第653話、欧州偵察活動
マデイラ諸島沖で、T艦隊は、異世界帝国軍の輸送船団とその護衛を撃滅した。
好調な滑り出しを見せた大西洋遠征ではあるが、目下、転移中継ブイの投下と、敵情収集が行われている。
そして情報といえば、ブラジルはアマゾン川を登った途中にあるマナウスの件も、T艦隊司令部に届いていた。
「海上要塞、もしくは海上都市」
「偵察機が、そう報告してきた以上、おそらく元からマナウスにあったものではないのでしょう」
神明参謀長が言えば、栗田中将は南アメリカ大陸、アマゾン大森林地帯の地図を睨んだ。
「川を登った先に、敵は占領したマナウス以外にも拠点を築いていた」
「明らかに、何らかの重要施設でしょう」
田之上首席参謀は眉をひそめた。
「後方が弱いという異世界帝国からすると、こんな場所に都市や要塞を築くのは異常です。本当に異世界ゲート込みの施設かもしれません」
「だとすれば、我々が独断で決めていい問題ではないな」
栗田はきっぱりと告げた。
「内地に報告し、判断を仰ごう」
攻撃するのか、あるいは別に作戦を立てて対処するのか。連合艦隊なり軍令部なりが決めるだろう。
「継続的な偵察、観測が必要だと思います」
神明は発言した。
「施設の正体はわかっていませんし、転移ゲートの有無も現在確認されていません」
南米における敵の中心基地かもしれない。立地的に見て、転移ゲートの可能性は高くとも、まだ物証がない。
「調べるとしても、我が艦隊でできることは偵察機を送るくらいしかできんか」
栗田は頷いた。
T艦隊司令部は、空母戦隊の有馬少将に、追加の偵察機と継続的な監視を命じた。ただし、転移中継ブイを使って第三航空艦隊に任務を引き継いでもらうため、それが完了次第、本隊と合流せよと追加で命令した。
「内地では騒ぎになるかもしれないが、我々も任務を継続しよう」
はい――司令部の参謀たちは首肯した。
・ ・ ・
T艦隊は偵察活動を続ける。
大西洋から、イギリス本土。そしてグレートブリテン島を超えて、アイスランド、北海。フランス、ドイツなどに加えて、地中海、アフリカ大陸北部など広範囲に偵察機は飛んだ。
その間も、艦隊は手頃な規模の、敵哨戒部隊や船団を発見すると、襲撃しこれらを撃沈した。
大西洋を超えて地球軍が進出してきた――と、異世界帝国もまた警戒を強めるのはわかっている。T艦隊は襲撃を通じて、敵の反応を窺い、情報を内地に送った。
それは、本土奪回の機会を窺うイギリスはもちろん、欧州の敵地の情報を求める軍令部や海軍省などでも活用された。
その一方、連合艦隊司令部では、T艦隊による欧州偵察情報に接し、今後について話し合われていた。
「これも大西洋艦隊と言えるのか?」
連合艦隊司令長官、山本 五十六大将はヨーロッパ大陸の地図を睨んだ。草鹿 龍之介参謀長は地図の上を指揮棒で転々と移動させた。
「イギリス、スカパフローにあるのが現状、数の上ではもっとも多くあります。戦艦5、巡洋戦艦4、重巡洋艦5、軽巡洋艦6乃至7。駆逐艦13」
フランス、ブレスト港には戦艦3、巡洋艦3、水上機母艦他、小型艦。スペインにも重巡洋艦2、軽巡洋艦2他駆逐艦などが確認されている。
「北海に面するドイツでは、ポケット戦艦1隻と、重巡洋艦3、軽巡洋艦5の他、大型空母が2隻。地中海にも戦艦3、重巡洋艦3、軽巡洋艦2他を発見しております」
とはいえ――草鹿はそこで、背筋を伸ばした。
「一部例外はありますが、現在確認されているのは、異世界帝国が再生させた沈没艦艇ばかりであり、戦艦も旧式の弩級戦艦。重巡とカウントされていますが、大半は装甲巡洋艦でこちらもまた旧式です」
「つまり、数はあるが、実際の戦闘力は、数字より低く見てもよい、ということか」
現代の装備であれば、圧倒できるのはこちらである。事実、T艦隊は、スペイン海軍の再生艦隊を一方的に撃破した。
「そのT艦隊によれば、敵の弩級戦艦は、特に近代化改装が施されていなかったようです」
樋端航空参謀が淡々と言った。
「異世界人の後方戦力軽視主義を鑑みれば、欧州にある敵現地艦の性能は、ほぼ資料通りのままのものが大半でしょう」
「しかし、敵さんも、ここのところ正規の異世界艦の配備が進んでいない状態を考えると、現地再生艦にも、近代化を施している可能性もあるのではないか?」
山本は疑問を口にした。T艦隊が叩いた敵が、たまたま改装の更新がされていない旧式のままで、他の現地艦には、レーダーや光弾砲などが装備されているのではないか。
「可能性はあります」
樋端は首肯する。
「このまま時間を置けば、敵にそうした改装の時間を与えることになります。正規の増援がいつ来るかもわかりませんから、理想を言えば今、欧州奪回のために攻勢を仕掛けるべきであると思います」
その発言に、他の参謀たちは目を丸くした。草鹿は表情一つ変えずに言う。
「欧州奪回は、イギリスや欧州人らの宿願ではあるが、日本がどこまで関わるかは不透明である。そもそも、動けと言われてイギリスもアメリカも洋の向こう側へ攻勢をかけられないだろう」
イギリスは提供された艦艇を動かすための練度向上の真っ只中であり、アメリカも南アメリカ攻略を抱え、バックヤード作戦での損害の回復も追いついていない。
それを差し置いて、日本が欧州に手を出すのは筋違いであり、現状の偵察と、敵戦力の漸減以外は、過干渉とも言える。
「欧州については、現状の通り、T艦隊による偵察と、異世界帝国占領下の調査、ゲート捜索を続けるしかあるまい」
山本は、どこか不満げに唇を歪めた。
「問題があるとすれば、南米のアマゾン大森林地帯にある未知の要塞都市の存在と、インド洋に展開する赤――ルベルの艦隊だ」
アマゾン川の上流への途中にあるマナウスにある敵の拠点。そしてレユニオン島ゲートから出てきた異世界艦隊。
マダガスカル島に駐留する紫の艦隊と、赤の世界から来たルベル艦隊が共同すれば、それだけでかなりの戦力となる。
今は動いていないが、ひとたび攻勢に出たならば、これを叩かねばならない。
しかし連合艦隊の主力は、艦艇のオーバーホールと、再編後の練度向上を行っている最中であり、まだ全力発揮ができる状態とはいえない。
もちろん、全てではないが出せる戦力はあるので、インド洋の第七艦隊の支援や、あるいは――
「敵が動く前に、マダガスカル島に大攻勢をかけることも考えてもいいかもしれない」
山本はポツリとそう言った。
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