第650話、サンタレン空襲


 T艦隊は動き出した。

『翔竜』は、鉄島防衛隊配備の水雷艇『山鳥』『水鳥』の護衛のもと、ブラジル近海へ転移した。


 なおこの水雷艇は、第一次世界大戦前にドイツ帝国海軍所属で、青島で自沈したイルティス型砲艦4隻のうち2隻、『イルティス』『ヤグアル』を再生、改造したものである。

 T艦隊主力は、大西洋を超えて、ヨーロッパ方面へと向かう。


 レユニオン島沖海戦で軽微とはいえ損傷した航空戦艦『八雲』、重巡『愛鷹』は、今回は鉄島にて留守番である。一方で、愛鷹型の三番艦である『紫尾』がT艦隊に加わり、ヨーロッパ遠征に同行する。


 特設補給艦『千早』『辺戸』『波戸』から、索敵機が発進。転移中継ブイの投下、設置と共に、異世界帝国艦艇を捜索、通商破壊戦を仕掛けるのである。


「しかし、戦艦で通商破壊とはな」


 旗艦である航空戦艦『浅間』の艦橋で、栗田中将が不思議なものだという表情をすれば、神明参謀長は告げた。


「異世界帝国が介入する前、ドイツ海軍が『ビスマルク』や『シャルンホルスト』と言った戦艦を使って通商破壊をやっていたと聞きます」


 戦艦や巡洋艦のみで、護衛戦力は特になしで。


「戦艦が単独行動とか、潜水艦や空母に見つかったら、とか考えないものだろうか?」

「当時の大西洋でまともな空母を持っていたのはイギリスだけでした。その艦載機も複葉のソードフィッシュが主力だとか」


 単葉機もあったが、ろくな性能でなかったと聞く。栗田は、鼻をならした。


「つまりは、大艦巨砲主義者たちが、航空機に戦艦は沈められないと豪語していた頃のものしかなかった、ということか」

「ですが、『ビスマルク』の足をやったのは、その時代遅れの複葉機だったそうです」


 油断は禁物ということだ。『ビスマルク』は航空機の支援範囲の外だったから、低速複葉機でも自由に飛び回ることができた。制空権は大事である。


「今、我々も主力となる空母はいない。そして相手は、異世界帝国だ」


 1940年初頭のイギリス海軍とは比べものにならないほど、敵の航空機は強力である。


「こちらは、待機している三航艦の航空機や、本艦が搭載する紫電改二で何とかするしかありませんね」


 航空戦艦である『浅間』には、後部甲板に戦闘機を積んでいる。少数の敵ならば迎撃できるし、爆装をしての戦闘爆撃機としての運用も可能だ。


「いざとなれば、潜水するなり、転移で退避できますからね」

「それな。それがこの作戦がまだまともであるという証明でもある」


 栗田が言ったところで、白城情報参謀が急ぎの様子でやってきた。藤島航空参謀が顔を綻ばせる。


「おっ、敵発見の報告か?」

「発見は発見ですが、こちらじゃないです」


 白城はそう言い残して、栗田のもとへ来た。


「『翔竜』から通信です。アマゾン熱帯雨林へ出した偵察機が、港湾都市サンタレンの港にて、敵潜水艦複数を含む艦隊を発見。敵潜水艦は新型の模様です」

「カリブ海から逃げてきた艦隊か?」

「その可能性はあります。ただ敵旗艦を含む主力は、まだサンタレンに到着していませんので、先行して退避していた潜水艦の可能性もあります」

「それで、有馬少将は?」

「はい。敵潜水艦隊の補給拠点とみて、第一次攻撃隊をサンタレンに送るとのことです」


 事前に言っていた通り、有馬少将は攻撃隊を出すようだ。栗田は苦笑した。


「まあ、ゲートがないなら構わんか」


 まだ本隊は辿り着いていないとはいえ、サンタレンは必ず通過するわけで、到着したところを、第二次攻撃隊で襲撃し、撃滅する腹であろう。


 何故、敵潜水艦隊がアマゾン川を登るかはわからないままだが、熱帯雨林地帯の偵察で、何かわかれば御の字である。

 ただの補給拠点なら、アマゾン川河口のベレンを基地化すれば済むわけだから、何かがアマゾン奥地にあるのだと神明は睨んでいる。


 ・ ・ ・


 空母『翔竜』は、搭載してきた暴風戦闘爆撃機隊を、ただちに発艦させた。そして待機している『雲龍』『雷鷹』の攻撃隊も、転移中継装置で呼び寄せる。


 ブラジル北部、パラー州にあるサンタレンは、アマゾン川に面する港湾都市である。タパジョース川とアマゾン川が合流する場所にあり、濃い青のタパジョースの水とアンデスの土砂を含んだ茶色のアマゾンの水が混ざることなく流れる様は、自然の不思議を形づくっている。


 なお、サンタレンは、ポルトガルにあるサンタレン街から名をとってつけられた。ややこしい話だが、町の始まりがポルトガルからの移民であることを考えれば、ある種の理解はできる。

 しかし、今ここを支配するのはムンドゥス帝国であり、港湾都市は、軍港へと作り替えられていた。


 新型のTR級潜水艦のほか、巡洋艦や駆逐艦、輸送艦などが停泊、あるいは航行しており、その活動は活発そのものだった。

 アマゾンの大自然の中にある都市の上空に、彩雲改二の転移爆撃装置の誘導で、暴風戦爆が次々に姿を現す。

 それはまるで輸送機から飛び降りる落下傘兵のように1機ずつ姿を現した。先頭の機体から、眼下の都市サンタレンを確認すると緩降下を開始した。

 2000馬力エンジンを唸らせて、逆ガル翼の戦闘爆撃機がダイブする。


 サンタレンに空襲警報が響き渡るが、すでに手遅れだった。撃ち込まれたロケット弾が、停泊中の潜水艦や巡洋艦、輸送艦に命中、そして爆発する。

 翔竜暴風隊が、一陣の風となって港を爆撃している頃、第二陣として雲龍暴風隊が到着する。翔竜隊が手つかずの港湾施設への爆撃を開始する頃には、雷鷹暴風隊も到着。こちらは水上の艦艇へ攻撃を行う。


 異世界帝国側は、この空襲をまったく予期できなかった。有効な対策もないまま、先手を取られ、被害は拡大していく。

 クレーンや燃料タンク、魚雷倉庫が吹き飛ばされ、為す術がなかった。


 サンタレンへの攻撃は成功だった。これで、アマゾン川を登ってきた敵潜水艦隊は、サンタレンでは補給ができない。


 攻撃成功は、空母『翔竜』にも届けられる。有馬少将は、攻撃隊の成果に満足したが、新たな報告が飛び込む。


「司令、マナウスへ飛んだ彩雲から緊急電です。マナウスは軍港化している上に、その近くに洋上都市、もしくは要塞と思われる巨大構造物を発見したとのこと」

「!」


 思いがけないものがそこにあった。マナウスが異世界帝国に占領されていることは、想定されていた。特にアマゾン川を潜水艦隊が登っていると聞いて、ほぼ確定だろうと思われた。

 だが、偵察機がマナウスで発見したものは、その想定以上と思われる代物だった。

 有馬は真顔になる。


「これは、ひょっとしたら……そうなのか?」


 異世界へ繋がるゲートが存在している構造物ではないか。有馬はそう予感するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る