第601話、カリブ海の安定のために


「敵潜水艦隊の目的は、米本土から南米への通商破壊です」


 神明は、永野軍令部総長、伊藤 整一軍令部次長に自説を語った。


「前線補給拠点は失いましたが、南米の拠点との往復は可能です。異世界帝国軍は、南米防衛のために、なおアメリカの中庭での攻撃を続けるでしょう」


 ただ――


「補給線が伸びたことで、彼らの攻撃の規模が落ちるものと思われます」


 ローテーションの感覚に変化が出るだろう。前線と基地への移動にかかる時間が増える分、個々の前線にいられる時間が変化する。そうなれば、切れ目なく潜水艦を展開させるために数を調整する必要が出てくる。


「そして、前線に展開できる数が減る以上、いまある戦力で、カリブ海に展開する米軍ならびに日本艦隊を片付けておきたいと考えるでしょう」


 潜水艦の数が減るというのは、それだけ対潜部隊に掃討される可能性が増える。対潜誘導兵器を使う日米軍の前では、単艦もしくは少数の行動は危険が高くなる。

 その護衛戦力を痛打し、カリブ海での日米対潜部隊の活動を弱らせれば、通商破壊もやりやすくなる。


「確かに」


 伊藤次長は思案する。


「今、カリブ海周りにどれほどの敵潜水艦がいるかはわからないが、まだ100や200がいるとして、基地に戻る前に、一塊となって対潜部隊狩りをしてから帰還する、というのは利にかなっている。ここで対潜部隊を叩いておけば、以後の通商破壊もやりやすくなるからだ」

「神明君」


 永野総長は、例の試すような笑みを浮かべた。


「君なら、この状況をどうする?」

「そうですね……」


 神明の視線が、地図上のカリブ海に向く。


「敵は、現時点でもっとも有力な古賀大将の艦隊を狙うと思われます。すでに一度グレナディーン諸島で大潜水艦隊で挑み、多くの潜水艦を失っています。故に、多数の潜水艦を投入できるうちに使って、今度こそ撃滅しようとするでしょう」


 神明は、おもむろにカリブ海を指さした。


「敵が艦隊に釣られたところを、逆に待ち伏せて叩く」


 手順はこうだ。転移中継装置を装備する艦をカリブ海に配置し、敵が古賀艦隊を襲撃してきたところを転移離脱する。

 攻撃目標を見失った敵大艦隊に対して、待ち伏せしていた潜水艦や対潜装備の航空隊で奇襲攻撃を仕掛ける。


「敵が多数であれば、当然、一撃で全滅とはいきません。敵は当然、反撃しようとするでしょう。その前に、潜水艦隊は、転移中継装置で離脱します」


 防御障壁はないが、日本軍の潜水艦は緊急時に備えて転移離脱装置を装備している。つまり――


「一撃離脱に徹するわけだな」


 伊藤の言葉に、神明は頷いた。


「そういうことです。待ち伏せで一撃当てるだけなら、防御障壁も新兵器も関係ありません」


 一撃離脱で奇襲部隊を引き上げさせた後、敵潜水艦隊はまたも攻撃目標を見失い、周囲を探索するか、退避を行うだろう。

 敵艦隊の動向を監視、追尾しつつ、折をみて、転移退避した潜水艦部隊や、対潜部隊による奇襲攻撃を敢行。敵が反撃の動きを見せれば転移で逃げる。これを繰り返し、敵の漸減ぜんげんを図る。


「ある程度数を減らしたならば、彼らも一度撤退を選択するでしょう。その帰りは、おそらく南米寄り、小アンティル諸島のいずれかを通るでしょうから、そこでも伏撃を仕掛けて戦果拡大を図ります……」


 それで全滅させれば理想だが、おそらくそこまで上手くはいかないだろう。だが敵は這々の体で退散するしかなくなる。ひとまず、現在カリブ海とその近海にいる敵は大潜水艦隊を組むことはできなくなろうだろう。


「ついでに敵潜水艦隊が逃げた南米の基地も攻撃すれば、当面、敵の潜水艦隊は活動できなくなるでしょう」

「……伊藤君、どうかね?」


 永野が振ると、軍令部次長は頷いた。


「実際にそのように戦力が投入でき、不足なく行動できるのであれば、文句のつけようがない作戦です」


 そう、必要な戦力があって、弾薬もあって、部隊が問題なく行動できればできる話だ――神明はその言葉を飲み込んだ。

 作戦を語るだけなら誰でもできるが、それが実際に戦場で実行できるのか、それが問題だ。指揮官の采配一つ、天候一つ、状況一つでひっくり返ることはままある。


「ちなみに、神明君。カリブ海を出た後の、敵潜水艦隊を追尾して基地まで叩くというのは、今の連合艦隊に可能だろうか?」


 第一機動艦隊参謀長として、現在の連合艦隊を見るに――


「難しいですね。今は再編と訓練の最中ですから、その途中で中心戦力を引き抜かれるのは嫌な顔をされるでしょう。ですが、軍令部戦力でも可能です」

「……!」


 永野と伊藤が目を丸くした。軍令部の戦力と言っても、現状の第九艦隊は、あってないようなものである。どこに敵地へ乗り込んで攻撃できる戦力があるのか――そう考えたところで、伊藤は気づいた。


「まさか――」

「はい。T作戦用の遠征部隊を使います」


 世界の海に転移連絡網を設置するT計画――その実行部隊が、転移ブイを撒きに、世界各地へと向かう。

 それを実行するために編成されている部隊を、神明は使おうというのだ。


「あれは預かりが軍令部の作戦ですから、動かすのに、連合艦隊の許可は必要ありません」

「それで、ついで・・・というわけか。面白い」


 永野は機嫌がよかった。どこか楽しんでいる風でもある。


「神明君、君はこれから連合艦隊司令部にも行くよね?」

「は、ゲート輸送の件や、古賀大将の艦隊のことも聞かれるかと思います」


 視察をしていたわけではないが、報告を求められる立場にいる神明である。


「いま君が話した作戦、連合艦隊司令部にも話しておいてくれ。こちらとしては、君の案を作戦課と検討するが、たぶんそのまま通ると思うから」


 ついでに連合艦隊司令部に根回しもしておいてくれ、ということだ。神明は了解した。


「承知しました」



  ・  ・  ・



 いつになったら第一機動艦隊に戻れるだろうか。

 そんなことを考えながら、軍令部を出た神明だが、そこで思いがけない人物と出会った。


「神明! 帰ってきていたか!」


 南東方面艦隊参謀長の富岡 定俊少将だった。神明は首をかしげる。


「つい先ほどな。富岡は……オーストラリア攻略作戦か?」


 南東方面艦隊主導で、オーストラリアの異世界帝国軍を攻撃し、無力化を図る作戦を計画中だった。


「そのことなんだがな。……計画は白紙になりそうなんだ」

「……そうなのか?」


 連合艦隊と軍令部も賛同していた作戦だったと思っていたが、どうしてそうなったのか。


「何かあったのか?」

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