第689話、ドイツ水上艦隊の戦い方
新生ドイツ海軍と言ってもよいのか。連合艦隊司令部は、エーリヒ・レーダー海軍元帥のドイツ残存戦力に対する戦力分析を行っていた。
今後、共同戦線を張る時、彼らとどう共闘するか。ドイツ側は、所有する艦艇をどういう使い方をするか、などなど。
その中で、実際にドイツのZ計画艦を見てきた神明は、山本 五十六長官はじめ司令部の参謀たちに説明した。
「ドイツ海軍は、通商破壊戦を主としており、このZ計画もそれに沿った戦力となっています」
「我々とはまた違う思想ということだな」
山本の言葉に、神明は首肯する。
「はい。戦艦、巡洋戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦――それらをまとめて運用し、全力を以て、敵艦隊と決戦を行う艦隊決戦思想とは、全く異なる戦い方をします」
それはドイツが、フランス、イギリスを仮想敵と据えて、艦隊を整備したためだ。
フランスはともかく、異世界帝国を除く海軍軍備で、世界の三大海軍の一角であるイギリスである。
戦艦、巡洋艦、空母の数は圧倒的であり、ヴェルサイユ条約によって軍備を制限され、後追いで軍備拡張をしたドイツ海軍では、追いつくのは到底無理なレベルであった。
「故に、ドイツ海軍は通商破壊を戦いの主軸に置きました。第一次世界大戦の戦訓により、海洋国家であるイギリスの通商を完全に破壊することが、有効であるとわかっているからです」
「……だから、ドイツ海軍は初手より、潜水艦だけでなく、ポケット戦艦や仮装巡洋艦など水上艦を積極的に、通商破壊に用いた」
樋端航空参謀が呟くように言った。
そのドイツの作戦は、結果として、イギリスが輸送船団の護衛に戦艦を投入することで、ドイツ水上艦隊の通商破壊を阻むことに成功した。
Uボートによる潜水艦通商破壊も、アメリカの支援により封殺されそうになったところで、異世界帝国が介入してきたため、対イギリスにおいては通商破壊は終了してしまう形となってしまったが。
「Z計画で、多数の新鋭戦艦が配備される予定ではあったが、ドイツが新鋭艦を作るのであれば、イギリスもまた新型を作ってくる。その戦力比を覆すのは簡単な話ではない」
神明は、そこで薄く笑みを浮かべた。
「ドイツ海軍は考えた。ひたすら通商破壊を行うことで、イギリス海軍の戦力を分散させる」
先ほど船団護衛に旧式戦艦が出てきたと言った。これにより、たとえば快速のシャルンホルスト級戦艦が、船団を襲おうとした時、旧式とはいえリヴェンジ級戦艦が1隻でもいれば、安易に手を出せなくなる。
38センチ砲を搭載する旧式戦艦を相手に、シャルンホルスト級の28センチ主砲は威力が不足し、逆に敵の38センチ砲は脅威だ。
また低速の船団護衛をする以上、英旧式戦艦が低速でもまったく困らないが、攻めるほうのシャルンホルスト級は、船団に追いついても番犬が立ち塞がるために、せっかくの速度を活かせないときた。
「それで、ドイツ海軍は、この邪魔な護衛の戦艦を潰すべく艦隊を整備したのです」
つまり、新型のO級巡洋戦艦やP級装甲艦、巡洋艦部隊が、イギリスの通商破壊を行うことで、強大なイギリス海軍の戦艦を各地に分散配置せざるを得ない状況にする。
そのバラけた英戦艦を、新鋭のH級戦艦戦隊で囲んで叩き潰す。総数で勝てないなら、各個撃破して数を減らすのだ。
言ってみれば、一種の漸減作戦である。
「ちなみに、ドイツの新型巡洋艦の中に、航空巡洋艦が含まれていますが、これも通商破壊において、『ビスマルク』が英戦艦に包囲撃沈された戦訓から、通商破壊にも航空機のエアカバー、索敵を活用するために作られたようです」
巡洋艦などだけでなく、戦艦まで、通商破壊に特化したのがドイツ海軍である。
ほぅ、と感心するような参謀たちだったが、草鹿参謀長は口を開いた。
「だが、そのZ計画は、あまりに対イギリス戦に偏っている。今の異世界帝国に対する戦術とは、適合しないのではないか」
「うむ……」
山本も腕を組んで、唸った。
通商破壊ドクトリンにあって、新型のH級戦艦は、対戦艦戦を重視しているから、異世界帝国艦隊との戦いにも対応できるだろう。
しかし、通商破壊艦である巡洋戦艦や装甲艦は、敵の空母や基地航空隊から狙われれば案外脆い。ではエアカバーをとなると、ドイツは空母戦力が少なく、結果的に満足な通商破壊活動も難しくなる。
「船団護衛が戦艦ではなく、空母だったなら通商破壊艦では、手も足も出ないのではないか?」
「複数の空母が相手なら、確かに厳しいですね」
神明は同意した。敵が、通商破壊艦のスイーブ部隊として小規模ながら空母機動部隊を投入してきたら、ドイツ海軍には厳しい。
「これは私見なのですが、よろしいですか?」
「聞こうか」
山本が頷いたので、神明は続けた。
「仮定の話なのですが、ドイツ海軍に転移技術を提供した場合、通商破壊艦は、そのまま強力な偵察、ならびに遊撃艦として活用が可能になります」
言ってみれば、T艦隊のように。
「なるほど」
樋端が考えを巡らせ、視線を宙にさまよわせた。転移による一撃離脱。今まさにT艦隊が欧州でやっている敵戦力の漸減は、ドイツ海軍の対英戦術の延長線上にある。
「面白そうではある」
山本が悪戯っ子のような笑みを浮かべれば、草鹿がわずかに眉をひそめた。
「ドイツとの同盟が生きているとはいえ、転移技術を明かしてもよいとお考えですか?」
「僕の一存では決められないのは承知しているがね。ただ、今あるものを結集して戦わねばならない時でもある。いざという時の手札は、多いほうがいいと思うけどね」
山本の視線が、神明に向いた。どう思う、と無言の問いを受けたので、神明は答えた。
「あちらには、別とはいえ異世界の魔法技術がありますから。技術交換という形で持っていけば、日本にとっても、そう悪いものではないとは思います」
ただ、他国は他国。転移技術を開陳することに不安もあるし、慎重であるべきだ。ただ、米国にも限定的とはいえ、転移技術の一部を提供しているのだから、全てを見せずに供与や提供も可能ではないか。
「大いに興味深い」
山本は言ったが、海軍省や軍令部がどう反応するか、わからないところではある。いや、案外相手がドイツであれば、あっさり通ってしまうのではないか。
戦前の日本、ドイツ、イタリアの三国同盟に反対した山本であるが、海軍は同盟の賛成派と反対派で二分されたし、陸軍はドイツを大いに期待していた。
が、今のドイツが、当時の陸軍が期待していたそれと全く異なるという点は、判断を難しくさせる。対ソ連を踏まえていた頃と、世界は変わっているのだ。
なおも話し合いが続く中、長官公室に、中島情報参謀が現れた。
「長官、失礼します。第二機動艦隊、第一次攻撃隊より入電です。トラトラトラ」
我、奇襲に成功せり。
それは、再編完了間もない連合艦隊の中で、一足先に作戦に突入した第二機動艦隊による、マダガスカル島に展開する異世界帝国艦隊への奇襲を告げる一報であった。
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