第146話、提督たちの決断


 前衛艦隊は、三群とも壊滅と言ってよかった。

 ムンドゥス帝国太平洋艦隊司令長官、カスパーニュ大将は苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。


 司令塔内は、相当に重苦しい空気に包まれていた。

 日本海軍との決戦を控え、その物量に自信を抱いていた太平洋艦隊だったが、蓋を開ければ、戦いの前に戦力の半数が失われるという惨事に見舞われた。


 大型空母5隻、中型空母10隻を喪失。戦艦15隻中、10隻が沈没し、5隻はカスパーニュの本隊に合流したが、うち3隻は大破状態で、艦隊決戦に参加させるのは無理だった。

 結果、太平洋艦隊は、戦艦12、小型空母10、重巡洋艦11、軽巡洋艦12、駆逐艦29で、連合艦隊と戦わねばならなくなった。


 現状、日本艦隊がどれくらいの戦力で、マリアナ諸島を襲ったのか正確な情報はない。本土にいた主力の艦隊が動いたところまでは察知しているので、予想として、連合艦隊の主力の大半を動員したものだろうと思われる。


 そしてこの連合艦隊の主力に対して、はっきり言ってこの状況で、マリアナを守り切るのは、相打ち覚悟の損害を出さねばとても果たせないだろうという気配が濃厚となった。

 昨年末からの日本の大増強から考えても、戦艦12隻あれば勝てると、楽観する者は司令部には誰ひとりとしていなかったのである。


「我々は、このままマリアナへ駆けつけ、日本軍を撃滅する」


 カスパーニュは厳めしい顔のまま宣言した。


「理由は今さら言うまでもないが、マリアナ要塞を失うことは、我が帝国の進軍計画を大いに遅らせる。海軍として、太平洋艦隊として、必ず今回の任務は果たせなばならぬのだ。……でなければ、ここにいる全員の首が物理的に飛ぶことになる」


 ナターレ参謀長以下、参謀たちは無言である。

 ムンドゥス帝国皇帝陛下の大望を果たす、それが軍人としての務めであり、それを実行できないのであれば、死を以てお詫びするしかない。


「もはやなりふり構っていられない。通信参謀、トラック基地ならびに、トラック駐留艦隊に出撃命令を出せ。あと、陸軍のニューギニア方面軍に重爆撃機部隊による支援を要請しろ」

「よろしいのですか?」


 ナターレ参謀長は口を開いた。


「陸軍に頭を下げることになりますが……」

「マリアナを失って痛いのは陸軍だ。それに勝ってこその面子だ。守れずに終われば、そちらのほうが海軍の失態だ」


 カスパーニュは、ますます渋い顔になる。口ではそう言ってもやはり、プライドがあるのだろう。

 ナターレは、話を切り替えた。


「トラック駐留艦隊を動かしますと、パラオ方面から日本軍が襲来する恐れもありますが」

「いや、奴らの本命はマリアナだ。パラオの占領が終わる前に、トラックに攻め込むことはあるまい」


 カスパーニュは断言した。


「奴らもトラックから、我が軍が逆侵攻してくるのではと警戒しているはずだ。奴らはトラックにこない。……仮に来たとしても、マリアナにきた連合艦隊の主力さえ叩き潰した後、残った戦力で片付ければよい」


 優先すべきは、マリアナ諸島の死守。カスパーニュは決断した。

 太平洋艦隊は進撃を続ける。そしてトラック基地に航空支援と、待機していた駐留艦隊に出撃命令が発せられた。

 パラオに日本軍が上陸したことで、臨戦態勢にあったトラック駐留艦隊は、ただちに抜錨。北西に進路を向けた。


 その戦力、戦艦6、空母4、重巡洋艦7、巡洋艦8、駆逐艦21。失われた前衛艦隊一個群に相当するである。

 これらと合流、もしくは挟撃できれば、マリアナ諸島に攻撃を仕掛けた日本艦隊にまだまだ逆襲は可能だろう。


 また、トラック基地の飛行場から航空隊を出し、敵艦隊の所在を全力で突き止める。おそらく太平洋艦隊を待ちつつ、マリアナへの侵攻する陸軍のために、近海を遊弋しているはずだ。

 敵の所在さえ突き止めれば、陸軍の重爆撃機部隊が日本艦隊を襲撃する。敵空母の艦載機は、それらの対応をせねばならず、カスパーニュの主力艦隊への航空攻撃に全力を投入するのも難しくなるはずだ。


 勝てる。まだまだ勝機はある!



  ・  ・  ・



 その頃、異世界帝国太平洋艦隊主力を迎え撃つべく、連合艦隊第一、第二艦隊は、マリアナ諸島を離れて東進していた。


 前衛艦隊と、その強力な航空打撃群を撃破したことで、連合艦隊司令部の中には、勝ちを確信したような空気が流れた。

 だが事態は、一変する。


「第六艦隊より入電。敵トラック駐留艦隊が移動を開始。進路は、マリアナ諸島の模様!」


 連合艦隊司令部のある、旗艦『播磨』の司令塔で、山本五十六長官は口元を歪めた。


「動いたか」


日本海軍も、トラックに比較的規模の多い敵艦隊が駐留しているのは知っている。だから第六艦隊所属の潜水艦を複数配置して、その動きを見張っていた。


「パラオではなく、マリアナですか」


 宇垣纏参謀長は、海図に視線を落とした。


「第八艦隊の牽制を無視して、マリアナ防衛を優先させる――」

「敵太平洋艦隊司令部は、前衛艦隊を失って、弱気になっているのだ」


 山本は腕を組む。

 マリアナ防衛のために、トラック駐留艦隊が出てくる可能性は、作戦構想段階からあった。故に、その戦力を、トラックに貼り付けるため、第八艦隊によるパラオ攻撃を行ったわけだが……。


「敵の司令官は、我が艦隊と正面からぶつかることを不安に思ったのだろう」


 敵主力艦隊とトラック駐留艦隊が合流すれば、連合艦隊でもより警戒せねばならない規模に膨れ上がる。


「問題はあります」


 黒島先任参謀が海図を指し示した。


「すでに第一、第二艦隊はマリアナを離れ、敵主力艦隊に肉薄しつつあります。このままですと、トラック駐留艦隊がサイパン、グアムに到達。陸軍の上陸部隊と船団が危険に晒されます」


 今年新設された海上護衛隊から護衛艦を借りて、守っている上陸船団。戦艦と空母有するトラック駐留艦隊がくれば、とても太刀打ちできない。


「第二艦隊を、引き返させますか? 今ならギリギリ間に合うかと」

「……」


 山本は腕を組んだまま押し黙る。宇垣ら参謀たちは、じっと司令長官の言葉を待った。


「いや、第一、第二艦隊は、このまま敵主力艦隊を攻撃する。接近するトラック駐留艦隊には、第三艦隊の航空隊をぶつける」


 空母機動部隊なら、その艦載機の長い足で攻撃できる。状況によっては、敵主力艦隊との戦いにも航空隊を飛ばすこともできよう。

 かくて、命令は下った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る