第789話、レーダーの効かない夜に
夜の闇が支配する。ムンドゥス帝国前衛艦隊・第五群は、同第四群と合流を急いでいた。
「ようやく日が落ちたと思ったら、これか」
戦艦『ルートラ』に坐乗するスパガイ中将は、渋面を浮かべる。
厄介な航空攻撃を避けられる夜となった。空母を失った第五群としては、エアカバーが望めないために、待ちに待った時がきた、というべきか。
これで夜のうちに、日本艦隊を叩ければ、明日以降は幾分かマシな状況になる。……そのはずだったのだが、今度は頼みのレーダーがおかしいときた。
「敵によるレーダーかく乱と思われます」
「またか!」
昼間もレーダーによる索敵を妨害するスクリーンによって、航空攻撃を受けて、揚陸艦部隊を失っている。
グイ参謀長が、口を開いた。
「第四群との合流を妨害しようという意図でしょうか?」
「だとすれば、敵は、こちらが合流する前に各個に仕掛けてくるということか」
海域にチャフが巻かれたのか、レーダーがいまいちの状況である。当然ながら、夜間での見張りには、注意が呼びかけられている。そう何度も同じ手にやられてたまるか、というところである。
「本来なら、そろそろ合流のはずなのだがな」
スパガイが呟いた時、艦隊前衛の軽巡洋艦から通信が入る。
『前衛の巡洋艦「ツァコモス」より信号。右舷前方、艦影あり。距離六〇〇〇。戦艦らしき大型艦、複数』
「前衛に通信。相手の正体を確かめろ」
友軍ならばよし。敵ならば夜戦だ。スパガイは、艦隊各艦に砲撃戦の準備を下令した。
『「ツァコモス」より通信。艦影はオリクト級。友軍の模様』
「第四群ですか」
グイ参謀長が、一息ついた。
電子の目を妨害され、目視に頼らねばならない時に限って、夜。敵潜に備えた灯火管制中ゆえ、明かりも出せず、監視要員の目のみが頼りだ。
「味方と合流するだけでも一苦労ですな」
「まったくだ。あわよくば、同士討ちを目論んだのだろうが……」
昼間にレーダーかく乱でやられているから、こちらが神経質になっていると、敵も考えたのだろう。
「しかし、我々はそこまで愚かではない」
スパガイは、通信参謀に、第四群のウォークス中将を呼び出すように告げる。今後の動きについて、打ち合わせが必要だ。
「承知しました」
通信参謀が通信室へ向かうその時だった。
突然の遠雷、もとい爆発音が響き、旗艦の前方で、パッと爆発と火の手があがった。
「何だ!? 爆発?」
轟音が連続し、光りが瞬いた。前衛の巡洋艦、駆逐艦が展開している方向だが――
『「ツァコモス」より入電! 我、雷撃を受く!』
「雷撃だと!?」
「敵襲!?」
司令部は騒然となる。攻撃を受けたのは軽巡洋艦1隻のみではなかった。被雷報告が相次ぎ、駆逐艦が艦尾を持ち上げて沈んでいくのを見張り員が報告した。
「くそっ、敵だぞ!」
スパガイは声を荒らげた。
「全艦へ。接近中の艦影は友軍にあらず! 反撃だッ! 突撃せよ!」
二度も騙し討ちをしやがった――スパガイは昼間に先手を取られたことが頭にあった。後手に回ればやられる。いや、すでに先手を取られたのだ。これ以上、やられるわけにはいかない。
戦艦『ルードラ』以下、オリクトⅡ級戦艦群の五〇口径40.6センチ三連装砲が、目視による敵の観測にて諸元を出して、敵とおぼしき艦影に対して砲撃を開始する。
突発的な夜戦は幕を開けた。
・ ・ ・
『前方の艦隊、発砲!』
「撃ってきやがった!」
第四群、旗艦『ペテスタイ』で、ウォークス中将は怒鳴った。
「撃ち返せ!」
レーダーによる観測が不能につき、かなり接近していた艦隊は、合流予定の第五群と思われたが、接触した前衛艦が攻撃を受け、いままた本隊とおぼしき戦艦群から撃たれたことで、ウォークスは完全に頭に血が上っていた。
「味方のフリをするとはな……。奴ら、転移して先回りしていやがったな!」
索敵を妨害したのは、合流する味方の方向から来れば、誤認される可能性が高いと考えたのだろう。普通であれば、先回りなどできないが、昼に確認した敵は日本軍。日本海軍は転移で艦隊を動かすことができるという。
盲点をつき、こちらが味方が誤射しているのではないかと迷うのも計算にいれて、その間に一方的に撃ちまくる腹積もりだったのだろうが――
「ムンドゥス帝国をなめるな! 撃って撃って撃ちまくれっ!」
事前の報告では、日本艦隊の方が第四群より数で勝る。そうであるなら、迷っている暇はない。射撃レーダーが使えないのは向こうも同じだ。
そして夜戦で見張り員が目視できる距離である。距離が近いうちに、撃てるだけ撃って敵を脱落させ、数の不利を打ち消さなくてはいけない。
勢いだ! 勢いで押せ!
ウォークスの勢いに乗って第四群は猛攻をかけた。果敢に距離を詰め、より正確に位置を割り出し、砲弾を撃ち込む。
一万メートル以下に近づいたら、両用砲や光弾砲も矢継ぎ早に撃ち込まれ、着弾、命中の火の手があがる。千切れ飛ぶ破片。形が変わり、微妙にシルエットが見慣れないものへと変わっていく。
発砲の炎によって浮かぶ艦影。どこか見覚えがある気がする者もいたが、指揮官がガンガン撃てと命じている以上、砲手たちは手を休めない。向こうも撃ってきているので、敵なのだろう。もし違うなら、指揮官が止めるだろう。
湧き上がる違和感をねじ伏せ、砲戦は続く。時々、星弾が放たれ、逆光に照らし出されて敵艦の姿が浮かび上がるが、沈没しつつある艦の煙、水柱、爆炎で、細部の判別がつかない。大まかなシルエットから、敵とおぼしき艦に砲弾を撃ち込む。
『敵ヤマト級1、炎上中!』
『トサ級、沈没しつつあり!』
見張り員の報告に、ウォークスは不敵な笑みを浮かべる。
「自分たちから仕掛けておいて、一矢報いられる気分はどうだ? 日本人初め!」
「長官! 第五群旗艦より通信です!」
通信参謀が、周囲の音に負けないよう声を張り上げた。
「現在、日本艦隊と近接砲撃戦を展開中。第四群の合流を求む、とのことです」
「こちらも日本艦隊と交戦中だと返してやれ!」
目の前の敵をやらなければ、第五群と合流どころではない。
「……いや。待て。第五群も日本海軍と戦っているのか?」
敵は艦隊を二分しているのか。ウォークスは考える。日本の水上打撃部隊は一つ。戦艦20、巡洋艦50以上の艦隊だ。これを第四群と第五群に分けて、当たる意味があるのか?
艦隊合流前に、全力をもって第四群か第五群、そのどちらかを叩き、返す刀でもう片方を片づけるのがセオリーではないのか。
「長官、もしや今、我々が交戦しているのは、第五群なのでは……?」
航海参謀が、幾分か青ざめた顔になった。ウォークスも目を見開く。
「そんな馬鹿な……。いや、だとすれば――」
先ほどから感じている妙な違和感。ウォークスは大声を出した。
「同士討ちをしているというのか!?」
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