第270話、ジョンストン、そしてハワイ


 光線兵器を積んだ敵重爆撃機の基地が判明した。

 青電迎撃機が落とし切れなかった敵機に対して、第四艦隊司令長官の角田覚治中将は、彩雲艦上偵察機による追尾を行った。


 どうにもフラストレーションの溜まる戦いで、自軍の損害ばかりが目立って苛立っていたのかもしれない。

 遮蔽装備の長距離偵察機『彩雲』は、敵重爆撃機を追って、ハワイ方面へと飛行。敵機がジョンストン島の飛行場に降りるのを確認したのだった。


「ジョンストン島か」


 聞いていた神明が呟けば、樋端中佐も頷いた。


「アメリカ海軍の基地があった小島ですね。重爆撃機の運用も可能でしたから、異世界帝国も利用したのでしょう。……ハワイへ乗り込むより難度は下がりました」


 場所は、ハワイ寄りだが、ハワイとマーシャル諸島の間にある。


「正直、ハワイだったならお手上げだったのだがな」


 神明と樋端で、光線兵器を装備した敵重爆撃機を奪えないか、策を巡らせていたところだったが、その所在が敵本拠地であるハワイでないなら、俄然計画に現実味が帯びてきた。


 山本五十六大将も、手に入るのなら敵重爆の鹵獲に前向きだったから、いよいよ本気で実行に向けて動き出すだろう。

 しかし――その前に、事態は動き出す。


 第四艦隊の角田長官が、ジョンストン島への航空攻撃を具申してきたのだ。


「お許しいただけるなら、私が『大鳳』で、ジョンストン島に殴り込み、敵飛行場を叩いて参ります!」


 振り上げた拳の落としどころを見つけたとばかりに、角田の鼻息は荒い。なお、彼が何故、直接の命令系統をすっ飛ばして、連合艦隊司令部へ具申してきたのかと言えば、第二機動艦隊司令部に具申したら却下されたかららしい。


『今は、上陸部隊を全力支援するためにも、空母は1隻でも必要な状況である。第二機動艦隊は、マーシャル諸島攻略を優先すべし!』


 南雲忠一司令長官と参謀たちはそう判断したのだ。しかし角田の意見は、その攻略を進めるためにも、高高度を撃墜不能な敵機をうろつかせるのもよろしくなく、重爆撃機の飛行場を壊滅させておくべき、だった。


 かくて、角田は、第二機動艦隊司令部が動かないので、連合艦隊司令部へ意見具申を行った。


 角田の言い分は、マーシャル諸島攻略に支障が出ないよう、空母は『大鳳』のみで、それに少数の護衛と共にジョンストン島へ向かうというものだった。『大鳳』の防御力であれば、たとえ反撃されても簡単に戦闘不能にはならず、作戦を継続することが可能である。


「角田君、意気込みは買うのだがね……」


 山本は、言い聞かせるように告げた。


「敵の重爆撃機については、鹵獲する方向で計画を練っているところだ。君の言う通り、敵重爆基地は破壊するが、こちらで別途手を打つので、君はマーシャル諸島攻略に尽力してほしい」


 神明と樋端が中心となって計画が進められていなければ、あるいは角田の案を進めたかもしれない。山本が説明すれば、角田は渋々ながら了承した。乙部隊の僚艦『大龍』を撃沈した敵重爆にお返しをしたかったのだろう。しかし放置ではなく、別に攻撃計画があると言われれば引き下がるを得なかった。


 だが、意見具申にやってきたのは角田だけではなかった。今度は、第八航空戦隊司令官の山口多聞中将がやってきた。


「ハワイへの奇襲攻撃を具申致します!」


 この山口の発言に、山本はおろか、参謀たちも固まった。


「待て待て、どうしてそうなる?」

「八航戦は、潜水型航空母艦部隊です」


 山口はきっぱりと告げた。


「敵太平洋艦隊は、我が軍の損害を見て、マーシャル諸島へ救援にやってくる公算が高くなりました。そうなってしまえば、我が方は劣勢。第一機動艦隊の増援がきたとしても、勝てる保証はありません」


 参謀たちは顔を見合わせる。現在の第二機動艦隊の戦力、特に空母戦力が半減していることは、敵の重爆撃機が攻撃がてらその情報を持ち帰っているだろう。敵太平洋艦隊司令長官が、今が好機と艦隊を出撃させてきてもおかしくはない。


「で、あるならば、敵がマーシャル諸島救援に向かう前に、真珠湾の敵主力艦隊を叩き、足止めを行うべきと愚考致します」


 敵艦隊さえ来なければ、現状の第二機動艦隊でもマーシャル諸島攻略自体は進められる。敵太平洋艦隊が来るかどうかが問題ならば、来られないように先手を打つべし、と山口は言ったのだ。


 かつて、異世界人が太平洋に進出する前、対米関係が悪化し、戦争になった場合に備えて、米太平洋艦隊を奇襲する真珠湾作戦を、山本と第一航空艦隊で計画が練られていた。


 だから当の山本も、当時第一航空艦隊参謀長だった草鹿も、二航戦司令官だった山口も、ハワイ攻撃に関しては、それなりに思うところがあるのだ。


「しかし、第二機動艦隊の稼働空母は六隻しかない。マーシャル諸島攻略を進めるにあたり、3隻を抜くのはどうだろうか?」

「長官、先ほど申した通り、我々八航戦は奇襲航空隊です。艦隊決戦でも姿を隠して不意打ちをかけるのが任務。どのみち、機動艦隊とは別行動になるのですから、来るか来ないかの警戒で時間を潰すより、先手を取るべく動いたほうがよいと考えます」


 潜水型空母であるなら、ハワイへ近づくのもそれほど困難ではない。奇襲で、敵艦隊に損害を与えられれば、その出撃を遅らせたり見合わせられるかもしれない。


 仮に、出撃していたとしたら、道中で遭遇するだろうから、それらに先制奇襲をかけて、漸減させつつ、第二機動艦隊ならびに内地から呼び寄せる第一機動艦隊が戦うための先陣を切る。


「しかし、三隻の空母の艦載機で、やれますか?」


 草鹿が指摘した。対米戦での真珠湾攻撃では、空母の隻数について三から六隻の間で調整されていたが、三隻では足りないと食い下がったのが、山口だったと記憶していた。

 実のところ、航続距離の問題で山口が率いる『蒼龍』『飛龍』が外されるとなったので、猛抗議しただけではあるが。


「やれるだけやる。確かに敵主力艦隊を一撃で壊滅させることは難しいかもしれないが、元々撃滅には期待しない。足止めできれば充分と考える」


 山口の言葉を受けて、山本も参謀たちも考え込む。一人、神明と作業を進めていた樋端が唐突に言った。


「いいのではないでしょうか。こちらも、ジョンストン島へ向かおうとしていたわけで、そこでハワイが攻撃されれば、敵の目もそちらに向くでしょうし」

「樋端」


 神明は窘めた。それは山口と八航戦を陽動に使おうという意味であり、事実だとしても言い方やタイミングには気をつかうべき事柄だ。真剣に具申している山口の神経を逆なでにしかねない。


「ジョンストン島ですか?」


 その山口は、確認するように山本に尋ねた。


「敵の重爆を鹵獲しようと思ってね。今、その計画を立てているところだ」


 山口は、神明と樋端の方を見ると、口元をニヤリと歪めた。


「その話、俺にも聞かせてくれ」

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