第237話、呼び出しを受ける神明


「神明大佐、トリンコマリー飛行場にいる陸軍の……杉山大佐が、今後の件を含めて打ち合わせがしたいので、ご足労いただけないか、と通信が入っておりますが……」


 戦艦『伊勢』の通信長が、神明宛ての通信を持ってきた時、小沢中将や山田少将らは顔を見合わせた。


 陸軍大佐が、第一機動艦隊の作戦参謀を指名している。これはそうそうないことだ。司令部と、今後の方針の会談でどなたか、とか、あるいは司令長官である小沢に相談したいからそちらに行きます、なら話はわかるのだが。


「何故、神明が指名された?」


 小沢の当然の疑問に、当人は答えた。


「杉山大佐は、陸軍の魔法研究所の所長です」

「魔法研究所……魔研か!」


 小沢は驚いたが、しかしさらに困惑する。


「何故、魔研の責任者が、セイロン島にいるのだ?」

「ええ、私もまったく初耳でした。いつからいたのか……」


 神明自身、杉山達人大佐は、内地は陸軍保有の孤島、五身島にいると思っていた。どう間違って、前線部隊に紛れ込み、最前線に来たのか。

 もちろん、手段について心当たりはあるが、何故いるのかは……いや何となく察した。セイロン島で接収した敵の兵器や物品を視察しているのだろう。


「おそらく、鹵獲した異世界人の兵器か、魔法関連装備で、魔技研側の意見を聞きたいものがあったのかもしれません」


 ただ、今後の件も、と言っているので、陸軍がセイロン島をどうしたいのか、その辺りの話も出てくるかと思う。


「うむ、魔法関連となると、貴様以外に適任はいないな。神明、ちょっと言ってきて、話を聞いてこい。……ついでに陸軍側の思惑も聞けたら聞いてこい」

「承知しました」


 小沢もそのあたり抜け目がない。かくて、神明は内火艇に乗って、トリンコマリー軍港に上陸。迎えの乗用車――異世界人の車!――に乗って、飛行場まで移動した。



  ・  ・  ・



「やあやあ、神明ちゃん。わざわざ来てもらって悪いね」


 まったく悪びれる様子もなく、杉山達人は神明を出迎えた。……本当にセイロン島にいた。


「僕は、船が苦手だからね。せっかく来てもらったからには、鹵獲品も一緒に見ていこうじゃないか」


 第一機動艦隊の『伊勢』に来なかったのも、船に乗ると酔うから、とそれっぽく言っている。もっとも、トリンコマリー軍港に停泊している戦艦が、酔うほど揺れたりしないが。


「どうやってきた?」

「ポータル。転移魔法の一種かな? 空間と空間を繋ぐゲートのほうが近いかな」


 さらっと凄いことを杉山は言った。神明は目を見開く。


「ゲートを実用化したのか?」

「異世界にはいけないし、まだまだ試作段階だけどね。魔技研の転移マーカー、あれを参考にしている部分があって、まだ目印を置かないと設置できない」


 しかし、内地とセイロン島にポータルを繋いだことで、物資や人の移動が直接可能になった。


「画期的だ」

「そうだよ、もっと褒めてくれ。わざわざセイロン島まで輸送船を乗り継ぐ必要もないし、時間もあっという間。頼んだ物資の即日配達も可能だ」


 補給にとって革新的なことだ。船や飛行機を使わず、遥か彼方に物資を輸送できる。道中の時間も、輸送船や飛行機の人件費や燃料、食料などを消費することなく、運べるのだ。敵の通商破壊やら妨害もまったく無視して、すぐに到着する。もし戦地と内地をすべてポータルで繋げられたら、輸送に護衛が不要となり、その分の人員を別に回すことができる。

 ポータルは、人員不足の海軍も欲しい技術だ。


「その技術は、海軍に提供してもらえるのか?」

「さあね。それは、僕個人で判断できない事柄だ」


 陸軍の上層部、あるいは東条首相辺りから、極秘扱いされているのかもしれない。技術のことを考えれば、秘匿したくなる気持ちもわかる。仮に海軍が発明していたとしても、やはり陸軍に即刻公開したかと言われれば、おそらく慎重になっていただろう。


「その件については追々な。こっちとしても、まだ試験段階で完全とは言い難い。少なくとも上層部が正式採用できるレベルにならないと危なくて使えない……かもしれない」

「かもしれない、か」

「まだトラブってないからって、安全が保証されたわけではないからね」


 杉山は和やかに告げた。


「それはそれとして、今回、異世界人の兵器や物資など、色々無傷で手に入れることができた。ここは陸海軍、それぞれ均等に分け合おうじゃないか」

「そのために、私を呼んだのだろう?」

「そういうこと」


 さあ来てくれ、と杉山は歩き出した。

 飛行場に並べられた兵器――異世界帝国のものだけでなく、日本陸軍が使用するそれらも視界に入る。マ式エンジン搭載の一式戦闘機Ⅲ型や二式複座戦闘機、レシプロ機である三式戦闘機改などなど。


「……あれが三式戦か」

「お、新型、気になる? 神明ちゃん」

「まあな。軽く資料は見たが、あの機体が搭載しているエンジン――」

「魔冷式……。そ、今のところ、戦闘機じゃあれが唯一だからね。構造としては単純だ。冷却液を使っていたのを冷却板という魔金属に変えただけ。液漏れもないし、そっち方面では作りやすい」


 ただエンジン自体の作りがね、と杉山は苦笑した。


「ダイムラー・ベンツのDB601――ハ40は、日本の技術力じゃ中々手に余る代物でね。冷却方式を変えた程度でどうにかなるものじゃないんで、まあ難物ではあるんだけど」

「海軍でもアツタという名前で愛知航空機がライセンス生産していたが、あれも難儀しているらしい」


 神明は、杉山を見た。


「だが、この三式戦改のエンジン、魔研で弄ったのだろう? どうやったんだ?」

「どうもこうも冷却系を変えた以外は、オリジナルをフルコピーしたものを使っているよ。……要するに、ドイツで作られた良品バージョンを、魔核を使って複製した」


 ライセンス生産はいいが、変に日本にあるもの、できるもので作ろうとするから失敗するのであって、作れないならドイツ製をそのまま使えばいい、ということだ。


「技術者としては面白くないだろうが、僕はね、必要な時に使えれば何でもいいと思っている。現場に三式戦闘機が配備されつつあるけど、どうもハ40の生産を含めて色々上手くいっていないから、うちでコピーした魔冷式型に置き換わっていくって話もある」

「フム……。肝心の性能は?」

「突っ込みはいい機体だよ。軽戦闘機と重戦闘機の中間、中戦闘機としては高速力は大したものだ。まあ、マ式とどっちがいいか、と言われたら、どっちもどっちかな」


 杉山は言葉を濁した。神明には言わなかったが、三式戦闘機改は、ハ40ベースの魔冷エンジンではなく、その改良型であるハ140を元にした魔冷エンジンであり、1500馬力ほどにパワーアップしている型だったりする。


「初陣じゃ、さっそく2機を喪失してしまってね。デビューとしては、微妙」


 陸軍が担当したマドゥライ飛行場襲撃。それが三式戦闘機改の実戦デビューだったが、杉山の口ぶりでは、あまりよくなかったようだった。


「そうそう、神明ちゃん、例のアヴラタワーを先制攻撃する戦術だけどさ――」


 露骨に話題を逸らしにくる杉山。


「あれ、次から通用しなくなるかもしれないよ?」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・三式戦闘機マ式改

乗員:1名

全長:8.74メートル

全幅:12.0メートル

自重:2180キロ

発動機:ハ140改、魔冷式1550馬力

速度:640キロ

航続距離:1100キロ+戦闘20分(増槽付き)

武装:12.7ミリ機関砲×4 100~250キロ爆弾×2

その他:液冷エンジン搭載の三式戦闘機に、魔法による冷却装置をつけた魔冷式発動機を搭載したもの。冷却が液体ではないため、漏れによるトラブルもなく、構造を簡易にすることができ、かつ軽量。

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