第145話、制空隊の切り札


 第五航空戦隊の攻撃隊が、異世界帝国前衛左翼群を攻撃している間、一、三航戦の攻撃隊が、前衛右翼群に接近した。

 一航戦138機。三航戦144機、合計282機の攻撃隊だ。


 右翼群は、第七艦隊がばらまいた誘導機雷によって、行動の自由が奪われており、厄介な機雷撤去の真っ最中に、日本海軍航空隊の襲撃を受ける格好となった。

 この時点で、右翼群側の中型空母5隻のうち、1隻が触雷により沈没。2隻が損傷、浸水により艦が傾斜、艦載機展開能力を喪失していた。空母として運用可能なのは、2隻のみとなっていた。


 しかし、それらも機雷に包囲されて動けず、迎撃機は出てこないと思われた。


 が、予想を裏切り、異世界帝国空母は、洋上停止状態から、戦闘機を浮遊発艦させた。まるで岸壁の鳥の巣群から一気に飛び立つように、戦闘機が飛び上がり、日本機に迫った。


『敵機!』

『制空隊、ただちに敵戦闘機を撃墜せよ! 突撃!』


 無線が慌ただしくなる。『翠鷹すいよう』の制空隊に所属する鳥井少尉は、零式艦上戦闘機三二型を駆り、列機と共に突っ込んだ。


 視界にハチを連想させるシルエットの敵機が先陣切って向かってくるのを見やり、鳥井は苦い顔になった。


 フィリピン海海戦で初登場した敵の高速戦闘機エントマ。一説には、第三艦隊航空隊の半分がこの新型にやられた、などと言われるほど素早く手強い相手だ。


 こちとら零戦の改良型である三二型であるが、エントマと交戦した経験のある搭乗員らに言わせれば、まったくお話にならなかった。

 何故なら、最高速度が二一型に比べてわずか10キロ前後しか上がっておらず、敵新型の650キロ超えのスピードについていけないことがわかっていたからだ。


 三二型は、これまでの二一型に比べて、速度、上昇力、急降下性能、横転性能、上昇限界が向上し、20ミリ機銃の弾数も100発に向上していた。だがやはりエントマと比べてしまうと、微増程度の性能アップに留まっている。


 ざっと見たところ、敵はエントマ二個中隊と、いつものトンボのような主力戦闘機ヴォンヴィクスが三、四個中隊と思われる。およそ70機前後。

 対して、一航戦、三航戦の戦闘機は54機ずつの108機。数の上では勝っている。これが敵空母が5隻とも健在だったらと思うと冷や汗ものである。


 新型込みの70機との空中戦。こちらは艦爆、艦攻隊を守らないといけないのが辛いところだ。

 敵高速機が、遮二無二に攻撃隊に突っ込んだら、零戦三二型では抑えきれない。


「と、思うよな!」


 攻撃隊の九九艦上爆撃機が、対空誘導弾を発射した。それらは制空隊の下を通過し、向かってくる敵機に突っ込んだ。


 爆発、四散。あの忌々しいハチがバラバラになるのは気分がいい。ぜひ全滅してほしいが、あいにくと艦爆で対空誘導弾を搭載している機体はあまり多くない。

 そもそも艦隊攻撃のためにきていて、戦闘機はほとんどいないか、いたとしても敵本隊からきた援護部隊くらいだと思っていたのだ。

 そしてエントマ迎撃機もまた、正面から飛来する誘導弾をギリギリ躱して、向かってくる機体が複数機見えた。


『行かせるか! 第二中隊、敵機を阻止せよ!』


 中隊長の命令が飛ぶ。翠鷹戦闘機隊は上方から、一気に切り込む。火線が交差する。しかししっかり狙いをつけられる余裕などほとんどなく、双方ともあっという間にすれ違う。

 鳥井は操縦桿を捻り、愛機を旋回させる。敵は攻撃隊に向かっている。撃墜しなければ、味方機が――


「ああっ!」


 数機の九九式艦爆が煙を引いているのが見えた。被弾したのだ。魔法防弾板効果か、いきなり爆散するような機体はなかったが、機体の一部をもがれ、緩やかに墜落していく機も見えた。


「畜生!」


 敵の新型が四方に散り、さらに日本機を喰うべく機動する。光弾が連続し、狙われた九九式艦爆、九七式艦攻が、バラバラに消し飛んだ。魔法防弾でも数発撃たれれば、やられてしまう。


 フルスロットルで敵機を追う。こちらに気づいたエントマは一気にダイブにかかった。スピードで引き離そうというのだ。別名ションベン玉の20ミリ機銃では、距離を取られると正直当たる気がしない。だが――


「逃げられると思うなよ!」


 こちらも敵新型対策に、新しい武器を用意してきた。

 零戦三二型には、三式対空誘導弾が1発積まれていた。敵機を照準器に捉える。


「魔力照射!」


 鳥井は機体を操り、敵機を中心の点に収めようとする。直線離脱する敵。


 ――いいぞ、そのまま!


「誘導同調!」


 操縦桿に追加された引き金を押す。照射された魔力が敵機にマーキング。そして爆弾投下ボタン押す!


「行け!」


 三式対空誘導弾が、零戦三二型から切り離された。この新型対空誘導兵器は、誘導弾がマーキングされた標的に向かって飛ぶ。

 つまり、従来の、当たるまで魔力照射を続けなければいけない――ということはなく、一度目印をつけたら、後は誘導弾が勝手にそこへ飛んでいくという仕掛けである。


 これは照準を続ける専門員がいない単座の戦闘機でも、誘導兵器が使えることを意味する。

 絶えず周囲を警戒し、常に視線と視界を変更を強いられる戦闘機乗りにとっても、目印をつければ後は切り離すだけというのは、動きの制約が最小限に抑えられてありがたい。


 何より、この誘導弾は、エントマの最高時速を軽く上回る。直線移動で振り切れることはない!


「よしっ!」


 赤い火の玉となって粉々に吹き飛ぶ敵新型戦闘機。零戦三二型は、確かに最大速度では勝てない。追いつけない。だが1発のみとはいえ、ハチ野郎を撃墜する牙を装備しているのだ。


 正面撃ちだと、相対速度もあって誘導弾が捕捉しきれないこともあるが、追尾状況――敵機の後ろから撃てば、タイミングよく的確な回避運動をされない限り、ほぼ命中するというのは事実のようだった。

 1機の零戦で、エントマ1機を落とせれば、それで充分制空確保に近づく。何故なら数の上で、こちらが優勢だからだ。


 事実、敵機は性能に勝るが、徐々に日本機が押し始めていた。誘導弾を撃った零戦も、ヴォンヴィクス戦闘機の対応に回っている。こっちは600キロ前後の速度を誇り、やはり零戦三二型より優速だが、まだこちらは技術で対抗できる。


 そうこうしている間に、艦爆隊が、海上の敵艦艇に、対艦誘導弾を発射。空母や戦艦を守る護衛の排除に回った。


 異世界帝国艦は、機雷撤去を諦め、回避運動を取ろうと増速を始める。だが運悪く機雷を踏みつけて爆発するもの、身動き取れずに誘導弾の餌食になるものが相次いだ。

 そして艦攻隊が、行動不能の敵艦ならびに戦艦、空母へ零式対艦誘導弾を叩き込んだ。敵戦闘機に数機が撃墜され、高角砲に運悪く被弾、離脱する機体もあったがおよそ80機の九七式艦攻が、800キロ相当の対艦誘導弾を発射した。


 その結果、右翼群は残存空母全てにトドメを刺され、戦艦5隻すべてが被弾。2隻が装甲で軽微な損傷で済んだが、残る3隻が中・大破し、以後の戦闘参加は困難となった。

 さらに巡洋艦、駆逐艦の大半が犠牲となり、右翼群は壊滅するのであった。

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