復活の艦隊

柊遊馬

第1話、プロローグ、ドイツ大洋艦隊、自沈す


 1918年11月11日に結ばれた休戦協定により、第一次世界大戦は一応の終わりを迎えた。

 敗戦となり、残存するドイツ大洋艦隊は、処分が決定するまで本国を離れて、イギリスはスコットランドの海軍拠点、スカパフローにて拘留された。


 そして翌年6月21日、ヴェルサイユ条約の調印日。イギリス海軍はドイツ艦隊の接収動き、拘留艦隊を預かるルートヴィヒ・フォン・ロイター少将はかねてから準備を進めていた艦隊の自沈を行った。


 慌てるイギリス海軍だがほぼ手遅れであった。



  ・  ・  ・



「上はかなり騒がしいな……」


 スカパフロー、カヴァ島近くの海に潜むものがあった。


 それは潜水艦である。

 マ-1号潜水艦――当時としては破格の大きさを持つ潜水艦だが、その形は異様だ。

 何故なら、その船体は水上艦の面影を強く残していたからだ。


 それもそのはず、潜水艦に改造される前、この船はかつて防護巡洋艦だった。その名を『畝傍うねび』という……。

 三十代後半の海軍軍人――マ-1号潜の潜水艦長、武本 権三郎中佐は振り返った。


神明しんめい少尉、これがアレかね?」

「はい。イギリスさんが、ドイツ艦隊の自沈を食い止めようと右往左往しているのでしょう」


 二十代そこそこの、細身の青年士官は頷いた。目つきの鋭い男である。若いが、どこか歳不相応な落ち着きを持っている。……そして、彼は魔法使いなのだという。


「世界大戦は終わった。今回の戦争、我ら日本は連合国として参戦したが――」


 武本は口もとをピクリとさせた。


「友軍とはいえ、人様の庭に潜んでおるのだ。見つかれば、ただでは済まんな」

「これまで見つからなかったのです」


 神明は事実を告げるように淡々としている。


「上で慌てふためいているイギリスさんは、海中にいる我々には気づきもしませんよ」


 それどころではない、というのが本当のところであろう。目の前で、確保しようとしたドイツの戦艦、巡洋艦、駆逐艦が次々に沈んでいるのだ。


「日本に帰るまで、そう願いたいね」


 武本中佐は皮肉げに返した。


「実際、コイツは大したフネだと思うよ。世界を見渡しても、ここまで巨大で性能のいい潜水艦は、存在しない」

「恐るべきは、異世界技術というところでしょうか」


 神明もまた皮肉な調子になった。若さ特有の傲慢さが少しばかり滲み出る。


「防護巡洋艦を、潜水可能な艦にしてしまえる技術……。我々の世界のものとは、一線を画する」

「……」


 1886年12月3日、シンガポール出港後に消息不明になった『畝傍』は、再びこの世に現れた時、未知の技術がふんだんに盛り込まれたものに作り替えられていた。

 当時の日本海軍は、これを秘密裏に回収し、技術の解析を試みた。それと同時に発覚したのは、異世界と呼ばれる別世界の存在。


「問題は、その異世界人が我々に好意的とは限らないこと……」


 畝傍を改造した異世界人は、他の世界に対して侵略を考えているのではないか? 失踪した防護巡洋艦の乗組員は一人残らず蒸発していたことも、その懸念を大きくした。


「遠い未来か、はたまた近い未来か……。我々は、異世界人が敵対的だった場合に備えなくてはなりません」

「未来に備える、か」


 武本は軍帽を被り直す。


「まだ見ぬ異世界人が、好意的であることを願うばかりだ」

「そうでなかった場合のために、我々は行動しているのです」


 潜伏するマ-1号潜。その間にもスカパフローの自沈は進み、結果としてドイツ艦隊は、戦艦、巡洋戦艦16隻のうち15隻、巡洋艦8隻中5隻、駆逐艦、大型水雷艇50隻中32隻が、海に没した。

 武本は、測定した下士官と神明を見やる。


「――全部で何隻だ?」

「スカパフローに拘留されていたドイツ艦隊は、計74隻が――」

「沈んだのは60隻です」


 神明は遮るように言った。


「60か……」


 武本は無意識に顎を撫でた。


「戦艦と巡洋戦艦で15か」


 イギリスに次ぐ大艦隊を誇っていたドイツ。そのドイツの大洋艦隊が自沈したのだ。


「国が敗れ、生き残っていた主力艦がこうして沈む。やるせんなぁ……」

「戦争に敗れるということは、そういうことです」


 どこまでも平坦な調子の神明である。この男は醒めているな、と武本は思う。

 改めて、書き起こされたリストに目を落とす。



・バイエルン級戦艦:『バイエルン』

・ケーニヒ級戦艦:『ケーニヒ』『グローサー・クルフュルスト』『クローンプリンツ・ヴィルヘルム』『マルクグラーフ』

・カイザー級戦艦:『カイザー』『フリードリヒ・デア・グローセ』『カイゼリン』『プリンツレゲント・ルイトポルト』『ケーニヒ・アルベルト』

・デアフリンガー級巡洋戦艦:『デアフリンガー』『ヒンデンブルク』

・モルトケ級巡洋戦艦:『モルトケ』

・巡洋戦艦:『ザイドリッツ』『フォン・デア・タン』



 これらの弩級戦艦と巡洋戦艦群。30.5センチ砲や28センチ砲を主砲に持ち、バイエルン級に至っては、まだイギリスしか持っていない38センチ砲搭載戦艦である。

 フランスやイタリアならずとも、これらを分配してでも手に入れたいと思うのも無理もない話だ。……そしてイギリスがこれらを他の国に渡したくないと考えるのも。


 もし、これらが日本に編入されたら……と思い描くと、何とも胸が躍るではないか!


「まあ、現実には、大洋艦隊がここで自沈したこともあり、戦勝国へ分割される賠償艦は微々たるものですが」


 神明が水を差す。せいぜい旧式戦艦の1、2隻でしょうか、と真顔で言った。


「ですが、ここで沈んだ艦は、我々の総取りです。沈没した艦艇は、イギリスの手にも余る」

「うむ……」


 そういう話で、武本以下、マ-1号潜水艦は、スカパフローの海に潜んでいた。友邦にも知られず、あまつさえ日本本土ですら、このことを知っている人間はほとんどいない。


「しかし、いくらマ号潜が潜水艦としては巨艦としても、60隻もの大艦隊を回収できるのかね?」

「半信半疑……いや、信じられないのもわかります」


 引き上げ用の設備もなければ、2万トン超えの大型艦を誰にも気づかれずに置いておく場所もない。そもそも、イギリスの船が往来している中で、引き上げなど不可能である。……通常なら。


「ご心配なく。当方には、『魔法』がありますから」


 そこで初めて、神明は小さく笑みを浮かべた。


「60隻のドイツ艦を、見事スカパフローの海から消して御覧に入れましょう」


 それが未来のための準備であり、引いてはこの世界を守る力となるのだ。やがて来る異世界人が牙を剥いた時に備えて。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

前々から書きたかった架空戦記となります。

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