第600話、敵潜水艦隊の出方
「バミューダの前哨基地がやられただと!?」
ムンドゥス帝国潜水艦隊司令長官、ズィーア・ピスティス大将は顔をしかめた。
カリブ海とアメリカ東海岸の海上交通路の破壊と、その戦力を撃滅を目指した潜水艦の集中運用。
その前線補給拠点として、バミューダ島に秘密裏に作られた海上基地だったが、日本海軍の航空隊による襲撃を受けて壊滅してしまった。
「遮蔽で見つからないはずだ……。どこかに漏れがあったか?」
しかしこれまで米本土からの偵察機が、毎日バミューダ諸島に飛来していたが、見つけられることはなかった。何かの事故で、遮蔽の一部が効かなくなり、それで発見されたか……?
「もしかしたら、潜水艦がつけられたかもしれませんな」
コミス参謀長が発言した。
「我々、潜水艦隊の作戦展開から、近場に拠点があると推測し、追跡していたのかも」
「襲ってきたのは日本軍という話だったな」
ピスティスは顎に手を当て、思考する。
「やはり一筋縄ではいかん相手か」
グレナディーン諸島沖でカリブ海の日本艦隊と、鹵獲艦中心の潜水艦隊が交戦。敵戦艦数隻に被害を与えたものの150隻近くが撃沈され、後退を強いられた。
その消耗した日本艦隊を襲撃すべく、グレナダ沖から北上したピスティスの新鋭潜水艦隊だったが、敵艦隊を捕捉できなかった。日本艦隊も、さっさと母港へ引き返してしまったらしい。
そしてそうこうしているうちに、バミューダ島の遮蔽前哨基地が叩かれてしまったのである。
「長官、補給拠点を失った以上、我々は補給にブラジル東部まで下がる必要があります。アゾレス諸島やカーボベルデとなりますと、ヨーロッパに一旦引くという形になりますが……」
「我々は、南米で戦う同胞のため、敵の後背を脅かし続ける必要がある」
ピスティスは断固とした口調で告げた。
「多少距離があるとはいえ、往復できないものではない。交通路襲撃は続けるが、狩り場はカリブ海に限定する必要があるだろう」
一度に投入できる数は減るが、切れ目なく展開して、交通路遮断を行うべきである。
「そうなると、やはり日本艦隊が邪魔だな」
「彼らの対潜能力は非常に高いものがあります」
コミスは緊張の面持ちで告げる。
「すでに全体の3分の1を、日本軍にやられております。少数でかかれば、おそらく返り討ちでしょう」
「やはり、一度叩く必要があるだろうな」
ピスティスは、北米から南米と大西洋の地図を眺める。
「潜水艦隊用の前線補給拠点を、カリブ海に近い場所に新たに設営してもらおう。バミューダの代わりがないことには、作戦のテンポも落ちる。それはよろしくない」
潜水艦隊司令部は、魚雷の補充が必要な艦を先に後退させ、戦闘可能な潜水艦は通商破壊隊か、ピスティスの主力艦隊に合流させることとした。
そしてその主力潜水艦隊は、カリブ海に幅を利かす日本艦隊を襲撃すべく動くのであった。
が、その道中、グレナダ沖とグレナディーン諸島に潜ませていた潜水艦部隊が、ごっそりやられていることに気づくことになる。
日本軍の回収隊を待ち伏せていたはずの部隊が、逆にやられてしまっていたのだった。
・ ・ ・
グレナダ沖とグレナディーン諸島での待ち伏せ潜水艦部隊を撃破し、その沈没艦をしっかり回収した『白鯨』とマ-1号潜水艦は、転移によって内地に帰還した。
回収した潜水艦は伊号、呂号は再生処理と改装が加えられる。鹵獲した分は、流用可能なものは、新たな呂号潜水艦として復活することになる。
だが、それよりも重要だったのは、敵の新型潜水艦――TR級の残骸に残っている武装や装備の解析である。
神明は、魔技研の調査班に敵新兵器を調べる手配をすると、まずは軍令部に報告へ言った。
今回の作戦で用いた2隻は、軍令部所属であり、連合艦隊立案の作戦ではなかったためだ。それに転移ゲート輸送部隊としての報告もせねばならなかった。
軍令部に行けば、何とも忙しそうであった。だがそれらを尻目に、神明は、軍令部総長、永野元帥の執務室に通され、直接報告することになった。
場には永野総長と、伊藤 整一軍令部次長がいた。
「まずは、ご苦労でした。輸送ゲートは無事、アメリカに渡った」
永野が苦労を労えば、伊藤次長は口を開いた。
「ノーフォーク海軍基地にいる輸送部隊は、大西洋のゲートを使って、太平洋ゲートに移動、そこから帰国となるそうだ」
「体よく実験されている気もするがね」
永野は皮肉げに言った。転移ゲート同士で、きちんと移動できるのか。その第一号を日本人にやらせてみる、という下心。
「まあ、我々としてはゲートについて問題がないのは確認済みであるから、どうということはないのだがね」
そう笑った後、永野は話題を変えた。
「ノーフォークではどうだったかね? 何でも、大西洋艦隊司令長官と会談をしたそうじゃないか」
予想はしていた神明は、話した内容について報告する。やはり転移技術を始め、日本が使用する技術に、米国は関心を持っているという話。そして――
「アメリカも、異世界帝国の技術を回収し、自分たちでも利用しています。マ式機関を使用していると思われる駆逐艦を目撃しました」
「やはりか」
永野は唇をひん曲げた。
「やはり、とは?」
「伊藤君がね、アメリカ海軍との打ち合わせの場で、それとなくほのめかされたんだ」
伊藤次長は首肯した。カリブ海での作戦行動やゲート輸送や件で、アメリカ海軍と調整をしていた伊藤である。その場で、ゲートと引き換えにできそうな技術について、探りを入れられたらしい。
「すでにこちらが持っているというなら、技術交換する意味もないからね。ネタばらしにならない程度に、それとなく探ってきたそうだ」
永野は愉快そうに肩をゆすった。
「だが、アメリカさんがマ式機関を持っているというなら、艦艇のレンドリースの件も、割とスムーズに行くかもしれないね」
「わざわざ、機関を入れ換える必要もありませんからね。もっとも魔核や一部装備は、やはり取り外しておかねばなりませんが」
伊藤は捕捉した。神明は質問する。
「レンドリースの候補は決まりそうですか?」
「君の話を聞いて、おそらく貸与する戦艦については決まりだろうね」
何でも、艦艇のレンドリースについて、敵オリクト級の再生艦を宛がう予定だったが、日本が今使っている、改長門型の41センチ改8門艦より、強力な艦艇を出すことに難色を示す一派があるそうだ。
改長門型というと、コロラド級だったり、他国艦艇のサルベージ艦を改修したものであり、こちらはこちらでマ式機関だったり自動化だったりと手がかなり入っているから、レンドリースで出すならば、相応の撤去、交換作業があると、これまた厳しいという声もあった。
「装備や自動化をある程度外す必要はあるが、機関の工事はほぼ必要ないなら、改長門型を放出してしまってもよいだろう。どの道、異世界人の甲型戦艦もある程度改修、再生しないと使えないわけだから」
改長門型と言われる戦艦となると、クイーン・エリザベス級改装の『攝津』『河内』、コロラド級(軍縮条約で破棄された幻の3番艦)『安芸』、『肥前』『飛騨』、テネシー級『相模』『周防』、ペンシルベニア級『甲斐』『越後』、旧戦艦の薩摩型2隻を合成した『薩摩』、ビスマルク級の『隠岐』がある。
後ろ2隻については少々意見が分かれるところはあるが、残る9隻は、元々が米英の戦艦なので、返すというわけではないが手放しても反発は少ない。
「イギリスには、キング・ジョージⅤ世級の改装艦を譲渡する話になっているが、『摂津』『河内』辺りを出し、残るアメリカ戦艦改装の7隻はアメリカに返してもよい」
バックヤード作戦で、アメリカは大西洋艦隊の戦艦をことごとくドック入りさせられた。修理に時間がかかることを思えば、場つなぎであっても戦艦は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
細かな艦艇については、軍令部と連合艦隊、海軍省で詰めていくことになる、と永野は言った。
「話が逸れたな。当面の問題は、やはりカリブ海と、敵の新型兵器だ」
永野は従兵を呼び、大西洋の地図を持ってこさせた。
「敵潜水艦隊の前線拠点は、古賀君の艦隊が破壊した。敵の戦力も相応削っていると聞く。敵の攻撃の手も緩むとよいが……」
「通商破壊は続くものと思われます」
神明は答えた。
「なにぶん、投入された数も多いですから。例の新兵器と組み合わせれば、こちらの船団護衛も被害が予想されます」
「その新兵器だが……何かわかったかね?」
「鹵獲した新型潜水艦から回収した新型魚雷と特殊兵器は魔技研で調査中です。前者は防御障壁を展開すれば事足りますが、後者は現状では何とも……」
ちら、とその外観を見た神明だったが、正直、今でもよくわからなかった。何せそれは魚雷のようであり、蛇のようでもあった異様な物体だったからだ。
「今できる対策は、新型魚雷に対する防御障壁だけか」
永野が腕を組むと、伊藤が頷いた。
「連合艦隊は、この新型兵器に対する対策を取るため、第六艦隊をカリブ海から引き上げることを決めた。現状、潜水艦が前線に出るのは、餌食になるだけだ」
妥当な判断である。防御障壁がない潜水艦は、敵が単艦であって先手を取れれば勝てるが、敵に先に見つかる、あるいは複数と遭遇して一度狙われてしまえば、回避しようがない。
「しかし、現状、潜水艦は敵潜水艦狩りに有効な戦力であり、第六艦隊を後退することはカリブ海の通商保護に必要な戦力の低下を意味する。もちろん増援を送ることにはなるが、前線を見てきた神明君は、どう思うか?」
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