第139話、侵攻方面は――


 パラオ、襲撃さる。日本軍、上陸せり!


 ムンドゥス帝国太平洋艦隊、旗艦『アナリフミトス』の司令塔で、カスパーニュ大将は驚愕した。


「なに、パラオだと!? マリアナではないのか!?」


 異世界帝国太平洋艦隊は、日本軍の大規模攻勢の前兆ありと分析。マリアナ方面侵攻の可能性大として、トラックへと向かっている最中にあった。

 現在、艦隊はウェーク島近辺を航行している。


 苛立ちを隠せぬ司令長官カスパーニュに、ナターレ参謀長は言った。


「パラオ司令部からの報告では、敵艦載機による空襲により飛行場は無力化。直後、複数の戦艦を含む艦隊がパラオ港を急襲。駐留艦隊は蹴散らされたとのこと」

「パラオ……」


 カスパーニュは呻く。空襲と艦隊の攻撃の後、日本陸軍がパラオに上陸したとの報告があった。

 日本軍はマリアナで仕掛けた奇襲砲撃に留まらず、本気でパラオの奪回に動いていた。


「有り得ん。連中の狙いはマリアナの航空要塞の破壊と占領のはずだ。パラオを落としてどうしようというのだ……!」

「トラックの奪回を目指しているのでしょうか?」


 参謀の一人が言えば、カスパーニュは睨んだ。


「マリアナを放置してか? 飛行場が稼働すれば、結局は本土が狙われる状況だとわかっているはずだ。是が非でも、マリアナを制圧し本土を守ろうとするのではないのか……!」

「ですが、仮にパラオ、トラックが陥落すれば、マリアナの補給路は遮断されます」


 これまでもマリアナ諸島への補給は、日本潜水艦による通商破壊により所定量を下回っている。トラックが日本軍に奪回されれば、南からの補給ルートの使用は絶望的になる。

 だが――


「馬鹿者! トラックを落とされたとて、まだマーシャル諸島を経由するか、ウェーク島方面からの東ルートが残っておるわ!」


 決して遮断はできない。南太平洋からマーシャル諸島、またはウェーク島からでも補給は繋げる。


「お言葉ですが、長官。トラックが敵の手にあれば、マーシャル諸島ルートは日本軍の空襲にさらされ、ウェーク島ルートも、今より多くの敵潜水艦が待ち構えるようになります」

「トラックはニューギニア方面の航空群が叩けばよい。連中に基地を使わせるか!」


 カスパーニュはピシャリと言ったが、ナターレ参謀長は咳払いして、長官と参謀のやりとりに間を作った。


「まだ、パラオが攻撃を受けている段階で、トラックは攻撃されておりません。現状、トラックにある駐留艦隊は、戦艦6、巡洋艦12隻、駆逐艦は20以上と、それなりの規模です。日本軍とて簡単には手を出せないでしょう」


 参謀長は海図を見やる。


「パラオへの攻撃は、日本軍の本命なのか。あるいは我々の目を引きつけている間に、マリアナ諸島を襲撃するのが本命の可能性もあります」

「……むぅ。むしろ、マリアナへの侵攻こそ本命だろう。パラオは本命ではない。マリアナだ。連中の本命はマリアナだ!」


 カスパーニュは言った。ナターレは頷く。


「はい、おそらくパラオは陽動でしょう。ですが、この襲撃で、トラックの駐留艦隊を、マリアナへの増援に使うことができなくなりました」

「!?」


 トラックには戦艦6隻を含む有力艦隊が駐留している。カスパーニュは、日本軍のマリアナ侵攻の際、太平洋艦隊主力と連動して、マリアナ諸島への進出を画策していた。

 これで日本軍を圧倒し、中部太平洋を守りきる構えだったのだ。


「くそぅ……小癪な真似を」


 カスパーニュは歯噛みする。

 艦艇の補充を受けて、大艦隊となった異世界帝国太平洋艦隊。主力の全力をもって日本海軍を叩き潰そうと考えていたカスパーニュだが、彼の思惑は最初の一歩から外された。


 アメリカ太平洋艦隊のミッドウェー襲撃である。


 これまで消極的だった米海軍が、太平洋に乗り出した。複数の戦艦、空母を揃えてきたという情報があり、異世界帝国太平洋艦隊としても、これを無視することができなかった。


 日本軍のマリアナ方面侵攻に呼応して、米海軍が、ハワイ奪回に乗り出すのではないか、と懸念が生じたせいだ。

 結果的に、ハワイ司令部に、戦艦と空母をある程度残さざるを得なくなった。全力で日本軍と戦うつもりだったカスパーニュは、目論見通りにいかず苛立たされたのだ。


 ならばと、マリアナ防衛にはトラックの艦隊を使おうと思っていたが、日本軍のパラオ侵攻でそれも消えた。トラック駐留艦隊は東カロリンから離れることができなくなったのだ。


「日本海軍のGF――グランドフリートの主力は行動中ですが、その位置については判明しておりません」


 連合艦隊が日本本土を出撃したことはわかっているが、警戒網はことごとく潰されている。潜水艦や長距離偵察機など、これらがドンドン音信不通、消息不明となっていた。


 だが裏を返せば、そうした警戒網を『敵が通っている』可能性が高いということであり、それもあって、敵の攻撃正面をマリアナ諸島と見て、太平洋艦隊が出張ってきたわけだが……。

 場合によっては、これら警戒網潰しが、攻勢方向を誤認させる陽動の可能性も出てきた。


「本命はマリアナか、トラックなのか……定かではありませんが、我が艦隊は、マリアナ諸島へ進出するべきだと考えます」

「その意図は、参謀長?」

「敵主力がマリアナに来れば、我々はそれを正面から迎え撃てます。仮にパラオ方面が本命だったとしても、我々がマリアナにいれば、日本軍はトラック、マリアナの二つを警戒せねばならなくなります」


 本命がパラオから東進してトラックを狙えば、マリアナから南下した太平洋艦隊により、トラック駐留艦隊と挟撃される、あるいはパラオを攻撃され、その背中を脅かされる可能性も出てくる。それを嫌うなら、結局、マリアナにいる我が主力に対応せざるを得ないのだ。


「よし、それで行くぞ。我が太平洋艦隊は、針路をマリアナ諸島へと変更する!」


 トラックで待機、ではなく、マリアナへ向かう。当初の予定どおり、トラック駐留艦隊と合流する手もあるが、パラオに敵がいる以上、マリアナ諸島を攻撃されたら結局、駐留艦隊は守備に残さねばならないのだ。


「小癪な日本軍め。我が太平洋艦隊が叩き潰してやる!」


 カスパーニュの太平洋艦隊は、戦艦25隻。空母25隻。重巡洋艦25隻、軽巡洋艦25隻、駆逐艦100隻からなる。


 ハワイに戦艦、空母、巡洋艦各5隻ずつ残してきたために、若干数は減っている。米海軍が動かなければ、戦力を分けなくても済んだのだが……。忌々しい、とカスパーニュは思う。

 それでも空母群の艦載機は約1600機。この数は、日本の空母機動部隊を凌駕している。


 果たして、現れるだろう日本海軍、連合艦隊の戦力は如何ほどのものか?

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