第154話、異世界帝国太平洋艦隊の最後


 敵太平洋艦隊旗艦、轟沈。


 連合艦隊旗艦『播磨』から、そのキノコ雲はよく見えた。山本五十六大将は、双眼鏡を抱えたまま、口元を緩めた。


「こちらの砲撃は、わずかに遅かったな」


 異世界帝国の新兵器による熱線で、『武蔵』が大破させられ、『安芸』『甲斐』がやられた後、反撃を決意した連合艦隊。『播磨』は敵旗艦に対して46センチ三連装砲を撃ち込んだのだが、砲弾が着弾するより早く、敵艦隊の後ろを突いた第七艦隊の『大和』ら戦艦戦隊が『アナリフミトス』を仕留めたのだった。


「『大和』にとっては復仇を果たせた形となりましたな」


 宇垣参謀長が、珍しく感情を込めた。


 トラック沖海戦で、連合艦隊旗艦として、『アナリフミトス』と砲撃戦を繰り広げた『大和』。あの時は、一方的に叩かれ、率いた戦艦部隊も『伊勢』を残し全滅した。それがおよそ1年前。『大和』は、トラック沖でのリベンジを果たしたのである。


「敵艦隊、陣形乱れます!」


 見張り員の報告に、黒島先任参謀は言った。


「旗艦をやられ、統制を失ったのでしょう。勝ちました。この戦い」


 参謀たちも「やったぞ」と頷きあった。

 残る異世界帝国戦艦は、日本艦隊から攻め立てられていた。


 やられた『安芸』『甲斐』の敵討ちとばかりに、第三戦隊の『薩摩』『肥前』『飛騨』、第四戦隊の『相模』『周防』『越後』の標準型戦艦が41センチ砲を撃ち込み、第二戦隊の『土佐』『天城』『紀伊』『尾張』も負けずに斉射する。


 また、敵右翼隊を叩き潰した南雲忠一中将の第二艦隊も、雲仙型大巡、金剛型戦艦が踏み込みつつ、残存戦艦に砲撃を仕掛けていた。第二水雷戦隊も突撃し、残る敵駆逐艦を掃討、海底へと沈めていく。


 第七艦隊では、敵戦艦に近づき過ぎていることもあり、潜水しての射線回避に移っていた。戦艦直掩の敵駆逐艦が砲を向け、攻撃してきたのだ。


 距離が5000メートル以内ということで、主装甲は撃ち抜けずとも艦上構造物にダメージを与えることはできるのだ。接近戦ゆえ、その射撃も正確だ。『大和』も潜航前に15.5センチ三連装砲や高角砲で応戦する。


 もはや、異世界帝国太平洋艦隊に逆転の目はなかった。二度も連合艦隊を苦しめた中部太平洋の覇者は、そのことごとくが水底に没していったのである。



  ・  ・  ・



 第三艦隊は、異世界帝国トラック駐留艦隊に対して、攻撃隊を放った。


 日本機の大編隊をレーダーで捕捉したトラック駐留艦隊は、所属する空母から戦闘機を発艦させて迎撃する。

 アルクトス級中型空母2隻、グラウクス級軽空母2隻から、ヴォンヴィクス戦闘機四個中隊、エントマ戦闘機二個中隊が、日本軍攻撃隊に襲いかかった。


 第三艦隊航空隊は、108機の零戦と、九九艦爆、九七艦攻合わせて192機の合計300機。制空隊の零戦三二型は、ただちに異世界帝国戦闘機を迎え撃った。

 火線が交差し、火を噴いて墜落していく戦闘機。それらをかいくぐり、艦爆、艦攻隊が編隊ごとに、敵トラック駐留艦隊に突き進む。


『艦爆隊は、巡洋艦ならびに駆逐艦を攻撃。艦攻隊、攻撃目標は、一航戦が敵空母を引き受ける。三航戦、五航戦は戦艦を狙え』


 空中指揮官の指示は、つまるところ、発艦前の打ち合わせと変更がなかった。それぞれの割り当てに従い、攻撃隊はそれぞれの標的へと向かう。


 五航戦、『加賀』艦爆隊の赤羽根大尉は、思わず眉間にしわが寄った。


「やれやれ、わかっちゃいたが、こいつは……」


 艦爆隊の仕事は、戦艦、空母を守る護衛艦艇。それらに打撃を与えて、防空能力を削り、艦攻隊の大型誘導弾を通りやすくすること。しかし――


「やりづらいなァ」


 護衛についている巡洋艦、駆逐艦のシルエットが、日本海軍の将兵として馴染みなものが多かったからだ。

 高雄型、妙高型に最上型、古鷹型と勢揃いだ。軽巡洋艦も5500トン型とはっきりわかるシルエットであり、特型以降の駆逐艦の姿も多い。

 同胞は乗っていない。あれに乗っているのは、異世界人だ――赤羽根は口の中で繰り返す。


「随分豪華な標的だよなァ!」


 躊躇いを振り払うように赤羽根は叫ぶと、編隊各機に攻撃目標を割り振り、攻撃を命じた。


 重巡洋艦から高角砲が放たれる。空中で炸裂するそれらは破片を撒き散らす。至近で炸裂しなければ、魔法防弾で九九式艦上爆撃機は切り抜けられる。時々、破片が当たったような音がして緊張したが、幸い掠り傷だった。

 幸か不幸か、敵の高角砲弾の命中率は大したことがなかった。編隊も、まだ一機も撃墜されていない。


 ――これが敵に拾われる前の性能と同じというのなら、日本艦の防空能力は案外どうにでもなるものだな。


 近づくのは余裕かもしれない。ただ、今の日本海軍の高角砲弾は、一式障壁弾という空に壁を放つとかいうイカれたものであり、これは相手にしたくないと赤羽根は思った。

 敵には障壁弾はないが、余裕で近づけるのも、対空機銃がまだ届かない位置だから言える。そこまで踏み込めば、さすがに無傷とはいくまい。そして付け加えるなら、機銃の攻撃範囲まで近づかない。


「攻撃用意――テェ!」


 魔力照準で捉えた敵艦――最上型。おそらく『最上』か『三隈』のどちらかに、抱えてきた中型誘導弾を発射する。


 撃ったらさっさと離脱する。九九式艦上爆撃機は、いわゆる急降下爆撃機であるが、練度のこともあって、対艦攻撃ではほぼ急降下爆撃はしていない。


 急降下爆撃は、敵艦の上空に接近し、機銃の射程内に飛び込んで、減速して爆弾を叩きつける。命中率こそ高いが、敵の対空砲火に晒される時間の長さを考えると犠牲が大きくなる。


 トラック沖、フィリピン海で、熟練搭乗員を失いまくった日本海軍航空隊は、パイロットに危険を強いる肉薄攻撃を避けつつあった。

 魔力誘導眼鏡で、標的にした最上型を捉えつつ、誘導弾が直撃するのを見守る。艦構造物、高角砲や機銃周りに被害を与えた。


 やはり、味方艦だったものへの攻撃は心中穏やかではない。

 赤羽根ら艦爆隊が翼を翻すと、次は艦攻隊の出番だ。護衛艦の防空力が落ちたところで、致命的なダメージを与える大型誘導弾を発射。これらは、戦艦――長門型、伊勢型『日向』、扶桑型戦艦と、1隻だけ混じる異世界帝国戦艦へと伸びていく。


 艦艇側でも最初は高角砲、続いて射程に入った機銃が、誘導弾を撃ち落とそうと弾幕を展開する。しかし悲しいかな、その火線は、飛来する全ての誘導弾を撃墜できるほどの濃密さはなかった。


 結果、次々に攻撃が、かつての日本戦艦に突き刺さり、爆発した。三航戦、五航戦が戦艦、そして損傷した重巡洋艦を攻撃する一方、一航戦は、キッチリ異世界帝国の空母4隻と、その護衛駆逐艦を撃沈した。


「……すっきりしない任務だ」


 離脱する赤羽根ら『加賀』艦爆隊。艦長や飛行長から、極力部下を連れ帰ってきてくれ、と念を押されている。

 見回したところ、赤羽根が指揮する中隊は全機が無事だった。対空砲火が比較的手薄だったのと、面倒な敵戦闘機を制空隊がきちんと押さえたからだろう。攻撃中ないし離脱中に、ふらっと1機でも敵戦闘機が現れていれば、何機かやられていたかもしれない。


 如何に魔法防弾で耐久性が上がったとはいえ、敵機に機銃弾を雨のように浴びせられればやられてしまうのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・アルクトス級高速中型空母

基準排水量:2万3000トントン

全長:250メートル

全幅:35メートル

出力:15万馬力

速力:35ノット

兵装:13センチ高角砲×8 8センチ光弾砲×8 20ミリ機銃×18

航空兵装:カタパルト×2 艦載機72機

姉妹艦:

その他:帝国空母群の主力を形成する中型空母。量産性にも優れ、数が多く、攻撃任務にはほぼこの型の運用が確認されている。


・グラウクス級軽空母

基準排水量:1万3000トン

全長:198メートル

全幅:32メートル

出力:10万馬力

速力:29ノット

兵装:13センチ高角砲×3 8センチ光弾砲×2 20ミリ機銃×12

航空兵装:カタパルト×2 艦載機30機

姉妹艦:

その他:帝国軍の小規模艦隊の随伴、主力艦隊の援護などで活用される小型空母。予備航空機を輸送する補助任務など、広く運用されている。

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