第659話、円盤襲来
ワシントンD.C.を謎の円盤型飛行物体が攻撃したと聞いた時、日本政府、そして陸海軍もまた、円盤型が帝都に襲来することを予感した。
アメリカが対処できなかったと聞き、陸軍と海軍の高官たちは不安を抱き、本土防空隊はより警戒を強めた。
そして、それはやってきた。
『小笠原諸島警戒線より入電。巨大飛行物体、本土東京方面に向けて接近中。機数1、速度220ノット』
アメリカ本土を攻撃した円盤型飛行物体に違いない。それまでにあっただろう日本軍拠点をスルーし、突然現れたそれは、帝都を目指して飛行していた。
ただちに関東圏の防空隊に緊急発進がかかる。
陸軍の新鋭戦闘機、マ式疾風。海軍も白電迎撃機に加えて、新型局地戦闘機『震電』が基地飛行場より飛び立った。
震電は、44年より配備が始まった高高度対応迎撃機である。それまでの迎撃機である白電に代わり、低コスト化、工程数の低減が図られて、量産された機体だ。
全長9.8メートル。全幅11メートル。マ式エンジンを搭載するが、出力と安定性を重視された結果、最高速度は時速810キロと抑えめである。
エンテ型の機体は、すでに実用化されている白電を継承し、より簡易かつ洗練されている。
機首に30ミリ光弾機関砲を四丁を内蔵。白電、青電が実体弾だったところからも、進化がみてとれる。代わりに対重爆撃機用の光弾砲は撤去されているため、光弾機関砲で何とかどうにかしろということである。
主翼、胴体下に空対空誘導弾を搭載可能なのは、前の局戦と同じ。主翼に四から六発、胴体下は予備燃料タンクか、誘導弾一発である。
敵予想針路から先回りした各防空隊は、敵を視認した順番で攻撃を開始した。
比較的低高度を飛んでいる円盤に対して、まずは空対空誘導弾でご挨拶。
しかし予想された通り、敵は防御障壁を展開していた。誘導弾は、円盤本体に触れることなく、見えない壁に激突して吹き飛んだ。
『こちらコウノトリ。敵は障壁を使用。50発近く命中させたが、依然として健在』
『了解。横空が、転移弾を使用する。コウノトリ、距離をとって敵を監視せよ』
『コウノトリ、了解』
三隊が円盤への攻撃を仕掛け、全て無効だった。震電にしろ疾風にしろ、使っている誘導弾はほぼ変わらない。攻撃を集中すれば防御障壁もエネルギー切れを起こすはずなのだが、それでも消えない。恐るべき障壁維持能力だった。
やがて、横須賀航空隊の白電部隊が到着した。これらはマ式収納庫を装備した改型であり、対艦用の誘導弾すら使用が可能だ。
高速で駆けつけた白電改迎撃機は、敵の針路、正面に位置どると、マ式収納庫を開いて800キロ対艦誘導弾を投下した。魔力誘導により目標へと飛ぶそれらは、白い煙を引いて円盤に飛んでいく。
そして目標に接近、次の瞬間、障壁を転移ですり抜け、円盤本体に直撃させた。
二発、三発――合計九発が確実に命中し、爆発したが……。
『こちらコウノトリ。敵円盤は健在。繰り返す、敵円盤は健在。転移弾は本体に直撃なるも、装甲で弾かれた』
観測機から報告が、帝都の各防空隊司令部に届く。それは陸軍省に海軍省、そして海軍軍令部にも届いた。
永野軍令部総長は、報告を受けて嘆息した。
「こうなることはわかっていたが、対策の時間が足りなかったのは悔やまれる。魔技研の、例の転移装置を積んだ爆撃機の準備はどうなったか?」
「残念ながら、間に合わないようです」
伊藤軍令部次長は、魔技研に問い合わせた上で返ってきた返事を報告した。
マ式収納庫と装置のサイズ合わせに手間取っており、上手く重爆撃機からの出し入れができないらしい。
「当初の防空案も、このままでは失敗。予備案も使えず。……万事休すか」
帝都が、敵円盤の攻撃で破壊される。アメリカ本土、ワシントンD.C.のように。
「総長!」
部屋に、軍令部第三部長の大野少将が慌てた様子で現れた。
「横須賀鎮守府より、確認の連絡がきております」
「確認? どういうことだね?」
「東京湾に巡洋戦艦『武尊』が転移出現したそうです。九頭島に確認したところ、兵装試験をやるということで、つい先ほど出航したとのことだったのですが……」
「軍令部はこの行動を知っていたか、かな?」
永野は視線を伊藤に向ける。彼は首を横に振る。
「いえ、私は存じておりません」
「私もだよ。魔技研のテストだろう? 然るべき場所に許可を得てやっているのだろうが、それをいちいち軍令部が把握しているわけがない」
それをわざわざこちらに横須賀鎮守府が確認しにきたのは、他でもない。
「敵円盤が通過するかもしれない場所に、予告なく戦艦が転移してきたからだろう。緊急事態だから東京湾を航行する船舶に、待避命令が出ているだろうが……」
そんな混乱した場所に転移で現れるなど、事故でも起きたらどうするのか。
伊藤は口を開いた。
「しかし、意味もなく東京湾に転移などするとは思えませんが……」
「うむ、これは明らかに、意味があるね」
永野はそこで、大野部長を見やる。
「ちなみに、誰がその試験の責任者なんだ?」
「はい、T艦隊参謀長の神明少将です」
神明、と聞いて、永野は皮肉げに口元を緩めた。
「T艦隊か……。連合艦隊とも軍令部とも別の独自行動が許された艦隊か、なるほど、それはこちらに連絡が来ないのも道理だ」
「ですが、少々独断専行の気がありますが……」
伊藤が渋い顔になる。軍人としてルールを逸脱するのはよろしくない。だが永野は席についた。
「彼は、ただ試験をしているだけなんだろう。それがたまたま、戦場になる場所に転移してしまっただけのことだろう……」
「たまたま、ですか……」
「建前はね。もちろん、わざと彼はやっている。あの男はね、意味のないことはしない。この状況で、円盤の針路上に現れたということは、何か策があるんだよ」
「策……」
伊藤と大野は顔を見合わせる。永野は呟くように言った。
「いつから考えていた……? おそらく重爆に転移装置を載せる案を提案した時からだろうな。他にも手がないか、色々考えて準備していたに違いない」
お手並み拝見かな。と呟いたところで、新たな軍令部部員が入ってきた。その中佐は大野のもとに駆け寄ると、何事か話した。
伊藤が眉をひそめる。
「何かあったのか?」
「連合艦隊より、横須賀鎮守府ならびに各防空司令部、軍令部に連絡がありました。東京湾に転移した『武尊』について、その行動を妨害しないようにと――」
大野の説明に、伊藤はさらに困惑した。
「連合艦隊から?」
「……どうやら、神明君は、そちらに話を通したんだね」
連合艦隊司令長官、山本 五十六大将に話を通して、この迎撃戦に参加する正当な口実を得たのだ。
「ならば、期待して待とう」
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