第152話、熱線砲の衝撃


 強力な熱線だった。


 戦艦『安芸』――ワシントン海軍軍縮条約にて廃艦となったコロラド級戦艦三番艦『ワシントン』改装の戦艦は、異世界帝国戦艦の放った収束熱線砲の直撃を受けて、火山の如く噴火、一撃で轟沈した。


 敵にとっての起死回生を思わす攻撃だった。これまで一方的に日本戦艦部隊の砲撃を浴び続けた異世界帝国戦艦の攻撃は風向きを変える。

 連合艦隊旗艦『播磨』。その艦橋で西田正雄艦長は、副長から被害確認すると、山本にその旨を報告した。


「長官、障壁が間に合い、本艦に損傷はありません!」

「危機一髪だった」


 あの時、諏訪情報参謀が進言していなければ、今頃、この大型戦艦『播磨』とて無傷では済まなかっただろう。


「他の被害は?」


 宇垣参謀長に問えば、やってきた通信士と報告を受けているところだった。


「『安芸』がやられました。『武蔵』が右舷艦体中央から後部に向けて大破。三番砲塔の注水が間に合ったようで、弾薬庫の誘爆はなし。ただし浸水と機関へのダメージで16ノットが限界のようです」


 失礼します――と見張り長が現れた。


「第四戦隊、『甲斐』艦前部が消滅、沈降止まりません」


 標準型戦艦として再生・改修された『ペンシルベニア』=「甲斐』は、艦体断裂の上、29ノットで突っ走っていた分、艦内に一気に海水が雪崩れ込み、そのまま潜るように沈んでいった。

 戦艦2隻喪失、1隻大破。連合艦隊司令部に緊張が走る。異世界帝国のおそらく新兵器により、あっという間に3隻削られたのだ。


「諏訪君、今の敵の兵器は何か?」


 山本は問うた。敵の兵器が何なのかわからなければ、今後の対応に困る。このまま戦いを続けても問題ないのか、あるいは一度退避して態勢を整える必要があるのか。


「光線系兵器。強力な熱線により装甲を溶断、熱による爆発で破壊する兵器と思われます」


 諏訪は考えながら口にした。実際のところ、質問されたとて、諏訪も異世界帝国のあの兵器は初見なのだ。

 ここは魔技研のこれまでの開発、研究兵器で類似するものを参考に、組み立てていくしかない。


「戦艦を一撃で撃沈する破壊力ですから、非常に厄介な代物です」

「それはわかっている!」


 三和作戦参謀が声を荒らげた。


「あれへの対策は!?」

「現状、この『播磨』の防御障壁ならば無効にできます」


 実際、防げたのだからそれは間違いない。


「ですが、他の艦艇では、おそらく対応しようがありません」

「……!」

「『武蔵』でさえ、あれですから。他の戦艦ではよほど幸運に見回れなければ轟沈でしょうな」


 諏訪は口元を歪める。


「ただし、威力と引き換えに、そう連射できるものではないと考えます。観測機からも発射前に敵艦に発光現象が観測されましたから。それが確認された時点で防御ができるならば、この『播磨』は防ぎようがあります。他の戦艦は……少々賭けになりますが、自艦と敵艦の射線上に、一式障壁弾の弾幕を展開して、疑似シールドを形成して防ぐという手もあります」

「長官」


 黒島先任参謀が向き直った。


「我々は、あの熱線の射程内にいます。また使われる前に一気に撃沈すべきかと」


 逃げようにも、おそらくその前に撃たれる――黒島はそう判断した。山本が口を開きかけた時、遠くで轟音が響き、見張り員が叫んだ。


「敵戦艦、爆沈!」

「なにぃ!?」


 連合艦隊司令部は騒然とした。何が起きたのか。



  ・  ・  ・



 時間は少し巻き戻る。


 カスパーニュ大将が、収束熱線砲の使用を決断し、後衛の戦艦3隻を、第二艦隊対策に振り向けた直後にそれは起きた。


 転舵、面舵を切ったオリクト級戦艦1隻とヴラフォス級戦艦2隻は、真っ先に突っ込んでくる雲仙型大型巡洋艦に主砲を指向しつつあった。

 速度は27ノットとほぼ全速近い3隻だったが、その背後を突くように巨大な鯨――もとい、黒鉄の城が浮上した。


 城郭ならぬ高い艦橋と艦上の構造物、緩やかな傾斜を描く大和坂。強力な三連装の46センチ主砲が露わとなり、6万4000トンの艦体が全容を現す。


 第七艦隊旗艦、超弩級戦艦『大和』は、潜水機能を活かして、敵艦隊を待ち伏せ、その後方が突けるタイミングを待っていた


「正面3000! 敵戦艦後列!」

「右舷、『美濃』浮上確認!」

「左舷、『和泉』浮上!」


 観測員の報告。『大和』の左右に、オリクト級戦艦を鹵獲、改修した潜水戦艦の『美濃』『和泉』が姿を見せた。


 旗艦『大和』艦長の神明大佐は、魔核を制御する正木初子大尉に呼びかける。


「正木、敵は至近距離だ。近接射撃!」

『主砲連動。目標、正面の敵戦艦。僚艦は、それぞれ敵戦艦B型に照準』


 ほぼ正面。浮上時に、ほぼ敵戦艦が射線に乗るようにアプローチしている。


『「大和」射撃準備よし。僚艦、射撃準備よし』


 長官――神明が視線をやると、第七艦隊司令長官の武本中将は頷いた。


「七十一戦隊、撃ち方はじめ!」

「撃ち方、はじめーっ!」


 艦首6門の46センチ砲が爆炎を噴いた。こちらに艦尾を向けている敵戦艦、その距離はわずか3000メートル。戦艦主砲において、超至近距離である。


 ほぼ狙った通りの弾道で直進する砲弾は、このたとえ大和型の超装甲だったとしても貫通するほどの威力をこの距離では発揮する。おそらく約800ミリ前後の貫通力はあると思われ、この数値は現存する如何なる戦艦の装甲も耐えられない。


 結果、標的となったオリクト級戦艦は、艦尾を突き破られ、装甲を容易く貫かれて、その艦体内部で大爆発を起こした。


 また、『美濃』『和泉』も45口径41センチ三連装砲を発砲。こちらもこの距離ならば650ミリ前後貫通できると思われ、その厚みは大和型のもっとも分厚い装甲すら抜ける。

 それらが34.3センチ砲戦艦のヴラフォス級の装甲を、紙のように穿ち、後方から蹴り飛ばすように爆発させた。


「敵戦艦2、撃沈! 1隻大破、炎上中!」

「この距離だ。まあ無事では済まんだろう」


 武本が言えば、神明も口を開いた。


「それはこちらにも言えます。敵主力戦艦が、こちらに砲を向けてきたら、魔法防弾で強化した『大和』の装甲でも危うい」

「危うい、か。もしかしたら耐えるかもしれんと思っておるんだろう?」


 武本は軍帽の位置を正した。


「さあ、狩れるだけ狩るぞ。こんな距離での砲戦など、滅多にないぞ!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・大和型戦艦改二(潜水戦艦):『大和』

基準排水量:6万4000トン

全長:263メートル

全幅:38.9メートル

出力:魔式機関16万馬力

速力:29.6ノット

兵装:45口径46センチ三連装砲×3 60口径15.5センチ三連装砲×2

   50口径12.7センチ連装高角砲×12 8センチ単装光弾砲×12

   20ミリ連装機関砲×34 十二連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1

   四連装対艦誘導弾発射管×2 対空誘導噴進弾発射機×2

   誘導機雷×30 対潜短魚雷投下機×2

航空兵装:カタパルト×6(格納庫内収納式×4)、艦載機最大10(または特殊艦載艇8)

姉妹艦:『武蔵』

その他:日本海軍の超弩級戦艦『大和』は、トラック沖海戦にて大破。廃艦寸前の状態から、連合艦隊との取引で魔技研に移管。能力者が運用することを前提に修理、大改装された。能力者と魔核による運用で、乗員を百名程度にまで削減、無人運用化のためのテストとして用いられた。潜水機能を有する。各種魔法装備に加え、異世界帝国メギストス級と同様の防御障壁の展開も可能。



・美濃型潜水戦艦:『美濃』

基準排水量:5万3800トン

全長:260メートル

全幅:35メートル

出力:魔式機関16万馬力

速力:30.5ノット

兵装:45口径41センチ三連装砲×3 50口径12.7センチ連装高角砲×8

   8センチ光弾砲×12 20ミリ連装機関砲×24

   八連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1

   四連装対艦誘導弾発射管×2 対空誘導噴進弾発射機×2

   誘導機雷×20 対潜短魚雷投下機×2

航空兵装:カタパルト×2 艦載機×4

姉妹艦:『和泉』

その他:撃沈した異世界帝国戦艦『オリクト級』を回収、潜水戦艦として大改装したもの。両舷に搭載されていた主砲2基を撤去、オーソドックスな艦首2基、艦尾1基の配置に改めている。能力者による遠隔制御、同調システムの対象艦として設計されており、無人艦構想の僚艦として、乗組員は100名以下(50人程度)で運用が可能(自動化が進められているが、それぞれの艦ごとに操艦は可能)。

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