第599話、白鯨から見たマ-1号潜


 大鯨型潜水回収母艦『白鯨』は、グレナダ沖で沈んだ艦艇の回収作業を行っていた。

 第五回収隊の旗艦であるが、今の護衛は呂号自動潜水艦ではなく、魔技研のマ号潜水艦1隻のみ。


「頼もしいんだか、不安なんだか」


 白鯨艦長の本生もとい 浩三大佐は、回収作業をよそに戦闘を繰り広げているマ-1号潜の動向にも注意を払う。


 異世界帝国が新兵器を装備したということで、武器の正体がわかるまで、防御障壁なしの艦艇を前線に出るのは控えられた。

 本来なら、丁型こと潜回型の『伊369』『伊370』が、白鯨と回収作業をやり、第六十八潜水隊の6隻の呂号が護衛についているはずだった。


「3隻でやるのを1隻でやれば、時間もかかるわな」


 本生は、監視役の水測士の一人のもとへ歩み寄った。


「どうだ、マ-1号潜の方は?」

「戦闘は継続中のようです。時々、敵の探信が放たれていますが、位置の特定が出来ていないようです」

「探信に引っかからない。さすがの吸音膜と言ったところか」


 水中探信儀――放たれた音波の反射で、存在を探るアクティブ・ソナー。

 しかしこの音波パルスを反射せず吸収するのが、新装備の吸音膜である。船体表面で音波を吸い取るから、反射が返ってこず、位置が特定できなくなるのだ。

 なおこの吸音膜は、日本ではマ-1号と、この『白鯨』にしかまだ備えられていない新装備であった。


「聴音の方はどうだ?」


 本生は、聴音士へ問う。

 アクティブが駄目ならパッシブで。周囲の発する音を聞き取り、分析、位置などを調べるパッシブ・ソナーではどうなのか?


「魚雷の航走音がよく聞こえます。あと敵潜のスクリュー音も聞こえますが……駄目ですね。マ号潜の音は聞き取れません」

「その聞こえる敵潜の音、本当に敵か?」

「は?」


 聴音士が振り返る。本生はニヤリとした。


「マ式可変スクリュー。マ-1号潜は、スクリューの形を変えることで移動時の音を別の潜水艦に擬態させているのだ」


 音で判断するしかない水中。発した音が返ってこない、そして出している音が別の音――目で見えない分、マ-1号潜水艦は相手にするには非常に性質たちの悪いフネである。

 これで見える・・・とすれば、マ式ソナーで形状を把握するくらいしか手はないであろう。


「まさに海の忍者だ」


 遠方でくぐもった爆発音がする。また1隻、異世界帝国の潜水艦が血祭りに上げられたのだ。


「今ので何隻目だ?」

「14隻目です。艦長、マ-1号潜は何本、魚雷を持っているかご存じですか?」

「聞いた話では、今回は最大55本は使えると聞いた」

「えっ? そんなにたくさん?」


 水測士たちが目を剥く。マ-1号のサイズでは異常とも取れる魚雷装備数だ。大型の伊号潜水艦でも十数から二十本程度であるから、どういう容量ならそれだけの魚雷を持ち込めるのか疑問である。


「素の搭載数は20本。だが転移武器庫で魚雷を持ってくることができるのだそうだ。だから予備の武器庫にある分、魚雷が使えるという寸法さ」

「新装備の塊ですね……」

「そういうことだ。これが以後の新型潜水艦にも、どんどん採用されていくことになる」


 恐るべきは魔技研の技術。『白鯨』にも部分部分で使われている技術はあるが、それが当たり前となるのも、そう遠くない。


「まあ、今すぐ全潜水艦に欲しいのは水中仕様の防御障壁発生機だがな」


 そもそも、潜水艦で防御障壁を装備している艦は少ない。なにぶん、敵が水中の潜水艦を攻撃できる装備をほとんど持っていなかったからだ。

 今でこそ、潜水艦にも使える誘導魚雷を敵が使うようになってきていて、防御障壁を潜水艦にも装備できるように進めてはいる。


 が、敵がこちらを発見するより早く位置を掴み、先制攻撃で沈めている日本海軍潜水艦部隊であるから、障壁は必要ないのでは、と声は現場にもあった。

 しかし、敵もまた水中で新兵器を投入してきたようで、防御障壁の有無が生死を分ける状況になってきた。


「だが、障壁を装備していても、それを貫通する魚雷を同時に使われてはな……。せっかく防御装備がついても意味がなくなってしまう」


 本生は渋面になる。

 一つだけでなく、同時に二つも新兵器を出されては、日本海軍としても対応に困るというものだ。

 防御障壁持ちの潜水型水上艦艇は、いまだ正体不明の水中高速攻撃を防げても、障壁貫通魚雷でやられる。障壁なしでは、高速攻撃でやられる。……どうしろというのか。


「まあ、魔技研さんは、すでに対応できると言ってはいるが」

「そうなんですか?」

「誘導魚雷の方は、その誘導方式にもよるらしいが、今のところは音響追尾式。音で探っているなら、それを惑わす囮で回避できるという話だ」

「なるほど……」

「それとは別に、マ-1号潜は――」


 本生が言いかけた時、聴音士がヘッドホンに手を当てた。


「水中衝撃音……爆発とは違うようですが。あ、魚雷の爆発音――」

「マ-1号潜が装備する衝撃波発生機のそれかもしれん」


 事前に仕入れたマ-1号潜の装備に、それがある。


「文字通り、水中で衝撃波を発生させる防御装備で、向かってくる魚雷に衝撃波をぶち当て、信管を作動させて爆発させる代物だ」


 音響追尾に対するデコイ以外の、防御対策である。ものは違うが、一式障壁弾で壁をつくるように、水の中でも同じことをやったわけである。


「しかし、敵もやるものだ」


 本生は相好を崩す。


「マ-1号潜をほとんど捕捉できていなかったはずだが、衝撃波発生機を使わせたということは、誘導魚雷で捉えていたということだからな」


 いや、『白鯨』より、近い場所にいる分、敵潜でもかろうじて捕捉できたというだけかもしれない。


 こうしてマ-1号潜が、単騎で獅子奮迅の活躍をしている頃、『白鯨』もまた、単艦で沈没艦の回収作業をせっせとこなしていた。

 2万5100トンの巨艦である白鯨であるが、回収に関しては異空間収納庫と、その回収装備によって、いくらでも拾い集めることが可能だ。


 第十一、第十四潜水戦隊の伊号、呂号潜水艦の残骸を大方回収し、撃沈した敵潜水艦――新型であるスマートな潜水艦の船体も確保。

 目的を達した『白鯨』は撤退――することなく、そのまま近場であった古賀艦隊と200隻近い敵潜水艦の戦いがあった海域へと移動。マ-1号潜が、潜伏する敵潜水艦を撃沈する中、異世界人に回収される前に沈没艦を目につく限り、サルベージしていった。

 マ式ソナー、様々である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る