第658話、名を変える新戦艦 ――新巡洋戦艦『武尊』
T艦隊は、補給を兼ねて鉄島に帰還した。
大西洋での通商破壊により消費した弾薬、燃料の補給、整備。そして地中海から大西洋に出てきた英国艦艇中心の異世界帝国艦隊への対応策の検討などなど、やることは多い。
が、参謀長の神明は、連合艦隊航空参謀の樋端と共に、近くの九頭島魔技研の施設へとやってきた。
「ベンガル湾で、敵は転移装置を装備した大型巡洋艦、もしくは戦艦を用いた」
回収した魔核の記録によれば、ポース級転移装甲艦とあったが、その艦体はヴラフォス級戦艦がベースであることがわかっている。
「この転移艦の転移装置は、面白い効果があってね。物体に転移光線を浴びせることで、別の転移口に移動させる代物なのだが……」
神明は、復元された転移装置のもとで立ち止まった。艦艇用の探照灯のような形をしているそれは、ポース級の舷側に設置されていた。
「これを突貫工事で、重爆撃機に装備させる。そして円盤が現れたなら、目標に追いすがり、転移光線を浴びせる……。そうすれば」
「こちらが指定した場所に転移させることができる……!」
樋端はすぐにその答えに行き着いた。
「名案です。出現場所を山や崖に指定できるなら、そのまま衝突させて破壊することもできるでしょう」
「そういうことだ」
「しかし、いくら重爆でもこれを装備はできないのでは、ありませんか?」
「マ式収納庫を改造する必要がある。使用時に、装置が頭を出すように」
転移装置をつけて離陸はできないのは間違いない。
飛行時の空気抵抗が凄まじいことになるだろうが、そこは転移光線をさっさと浴びせてすぐに戻すことで何とかしてもらおう。
サイズがサイズだから、火山重爆撃機クラスは欲しいところだ。間違っても彩雲では飛べないだろう。
「できますか?」
「やるしかないな」
神明は、再び歩き出した。
「魔技研の研究チームにやらせる。きちんと量産しなければならないものなら問題があるが、こういう突発作業を好き好んでやる奴らがいる」
不謹慎な言い方をすれば、遊び半分で改造をやりたがるような職員が魔技研にはいた。
「では、私は山本長官にご報告して参ります。事後報告という形になりますが、備えを間に合わせるためには仕方ありません」
「軍令部にもな」
樋端とわかれた神明は、鉄島から九頭島の秘密ドックへと足を向けた。
・ ・ ・
「志下さん」
「おや、神明君か」
秘密ドックに隣接する研究室にいた志下
「どんな様子ですか、『
カリブ海での敵新鋭潜水艦との戦いで、新兵器によるダメージを受けて大破した戦艦。異世界帝国の戦艦『アルパガス』を改装し『諏方』と命名されたそのフネは、敵兵器の解析も兼ねて、魔技研のテリトリーである秘密ドックに収容された。
そこで修理されることになったのだが――
「改修されるとも聞きましたが」
「あぁ、大幅に弄ることになったよ」
志下大佐は、以前と変わらない調子だった。
神明のほうが少将で階級は上だが、以前会った時には、人前でなければ先輩後輩の関係でやりましょう、となっていた。だから彼は、ため口であった。
「それと同時に、艦名も変わることになった」
「そうなんですか?」
「艦種が巡洋戦艦になったからね。戦艦とは命名が異なる、という建前だ」
志下は控えめに口元を笑みの形にした。
「せっかくの新鋭艦なのに、あっさり沈みかけたことで、海軍省の一部から、わずか10年で消えた国名は、不吉なのではないか、という声が上がったらしい」
「船乗りは縁起を担ぎますから」
ケチがついているもの、不吉なものは避けたがる習性がある。
日本海軍が、一度沈んだ艦の名前をつけないようにしているのもそれだが、最近では沈んだ艦が復活することもしばしばあるので、その方面でのタブーは無視されるようになった。他につける名前がなくなってしまうからだ。
「それで無理くり理由を作り出して、艦種を変えることにしたらしい」
「しかし、海軍では艦種が変わっても、基本名前はそのままでは?」
巡洋戦艦が廃止され、戦艦になっても金剛型は、山の名前のままであったし、空母『赤城』『加賀』も、巡洋戦艦、戦艦の時の同じ名前のままだったりする。
「何にでも例外はあるよ」
皮肉げに志下は肩をすくめた。
「このフネは、他に兄弟がいないからね。連合艦隊でも結構扱いに苦労していたようだ」
「海軍では同じ艦型を2隻ないし4隻で編成するのが基本ですからね」
単艦だと編成する際に、困ってしまう場合もある。航行速度だったり、武装の射程だったり、統一指揮をとるなら、同じ艦型のほうが扱いやすいのだ。
かつてワシントン軍縮条約の際、長門型『陸奥』を巡って、海軍が断固保有にこだわったのも、単艦運用より戦隊編成ができることを重視したためでもある。
アルパガス――元『諏方』の場合は、敵からの鹵獲回収艦で、姉妹艦はなし。だから何と組ませるのか、どこに配置するのが最善か、連合艦隊も悩んだようだった。
「そんなことわけで、この艦は連合艦隊から魔技研に移管されて、実験艦として運用されることになった」
「……」
「T艦隊で使っていい、ということなんだろうな」
志下は、神明を見た。
「君、この艦を狙っていただろう?」
「T艦隊で使えるフネを探していたというのは、本当です」
神明は認めた。損傷、修理が必要な艦の中で、僚艦がないような、扱いに困ってそうなものについては、日頃から注意を払っていた。修理状況を確認しに足を運んだのも、T艦隊で利用できないか、見定めるためでもあった。
「実験艦にするには、もったいないですね」
「実験艦という建前で、色々新装備を載せた」
そこで志下は真面目な顔になる。
「敵の紫の艦隊、その旗艦である超戦艦と戦うことも想定して、主砲を新開発した46センチ三連光弾砲を搭載する」
「新型砲ですか」
「以前の『諏方』、そして航空戦艦『浅間』『八雲』が装備する40.6センチ光弾砲は、40.6センチ砲相当の威力はあるが、敵超戦艦は50センチ砲搭載の可能性がある。その攻防力を見積もれば、最低でも46センチ砲に匹敵する威力が必要だ」
それでも足りない可能性はあるが、今、戦艦主砲として搭載できるものとしては、この試製46センチ三連光弾砲が最上位であった。
「主砲は連装四基八門。三連装砲にするにはパワーが足りなくてね。元の40.6センチ三連装砲とさほど変わらない大きさに収められるから、連装砲で我慢してもらいたい」
三連装砲にできれば、三基九門にして、空いたスペースを機関の増設して速度を上げられたのだが――と志下は漏らした。
「これは動かせますか?」
「艤装が完全に終わってないが……まあ、主砲を撃ったり、航行するくらいならば。……そんなに急いで入り用かね?」
「もしかしたら、すぐにでも出番があるかもしれません」
例の空飛ぶ円盤相手に。
「もちろん、普通にやる分には、戦艦が高速飛行物体を撃墜するのは困難ではありますが」
「……いや、案外そうではないかもしれない」
志下は意味ありげに言った。
「実は、砲搭の旋回、俯仰システムにもマ式の新しいのを載せたんだが、試すのも悪くないかもしれないね」
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