第654話、ブル・ハルゼーの憂鬱
ウィリアム・ハルゼーと異世界帰還者たちが、サンディエゴに到着した時、英雄の凱旋とばかりの大歓迎を受けた。
戦死したと思われた英雄ハルゼーは、連れ去られた異世界で奮闘し、この世界に帰ってこれた。
異世界人と戦い続けた不屈の闘士。
それは苦しい戦いを続ける米軍と国民たちに、さらなる奮起と、決して屈することなく戦い続けることの重用さを説くこととなった。
ルーズベルト大統領はそうした。
不屈の象徴。ブルと呼ばれる猛将ハルゼーは、民を鼓舞するためのマスコットとなった。
もちろん、当のハルゼーは、本土で宣伝に使われるより、前線での戦いを求めた。米海軍はそれを歓迎した。
不屈のハルゼーが指揮をとれば負けない――根拠はないが、そうさせるだけの何かを感じたのだ。
だが米軍上層部や政府は、ハルゼーの前線勤務に反対だった。むしろ、異世界――赤の世界と、ムンドゥス帝国の実情などの情報を求めた。
日本が終戦の形を模索するのと同様、合衆国もまた、この戦争をいかに終わらせるか考えていたのである。
物が豊かで、資源もあるアメリカと言えど、現状は決して有利な戦況を維持しているとは言い難い。日本の戦力支援がなければ、裏庭の確保すらおぼつかず、あまつさえ資源なしの国である日本から、戦艦をレンドリースする提案を再び受ける始末である。
損傷艦の修理、新造艦艇の就役までの時間稼ぎのため、日本からのレンドリースを受け入れざるを得ないのが、今のアメリカ海軍の現状であった。
しかし、それは政府や軍上層部の都合だ。ハルゼーからすれば、気持ちはわかるがこちらにも都合がある、であった。
「オレにマスコットをやれって言うなら、それも吝かではないが、その代わり、異世界に囚われた地球人を助けにいくために艦隊を送ってくれ」
それがハルゼーが、この世界に戻ってきた理由。異世界に残り、助けを待つ人々を迎えにいくという約束。
世界最強のアメリカ軍が、異世界に殴り込み、同胞を救出する――ハルゼーは、戻ってくるまで本気でそう思っていたし、テレビやマスコミの取材でもそれを繰り返した。
異世界から『仲間』たちを救え!
それは、アメリカ人の正義感を一時的に盛り立てる効果はあった。しかし本土を巻き込む戦いがあったこともあり、アメリカ人の中には、異世界よりもまずこちらの世界を平和にするほうが先では、という声もかなり大きかったのである。
欧州で第二次世界大戦が始まった時、アメリカ人はそれを対岸の火事として見ていた。ルーズベルトもまたアメリカは欧州の戦争に加わらないと、民に約束した。アメリカ人は孤立主義を選んだのだ。
だが異世界帝国の攻撃が、アメリカにも及び戦争に巻き込まれた。彼らは圧倒的であり、多くの出血を強いられたアメリカ人たちは、戦わねばならないという気持ちの一方で、他国にかまっている場合かと、相変わらずの孤立主義も抱えていたのである。
政府も議会も、声をあげるがフリだけ。ハルゼーは、異世界への救出艦隊が編成されないことに苛立ちをおぼえた。
それを他の海軍士官たちの前でも公言するようになると、合衆国艦隊司令長官のアーネスト・キング大将は、連日ハルゼーに群がる報道陣をシャットアウトした。
口が悪かろうとも、それで他の士気が上がるなら黙認もするが、これ以上、ハルゼーが異世界に拘ると、逆に民が白ける――キングはそう考えた。
合衆国軍人が守るべきは、合衆国の民が第一ではないのか。官民一体となって困難な局面を乗り越えないといけないのに、足並みを乱すことはあってはならないのだ。
しかし、ハルゼーに言わせれば『クソ食らえ!』である。
約束は約束である。合衆国軍人の本分は理解はできるが、だからといって異世界で助けを待っている人々を見捨てない、そう決めて今日まで生きてきたのだ。見捨てた卑怯者で生きるなど、ハルゼーにはできなかった。
ハルゼーのアメリカ横断マスコットの旅は終わり、異世界について取り調べが行われた。すでに他の帰還者から情報を絞り出した後だったから、ハルゼーに対するそれは、他の証言との食い違いがないか、そして指揮官として見たものについての所感などが主であった。
はじめは大人しかったハルゼーも、次第に苛立ちを露わにするようになる。異世界のことを話すと、どうしても助けを求める同胞たちのことが過ってしまうのだ。尋問官に対して『オレに艦隊を寄越して、すぐに救出に行かせろ』と怒鳴ったのは、一度や二度ではなかった。
そして、聞き取り調査が終わり、解放されたハルゼーは、太平洋艦隊司令部のあるサンディエゴに戻ってきて、太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツ大将と面談した。
「君のポストについてだが――」
ニミッツが切り出すと、ハルゼーはそれを遮った。
「悪いが、オレは救出艦隊を率いる以外はごめんだぜ」
「……ふむ」
最初から予見していたのだろう。ニミッツは驚きもしなければ、怒りもしなかった。
「ビル、君も大まかに今の海軍の状況は聞いているだろう?」
「救出艦隊を編成する余裕はない、と言うのか? もう聞き飽きた」
「そうだろうな。……だが、一つ解決方法はあるかもしれない」
「というと?」
ハルゼーが目を見開けば、ニミッツは皮肉げな笑みを浮かべた。
「我らが共通の友人であるレイが、日本人の友人から聞いた話なんだがね」
レイ――レイモンド・スプルーアンス大将のことである。
「日本で、各国の
「義勇軍……?」
ハルゼーは一瞬言葉を失った。そして彼もまた皮肉な表情になる。
「まさか、オレにその艦隊を率いてこい、って言うんじゃないだろうな?」
「指揮官が誰になるかは決まっていないが、その志願兵の中の最上級階級者が、指揮をすることになるだろう。ブル・ハルゼー中将?」
「……」
「このままアメリカに留まっても、君の望みが叶うのがいつになるかわからない」
ニミッツは言い聞かせるように言った。
「君が助け出したいという人々が、それまで大丈夫であるなら問題はないが、そうは思えない。違うかね?」
手段を選んでいる余裕はあるか、とニミッツは問うた。ハルゼーは腕を組み、押し黙る。その様子を見て、ニミッツはため息をついた。
「君は、日本人に対して、よい印象を持っていないようだが――」
「そういうんじゃねえよ」
憮然とした調子でハルゼーは言った。ニミッツは、じっと猛将の次の言葉を待ったが、それより先に外が騒がしくなった。
「長官! 緊急事態です! 東海岸がっ、ホワイトハウスが――」
「何事かね?」
ニミッツがオフィスに入ってきた士官に問えば、その士官は青ざめた顔を向けた。
「異世界帝国のものと思われる巨大飛行物体が、ワシントンD.C.に襲来しました。ホワイトハウスが、敵の攻撃を受けて破壊されました!」
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