やⅢ型が仕掛けて攻撃する――という戦術を提唱した。
これは敵の後方につければ、高い射撃精度で敵機を狙える一式戦という戦闘機の特性を活かすパターンの一つとして考案された。
Ⅲ型はともかく、敵戦闘機に比べて速度に劣るⅡ型やⅠ型では、せっかく運動性を活かして回り込んでも速度差で振り切られる例が多々あったからだ。
ともあれ、二式複座戦闘機中隊が、飛行場を爆撃したことで、任務は完了。第99独立飛行隊は、セイロン島へ帰還した。
そのセイロン島攻略は、実にスムーズに進んでいた。特殊第101大隊は、組織的抵抗力のない異世界帝国陸軍の残党――警備ゴーレムや死体兵を排除しながら北部ジャフナ、西部にあるコロンボを制圧した。
第98独立飛行隊が、101大隊や魔法中隊の上空直掩を務めたが、こちらは最後まで敵機との遭遇はなかった。
指揮をする異世界人はいないことで、機密書類や兵器の処分が行われることなく、大量の物資と共に鹵獲に成功。
抵抗らしい抵抗がないまま、特殊魔法第一中隊は、セイロン島の中心マータレーに建造途中だった特大アヴラタワーへと向かい、状況の確認と必要ならば破壊する任務についた。
・ ・ ・
「……ここがセイロン島を巡る戦いで一番激しいものになるかもしれん」
特殊魔法第一中隊の加川 藤男少佐は、土台しか存在しない特大アヴラタワーの外壁を見上げた。
「佐久間」
「はい、少佐殿」
凛々しい女性士官が、加川の後ろに立ち、軍靴の踵を打ち合わせた。
「……感じるか? この地下から流れる魔力を」
「はい、少佐殿。おそらく、魔核が存在します」
魔法第一中隊、副官である佐久間 冬子中尉は、表情乏しく告げた。日本人女性としては長身、かつ彫りの深い顔立ちの美人だった。加川も長身であるから、バランスよく見えるが、一般的日本人男性と並べば、その背の高さは目立つことだろう。
「魔核があるということは、ゴーレムや魔法生物兵も活発ということだ……」
「異世界人はいませんが、稼働状態の魔核ならば、自己防衛に走る可能性があります」
「そういうことだ。佐久間、三人を選抜して、私に続け。残りの者は塔を包囲、警戒せよ」
「ハッ!」
副官は、加川の直属の部下である。彼の命令、指示を部隊に行き渡らせ、円滑に行動させるのが仕事だ。
やがて、三名の兵士を選び、集まった。一人は通信兵で無線を背負っている。加川は散歩にでも行くように、地下への階段を下った。
先頭は加川だった。本来なら指揮官が先頭で捜索などあり得ないことなのだが、こと魔法第一中隊においては、例外であった。
彼は能力者である。海軍がいうところの白、最上級能力者であり、陸軍では最強とさえ言われている。
後続する佐久間が顔を上げた。
「少佐殿」
「……」
すっ、と加川は軍刀を抜いた。暗闇に包まれた地下通路の先に、シャ、シャと奇妙な声が聞こえた。それらはピタピタと足音をさせて近づくと――
『キシャァァァーッ!!!』
トカゲ突撃兵――二足歩行のこのトカゲは、金属鎧を装備している亜人と呼ばれるタイプの異世界生物だ。これらは武器を操る能力を持つが、近接用の武器で槍や斧、飛び道具はクロスボウや片手で扱えるハンドガン程度を使う。実に原始的な敵だ。
暗闇を利用して、迫ったトカゲ突撃兵
斬撃! 斬撃! 斬撃!
両断されながら、燃え上がるトカゲ突撃兵。物言わぬ骸など見向きもせず、加川は前へ踏み出した。
冷静に、表情ひとつ変えずに続く佐久間。同行する三名は、思わず息を呑んだ。
戦鬼とも言われる加川の強さは陸軍では良くも悪くも有名だが、実際に目の当たりにする部下たちでも、時に絶句することがしばしばある。
中隊の内外では、加川に関してとある噂がある。実は彼は人間ではなく、吸血鬼や人外なのではないか、というものだ。
光が見えてくる。やがて通路を出た。開けた場所、その中央にはオレンジ色に輝く巨大な宝玉が設置されている。
魔核である。アヴラタワーはまだ地上部分を作り始めた段階だが、地下設備についてはすでにほとんど出来上がっていた。
そして、複数のストーンゴーレムと、多数のトカゲ突撃兵が待ち構えていた。
「しょ、少佐殿……!」
兵たちがあまりの数に動揺する中、佐久間が落ち着き払って言った。
「どうやら魔核は自動迎撃状態のようです」
「うむ。異世界人はいないな」
微塵も感情を揺らすことなく、加川は左手を持ち上げた。
「地に眠りし魔の力よ、我に従え。――呪炎」
その瞬間、多数のトカゲ突撃兵が発火現象に見舞われた。何の前触れもなく、突然の火だるまに、トカゲたちの悲鳴が辺り一面に響き渡った。
「呪いの炎は、その者を焼き尽くすまで燃焼する。この炎に触れたら最後……貴様たちは絶命する」
加川は、松明の如く燃え盛るトカゲ兵たちを無視するように、前へと踏み出す。
「佐久間、魔核を制圧せよ」
「ハッ!」
副官は、詠唱をはじめ、離れた場所から魔核へと魔力のパスを繋ぐ。彼女がそのまま魔核の稼働を沈黙させようとしている間、呪いの炎の効かない岩のゴーレムに加川は向かっていく。
ゆっくり、急ぐ様子もなく堂々と。ストーンゴーレムたちが、重々しく近づいてきた。その拳の直撃を食らえば、人間など一撃でぺしゃんこだ。
「岩で出来た人形など」
すっと腕を向ける。
「私の敵ではない」
その瞬間、ゴーレムの関節という関節がはずれて、部位ごとにバラバラに吹き飛んだ。その中から赤い宝玉――ゴーレムを動かす心臓とも言うべきゴーレムコアが浮かび上がると、加川は開いていた手を握りつぶす。すると7つあったコアが、ガラス細工のように砕けた。
「少佐殿、魔核を制圧しました」
佐久間の報告に、加川は頷いた。
「よろしい。これでここも制圧完了だな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます