第153話、超近距離射撃
距離3000メートル。実戦の、白昼堂々たる砲戦で、このような至近距離に肉薄しての戦艦対戦艦の砲戦は、今次大戦において例がないだろう
超近距離に浮上した第七艦隊第七十一戦隊の戦艦3隻は、第二艦隊の迎撃に移動しようとしていた敵戦艦3隻を背後から奇襲し、これを吹き飛ばした。
3000メートルの距離では、大和型の装甲であっても41センチクラスの砲ですら貫通する。さらに弾道もほぼ狙った通りの場所に着弾すると思えば、早く狙いをつけたもの勝ちである。
武本中将は言う。
「異世界帝国の戦艦は、旗艦級を除いて、前方に対する砲撃を主体とする艦型をしている。つまり、一度後ろについてしまえば、先手は取れる!」
旗艦級戦艦メギストス級は、艦首と艦尾にバランスよく主砲が配置されているため、たとえ後ろから襲っても艦尾の砲が反撃できる。
戦艦A型――オリクト級戦艦は、艦首二基、艦体中央両舷に一基ずつの計四基の主砲配置だが、両舷の砲の後ろに高角砲や対空設備があるので、真後ろの敵への対応が苦手という欠点がある。なので、後方を攻撃する場合は、艦の向きを注意する必要がある。
戦艦B型――ヴラフォス級は、艦首に二基、両舷に二基ずつの計六基の主砲を持つが、こちらは両舷の前と後ろの砲の間に対空装備があるため、回頭しなくても後ろの二基は、真後ろへの砲撃が可能だった。
なお、何故メギストス級が、スタンダードな主砲配置なのかと言えば、搭載している砲が43センチ四連装砲だったためだ。
要するに、横に広い四連装の旋回砲塔を両舷に搭載すると、艦幅を大きくする必要が出てくる。そうなると高速発揮に不利な肥満体型になってしまうというわけだ。
オリクト級戦艦の三連装砲は、まさにギリギリであり、その若干幅広な艦型のせいで、27ノット程度が限界となっている。
逆にヴラフォス級は連装砲なので、その艦幅もまだ常識の範囲に収まっている。
閑話休題。
『大和』『美濃』『和泉』が、浮上からの奇襲を仕掛けた直後、前列の旗艦級戦艦『アナリフミトス』と3隻のオリクト級戦艦が新兵器の収束熱線砲を使った。
これにより、第一艦隊の戦艦に被害が出た。『大和』の艦橋から見えた光に、武本中将は長官席から立ち上がる。
「今のは何だ?」
「魔法――それに類する力で制御された光線系の兵器でしょう」
神明は珍しく唸った。
「あんな兵器、鹵獲した艦の記録にはなかったぞ……!」
「つまり、新兵器ということだな」
武本は不敵な表情を浮かべた。艦を制御している正木初子が、声を発した。
『先ほどの攻撃で、第一艦隊の戦艦に損害が出た模様』
戦艦2撃沈、1隻大破の報告に、武本は視線を鋭くさせた。
「あれが一発限りだと思うか、神明?」
「さあ、ここからでは何とも。……いえ、射程のせいというわけではないでしょう。最初から使わなかったということは、あれを使うには艦のエネルギーを大量に使うのでしょう」
「つまり?」
「連射できる兵器の可能性は低いということです。仮に連射できるとしても、インターバルが長い」
「ならば、決まりだ。速攻で、敵主力を後方から叩く!」
武本は即決した。
「七十一戦隊は、このまま砲撃を続行! 七十二戦隊にも誘導弾による攻撃を命令!」
「了解。正木」
『承知しました。前方の敵艦を迂回、射線に捉え次第、砲撃を開始します』
沈みかけの敵戦艦B型が一部射線を遮っている。敵前列が、およそ5000から6000メートルの間にいる。まだまだ戦艦の主砲ならば一発で致命傷の危険距離にある。
「よろしいのですか、長官? この距離なら重巡級の砲でも、受ければダメージは大きいですよ?」
神明が問う。一撃をぶちかましたら、すぐに潜水して敵の射線を外す。それが七十一戦隊の近距離浮上戦闘の手順である。留まって狙われれば、大和型とて危ないのだ。
そして敵戦艦は前方に砲が集中する傾向にあるが、後部にはきちんと複数の20.3センチ副砲を搭載していて、反撃能力はある。
武本は笑った。
「そこは、貴様たちの作った魔法防弾で上乗せされた装甲を信じるさ。少なくとも副砲程度なら、『大和』の装甲なら大丈夫だ」
それに、ここで敵に時間を与えると、また新兵器を使われる可能性もある。
「肉を切らせて骨を断つ、だ! 初子君、『大和』の主砲装填速度だが」
『はい、この距離なら、仰角にほぼ変更がないため、装填は30秒以内に可能です』
「結構。まずはあの旗艦級戦艦を狙え!」
後部に指向可能な砲を持つメギストス級が、一番危険だ。後列の戦艦3隻が吹き飛ばされたことも、当然彼らは気づいているはずだ。のんびりしていられない。
潜水行動は取らず、『大和』は増速する。その両翼を固めるように『美濃』『和泉』が随伴する。
「目標、敵旗艦級戦艦」
異世界帝国艦隊旗艦『アナリフミトス』――そちらも後ろに日本戦艦が現れたのを察知したのだろう。その艦尾側の主砲二基が旋回を始めた。
「この至近距離に『大和』が現れたのだ。敵さんも泡を吹いているだろうな」
「慌てふためくばかりではいられないでしょうが」
神明は淡々と言った。武本は命令を発する。
「『美濃』と『和泉』も、敵旗艦に集中! この距離なら41サンチ砲でも、敵装甲を抜けるはずだ!」
『三艦連動、統制射撃、用意よし!』
正木初子の報告に、武本は頷いた。
「撃ち方はじめェ!」
艦首六門、『大和』の46センチ砲と、『美濃』『和泉』の41センチ砲が火を噴いた。水平に近い砲身から放たれる砲火は、まるで黒騎兵が槍を構えて突撃するかのようにも見えた。
神明たちは知らなかったが、異世界帝国旗艦『アナリフミトス』は収束熱線砲を使用した直後のエネルギーロスで、艦の行動、各システムの動作が鈍くなっていた。
とっさの防御シールドも発動できず、真っ直ぐ飛んできた砲弾18発は、6万9000トンの艦体に突き刺さった。
後部二基の50口径43センチ主砲、その砲身をへし折り、装甲を貫通、バラバラに粉砕。さらに艦内に貫いた徹甲弾が、艦中枢を爆砕し、『アナリフミトス』の後部を一瞬、風船の如く膨らませた。
・ ・ ・
「馬鹿な。こんな――」
旗艦『アナリフミトス』の司令塔で、カスパーニュ大将は衝撃に踏みとどまったのもつかの間、押し寄せる閃光に視力をやられ、体も吹き飛んだ。
全長290メートルの巨艦、その後部が膨らんだように見えたのも刹那、内部から突き上げられた爆発により、膨大な煙と破片を撒き散らした。あまりの衝撃に艦体が折れ、艦首がしばし海面から浮いた。
弾薬庫の誘爆も重なり、トラック沖、フィリピン海で連合艦隊を苦しめた異世界帝国太平洋艦隊の旗艦、『アナリフミトス』は巨大なキノコ雲と共に海面に没した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・旗艦級超弩級戦艦:メギストス級超弩級戦艦
基準排水量:6万9000トン
全長:290メートル
全幅:38.6メートル
出力:18万馬力
速力:29ノット
兵装:50口径43センチ四連装砲×4 50口径20センチ三連装砲×8
13センチ高角砲×14 8センチ光弾砲×24 20ミリ機銃×48
(『メギストス』『アペイロン』には、収束熱線砲が追加装備)
航空兵装:
姉妹艦:「メギストス」、「アナリフミトス」、「アペイロン」
その他:ムンドゥス帝国の艦隊旗艦級戦艦。43センチ四連装砲を搭載するが、主砲の幅があるため、従来の両舷に設置できず、艦首と艦尾にそれぞれ背負い式に配置されている。装甲も厚く、さらに魔法障壁によるバリアを展開可能。ただし障壁は、エネルギーを消費するため、使用時間に制限があり、また一定以上の攻撃を受けると破れることもある。
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