第236話、セイロン島維持の意味


 セイロン島の制圧目標は、陸軍魔法研究所直轄部隊により制圧された。


 後は島の残存する敵残党の捜索だが、これには海軍の特殊部隊『うつつ』部隊も協力した。


 セイロン島南部に上陸した彼らは、セイロン島の現状調査と島民および敵捜索活動を行った。


 海軍の第一機動艦隊甲第一部隊は、一部がトリンコマリー軍港に入港して、燃料、物資の補給を受けていた。現地を支配していた異世界人がいないため、艦隊側から人員を出して、作業にあたった。


「せっかく上陸しても、酒も女もないのでは、乗組員たちも気分が乗らんだろう」


 山田参謀長が、戦艦『伊勢』から軍港内を見渡しながら言えば、神明作戦参謀は皮肉げに言う。


「酒はセルフサービスでしょうな。それと、早い者勝ちでしょう」

「後から来る者のために、お行儀よくしてもらいたいものだ」

「陸軍連中に、そう言いますか?」

「古来より、戦利品を漁るのは兵隊の嗜みだからな」


 自分たちは違うぞ、と山田はそんな顔をした。実際に敵兵を見ながら戦う陸軍と違い、海軍の戦地は海上。戦利品物色の機会はほとんどない。……もっとも半舷上陸した士官や兵が、町に繰り出して別の意味で物色はするものだが。


「カルカッタ上陸も、今のところ順調らしい――」


 そこへ小沢治三郎中将がやってきて、山田と神明は敬礼した。小沢は答礼しながら言った。


「我々が、セイロン島で睨みをきかせている限り、異世界帝国の艦隊が、カルカッタの陸軍や船団に手を出すことはできない。……精々、潜水艦くらいだろうが、我が海軍の護衛隊が上手くやってくれるだろう」

「陸軍からは、空母航空隊による航空支援要請がきているとか」


 山田の言葉に、小沢は小さく頷いた。


「城島の五航戦がやっている。そもそも、我々第一機動艦隊のインド洋での任務は、敵東洋艦隊の撃滅と、上陸船団を安全にカルカッタへ送り届けることだ。その任務は果たした」


 有力な敵艦隊は殲滅され、陸軍は上陸作戦を成功させた。これ以上何を望むというのか。小沢はわずかに顔をしかめた。


「セイロン島を無視することは敵にできない。それでもって我々は陸軍を支援し続けている。文句は言わせんよ」


 敵が東洋艦隊に代わる水上艦隊をベンガル湾に派遣しようとしても、第一機動艦隊を避けては通れないのだ。


 まず異世界帝国としては、セイロン島の奪回と有力艦隊を叩かねば、カルカッタや、それに続く前線への海上輸送は不可能。

 故に、海上から攻撃されるとすれば、カルカッタの陸軍ではなく、セイロン島なのである。


「敵は、恐るべき早さで太平洋艦隊を再建させた」


 中部太平洋海戦で、異世界帝国艦隊をほぼ全滅させたが、その一カ月後には、新たな太平洋艦隊が配備された。


「前例がある以上、東洋艦隊もまた短期間で復活する可能性はある」


 もっとも、先の東洋艦隊が、地球側兵器の鹵獲品ばかりだった点から、実は異世界帝国の懐にも限界が見えつつあるのではないか、という説もあるが。

 神明は口を開いた。


「地中海、もしくは大西洋の艦隊から、インド洋に戦力が回されてくる可能性は高いと思われます。異世界帝国にとっても、ユーラシア大陸での日本陸軍との決戦は決して軽視できるものでもないでしょうから」


 海上輸送路の確保。陸地だけの輸送よりも多く運べる海上輸送は、遠く離れた前線を持つ異世界帝国としても、その活動を支えるために重要だ。

 それが遮断された状況を、彼らが放置しておくわけがない。


「来るとすれば、地中海にいる艦隊だろうな」


 小沢が腕を組めば、神明は首肯した。


「情報によれば、地中海はイタリア、フランス、それとイギリスからの鹵獲艦が多数稼働しているようです。大西洋の奴らの純正品か、地中海の鹵獲品か。アメリカさんが大西洋でも活動していることを考えれば、提督のおっしゃる通り、地中海艦隊でしょうね」

「伊、仏の艦隊か……」


 山田は眉をひそめた。


「単独で見れば、我が海軍に比べて戦力は少ないが、それらが束になると厄介ですな」


 かつて世界の軍備拡張を危ぶみ、ワシントン海軍軍縮条約が締結された時、その戦力比率は、アメリカ、イギリス、日本に次いだのがイタリアとフランスである。


「まあ、まだ来ると決まったわけではないですが――」

「いや、来るのは間違いない。大西洋艦隊か地中海艦隊かは敵さんの都合だろうが、奴らがこのセイロン島を必ず奪い返しに来る」


 小沢は確信している。戦力不足で出せないのならともかく、それでもセイロン島の奪回に来ない時は、敵が大陸侵攻を諦めた時だろう。現状では望みが薄い。


「少なくとも、日本がセイロン島を押さえ続けている限り、陸軍のいう大陸決戦は有利に働く。だから奴らは、必ずここを取り戻そうとする」


 故に、日本軍がセイロン島を一日長くでも確保しておくことが、大戦の趨勢にも影響をもたらす可能性があった。


「しかし、そうなりますと――」


 山田が危惧を口にする。


「我々、第一機動艦隊はインド洋から動けなくなるのではありませんか?」


 異世界帝国の太平洋艦隊と対峙している日本海軍としては、有力な機動艦隊をインド洋に釘付けにすることを望んではいない。

 一方で陸軍からすれば、第一機動艦隊にインド洋に居続けてもらったほうが、大陸決戦に有利に運べるから、現状を歓迎しているだろうが。


「太平洋での制海権確保のためにも、我々はいつまでもここに留まることはできない」


 小沢は難しい表情を浮かべた。


「おそらく、インド洋には別の艦隊が派遣されるだろう。何もなければ、東南アジアにいた第八艦隊あたりだっただろうが――」

「その第八艦隊は、先に戦艦3隻を失う大被害を受けていましたが」


 山田は首を傾けた。


「もう補充のほうはできたのでしょうか?」

「どうなのだ、神明? 貴様は何か聞いているか?」


 セイロン島攻略を言い出したのは神明である。連合艦隊に作戦案を提出した際に、セイロン島確保後の展開や、派遣戦力についての指摘、話し合ったはずだ。

 作戦行動中の提案だったから、小沢は艦隊を離れることができず、連合艦隊司令部との話し合いは、神明が担当した。


「連合艦隊としても、主戦場は太平洋であり、インド洋は補助と見ています。ただ、セイロン島を確保し続けることが、今次大戦における重要な要素であることも認めています」


 ただ――


「インド洋は内地から遠すぎます。何かあった時に大規模な増援などは難しい。なので、自力で立ち回れる戦力であることが望ましい。そこで、潜水機能を持つ戦闘艦艇のみで構成された艦隊を配備しようという話になっていました」


 今の第一機動艦隊甲第二部隊のように。

 武本中将率いる甲第二部隊は、まさに潜水機能付き艦のみの部隊であり、セイロン島の西、コロンボ港にて補給と警戒を続けていた。

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