第52話、本土へ帰還


 異世界帝国北方部隊は、最終的には全滅した。


 空母群の護衛についていた駆逐艦を含めた4隻と軽巡洋艦1が、戦線離脱を図ったが、海中に伏せていた海霧型駆逐艦『大霧』と、マ号潜水艦に待ち伏せ雷撃を受けて、ことごとく撃沈されたのだった。


 かくて、日本海軍第九艦隊は、南シナ海を抜けて、敵潜水艦掃討を行っていたマ-2号小型潜水艦戦隊と合流。台湾海峡へと侵入した。


 ここまで来れば、もう日本のテリトリーである。日本海軍の警戒部隊の護衛のもと、第九艦隊は台湾海峡を通過、佐世保へと移動となった。


「佐世保ですか……」


 神大佐は、てっきり呉だと思っていたらしく、肩透かしを食らったような顔になった。神明大佐は答える。


「海軍省からのお達しだ。異世界帝国から奪取した戦艦、空母などが安全かどうか確認したいんだそうだ」

「……ああ、そういうことですか」


 ネルソン級戦艦、R級戦艦など、敵が引き上げ修理されていた艦艇だが、損傷部分を埋めるように盛られた装甲が、海藻のような深緑な色合いで、何とも気味が悪い外観をしているのだ。


 継ぎ接ぎの軍艦。昼間になると、その異様なコントラストが嫌でも目立つ。


「これから再利用するにしても、安全かどうかの確認は大事ですからな」


 神大佐は、自身のちょび髭をいじった。


「何か魔術的な、あるいは呪いなどあっても困りますからね」


 異世界人は魔法を使うらしい。具体的にどういう魔法かはわからないが、使えるというだけで、怖い連想をしてしまうものだ。


「まだ、我々が使うかどうかは、わからんがな」

「そうなのですか?」

「一応、イギリスさんにお伺いを立てる。お宅の軍艦を拾ったのですが、どうしますか、と」

「そんな馬鹿な!」


 神は目を丸くした。


「いやいや、冗談ですよね? 我々が苦労して、セレターまで行って命懸けで手に入れたのに。……イギリスに引き渡すなど!」

「落ち着け。まだ引き渡すと決まったわけではない」


 神明は、殊更落ち着いた声で言った。


「そもそも、イギリスのテリトリーに、あれらの艦を運ぶルートがない。東南アジア一帯は敵の勢力下。それでなくともインド洋もオーストラリアも、異世界帝国のものだ」


 仮に返してほしいと言われても、大西洋やイギリス本土へ回航するのは、現時点ではほぼ無理だろう。


「要するに、イギリスに恩を売らせようという魂胆だ」

「売らせる、ですか? 売るではなく」

「異世界帝国の打倒のため、我が大英帝国は、日本に戦艦ほか艦艇を譲渡しましょう。そちらもトラック沖の戦力補充のために軍艦は欲しいでしょう? 些か古い型ではありますが、ぜひ活用してください――と、政治に長けた英国紳士は、恩着せがましく言うだろうな」


 彼らにとっては、一度は沈んだ艦艇。すでに戦力としては数えていないだろう。修理できればまだ使えるし、イギリスとしても戦力は欲しいが、本国に戻せないのであれば諦めるしかない。で、あるならば、他国の押しつけることで、打倒異世界帝国の役に立たせようという魂胆。


 転んでもただでは起きないのが、イギリス人である。


「あちらさんにとっても、日本が太平洋で、異世界帝国の戦力を引きつけてくれていたほうがいいだろう。それでなくても……いや」


 イギリスはナチスとも戦っている、と言おうとして、神が親独派なのを思い出す神明である。


「こちらとしても、大西洋にいる異世界帝国の艦隊には、太平洋に来てもらいたくないからな。それぞれの場所で注意を引ければ、敵もやすやすと戦力を移動させにくくなるだろう。互いに利のある話さ」


 もっとも、あくまで神明の考えであり、日本、そしてイギリスが実際にどう動くか、まだ決まった話ではない。どちらかに、とてつもない政治音痴がいて、思ったとおりにいかない可能性だってある。


「そういえば、神明大佐。例の米艦隊は、どうなったか知っていますか?」


 神が神妙な表情で聞いてきた。


 フィリピンにやってきた、小規模なアメリカ海軍の空母機動部隊の件である。第九艦隊から、大型巡洋艦『生駒』と他3隻を援護に送った。


「それなら、今頃、アメリカさんは横須賀に向かっている」

「何ですと!?」

「こちらの援護が間に合ったようだが、やっこさんたち、空母を損傷しているらしくてな。横須賀で応急修理してやって、その後は北のアリューシャン方面からアラスカを経由して、帰国させるつもりのようだ」

「我が国の領海を通させたのですか……」


 納得できない顔をする神である。ドイツ贔屓としては、アメリカに対していい感情を持っていないのだろうことは、容易に想像がつく。


「日本としてはアメリカに貸しを作ってやるってことさ。イギリスと違って、アメリカには恩を売るわけだ」


 石油の輸入を再開させたいのだ。戦争継続に必要な物資を、日本は求めている。異世界帝国に対抗するためにも、必要不可欠。いかに魔技研が兵器を開発しようとも、石油やその他資源がなければ、戦えない。


「米海軍が危険を冒して陸軍の将軍を助けた。これは明らかに政府の意向だ。この貸しは小さくない」


 現状のアメリカの立場というのは微妙だ。ドイツ、イタリア枢軸国のヨーロッパ侵攻。しかし同時に南半球から異世界帝国の侵攻もあって、米国は、異世界人と戦争はしているが、ヨーロッパの戦いに兵力を差し向けていない。


 世論が、モンロー主義に傾き、欧州の紛争に関わらないことを望んだ結果だ。一方で、異世界帝国はアメリカに宣戦を布告し、攻撃を仕掛けている。だから多くのアメリカ人にとって、ナチスよりも異世界帝国との戦争に関心が高いのは当然のことであった。


 イギリスも異世界帝国と戦っているから、物資面での支援は行っているようだが、大西洋の制海権も含めて、物資はあっても米国にもあまり余裕はないようだった。なお、ドイツはドイツで、今ソ連に攻撃を仕掛けていたりする。


「世界は混沌としていますな」

「まったくだな」


 神明は同意した。神は首を傾げた。


「これから、どうなっていくのでしょうか……?」

「我が国としては、引き続き、異世界帝国と戦うことになるだろう。連中が中部太平洋、あるいは東南アジアから北進をすれば、我々は迎え撃たねばならない」

「フィリピンから台湾、沖縄か。あるいは、マリアナから小笠原諸島――」

「どちらもあり得る。だがな」


 神明は心持ち暗い表情を浮かべた。


「油だ。何はなくとも油の問題がついて回る」


 石油事情が優先されるだろう。本土を守るためにも。

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