第144話、夜が明けて


 ムンドゥス帝国太平洋艦隊本隊。旗艦『アナリフミトス』。


 前衛艦隊が襲撃されたという報告が飛び込み、司令長官カスパーニュ大将は叩き起こされ、不機嫌の極みにあった。


「壊滅!? そんな馬鹿な!?」


 夜襲された。それ事態は予測していた。潜水艦による攻撃を警戒し、その程度ならば起こすなと告げた上で、明日以降の戦いに備えていたのだが、事態は彼の想像の遥か上をいった。

 潜水艦による数隻単位の被害ではない。前衛艦隊がかなりの損害を受けたという報告に、カスパーニュは声を荒らげた。


「日本艦隊が、想定より接近していたというのか!?」


 水雷部隊による強襲か、と思った。昨日からの索敵からでも、行動範囲に敵艦隊は確認されていなかった。


 だが前衛艦隊は襲撃された。


 太平洋艦隊は、フィリピン海海戦で、日本軍の航空攻撃により空母を一挙喪失した。その戦訓から、部隊を複数に分けて行動させていた。

 本隊の前を行く前衛艦隊は、三つの群に分かれているが、それなりの規模だった。それがマリアナ海域到達前に、かなり喰われた。


「夜のうちに、ここまで被害を受けるとは……!」


 まったくの想定外だった。


 強力な敵潜水艦隊による襲撃の可能性はあった。何隻か沈む想像はあった。だが、空母11隻の被害は想定外だった!


 前衛中央群、前衛左翼群の空母10隻が、日本軍の襲撃で撃破された。さらに前衛右翼群は、多数の機雷に包囲され、身動きができない状態だという。夜間の上、不規則に動く機雷に、処理に手間取っている。


 最悪なのは、この襲撃でカスパーニュの太平洋艦隊の航空戦力が、ほぼ半減してしまったことだ。


 本隊には10隻の空母があるが、いずれも小型空母。むしろ、前衛に大型空母ないし中型空母を配していたから、その前衛が失われたことで、航空機の数がごっそり減ってしまった。

 これでは、マリアナに進出した日本海軍との決戦、その雲行きが怪しくなる。


 日本海軍は航空母艦を20隻近く保有しているとされる。パラオに数隻が投入されているようだが、それでも十数隻があり、そのうちの大半をマリアナに投入したと思われる。


 ――こちらは小型空母。向こうは大型ないし中型の空母……。


 隻数の差はアテにならない。搭載数で水をあけられている。


「直に夜が明けます」


 ナターレ参謀長は言った。


「前衛艦隊の残存艦と合流しましょう」

「右翼群はどうする? 敵の不思議機雷によって、空母の動きが封殺されているという。処理がままならなければ、こちらも迂闊に近づけんぞ」


 こちらの一個艦隊が洋上で棒立ちになっていると気づけば、日本海軍は狙ってくるに違いない。厄介な機雷を作ったものだ。


「明るくなれば、機雷処理のペースも上がりましょう。我々は、マリアナ諸島を防衛しなくてはなりません。ここを失陥することがあれば――」

「わかっておる! 陸軍から突き上げをくらうどころか、我々もクビだ!」


 異世界帝国太平洋艦隊は、なおも進む。

 そうとも、航空兵力は半減したが、戦艦は本隊に10隻。中央群は戦艦にも損害が出ているが、合流する左翼群は、空母以外はほぼ健在。その戦艦5隻と合流すれば、まだ発見されていないが来ているだろう、日本の戦艦部隊とも互角以上に戦えるだろう。



  ・  ・  ・



 この時、連合艦隊は、敵太平洋艦隊撃滅のために猛進中であった。

 第七艦隊の接触により、異世界帝国艦隊の位置は筒抜けだった。マリアナ近海での決戦を想定しているだろう敵に対して、日本海軍は早めの攻撃を仕掛けたのである。


 夜明け前、第三艦隊より、異世界帝国艦隊に向けて、第一次攻撃隊が発艦した。

 発艦作業中はまだ夜明け前だったが、魔力視野ゴーグルなどの暗視装備の補助を受けて準備を整えると、それぞれ空母を飛び立った。


『帰る頃は、普通に日が出ている』


 フィリピン海海戦の経験がある上官らは、ほぼ初陣である新人搭乗員らに告げた。空母に着艦する時は、これまでの訓練で慣れた昼間だぞ、と安心を植え付けたのだ。


 ここにきて、航空隊の搭乗員たちの意識は変わってきている。トラック沖海戦に、フィリピン海海戦。搭乗員は損耗し、その構成は僅かなベテランと中堅未満、そして大量の新人となっている。

 何より指揮官たちが、『新人に経験を積ませろ。ただし戦場では無茶をさせるな』と、実戦での安易な死を促すような行為、思想をやめさせた。

 敵と差し違えてでも、とは上官は言わなくなり、新兵らもそれを口にしたら『馬鹿者!』と叱られた。


 機動部隊のトップである小沢中将をしてそうなのだから、その配下である指揮官たちもまたそれに倣えである。

 小沢はかつて、搭乗員も鉄砲玉と思ってガンガン使うと思ってはいた。決戦にはそれだけの覚悟が必要だ。

 だがトラック沖海戦の後、ようやく練成した搭乗員をフィリピン海海戦で失い、またも一から育てなければならないという状況に面して考えを改めた。鉄砲玉は誘導弾でやればいいのだと、パイロット保護主義に回った


 艦載機の空母への着艦の光景を、まるで赤ん坊の歩行を見守るような気持ちで見せつけられれば、これなら誘導弾でいいだろう、という気持ちにもなる。

 それならばパイロットたちは磨きに磨いて、精鋭に育て、様々な任務に耐えうる能力を持たせる。使い捨て? とんでもない!


 閑話休題。


 第三艦隊から飛び立った攻撃隊は、能力者が搭乗する誘導機――二式艦上偵察機の誘導に従い、攻撃目標を目指した。

 出撃前の指示で一航戦、三航戦は、機雷に囲まれて足止めされている前衛機動部隊を狙うことになっている。


 そして五航戦は、もうひとつの前衛部隊――夜のうちに第七艦隊の夜間攻撃隊によって空母戦力を喪失した部隊へ攻撃することになっている。


 こちらは空母5隻中、健在は2隻。ただし応急修理もクソの役に立たないほど飛行甲板をやられ、艦載機発着艦能力を失っており、浮かぶ的も同然の無力な状態。

 ただし戦艦以下、巡洋艦、駆逐艦はほぼ無傷のため、これらの戦力ダウンを狙うのが、五航戦の仕事だ。


「全機、攻撃開始!」


 敵戦闘機のいない敵艦隊に対して、五航戦『赤城』『加賀』『大龍』航空隊147機は襲いかかった。


 九九式艦上爆撃機が、中型誘導弾で敵巡洋艦や駆逐艦に、遠距離から先制する。異世界帝国艦も、光弾砲や高角砲で反撃するが、艦爆隊はあまり踏み込まず攻撃すると、さっさと翼を翻す。


 誘導弾によって巡洋艦、駆逐艦が次々に被弾する。水上艦では、高速飛来する誘導弾から逃げるのはほぼ不可能であり、運良く一発、二発を撃墜できても、さらなる追い打ちで吹き飛ばされていった。


 艦爆隊が道をこじ開ければ、九七式艦上攻撃機隊の番だ。大型誘導弾を抱えた艦攻隊は、これまた遠方から攻撃を開始。後座の誘導員に導かれた誘導弾は、戦艦や空母に吸い込まれていった。

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