第790話、混沌から抜け出せず


 我々は同士討ちをしている!


 第四群の旗艦『ペテスタイ』からの発信を受けた第五群の旗艦『ルートラ』では、指揮官のスパガイ中将が、ふるふると体を震わせた。


「味方……だと……ッ!」

『同航の艦隊、砲撃を中止した模様!』

「くそっ、こちらも砲撃中止だ! 撃ち方やめぇーっ! 撃つな!」


 スパガイは叫び、命令が各艦艇に通達される。だが、それが届くまでに発砲は続き、中々砲火が途切れない。

 味方を撃っているかもしれないとなれば、その一発が同胞を死においやるかもしれず、スパガイも気が気でない。


 それまで戦っていた相手の艦隊が一斉に発砲した。一瞬、目を疑ったが、飛んできたのは星弾スターシェルだった。

 闇の中に現れた光源で、相手の正体を改めて目視確認しようということなのだろう。砲火がやんだ状態であれば、落ち着いて識別しやすくなるだろう。


 この行動で、スパガイは目の前の艦隊が、ほぼ第四群で間違いないだろうと結論を得た。そもそも日本軍なら、砲撃を中止する理由がないのだ。


「レーダーが使えていれば、数も把握しやすかっただろうに。……おい、まだレーダーは映らないのか?」

『依然、スクリーンが多数。レーダーでの識別困難』


 その答えに、スパガイは舌打ちする。昼間を含めて、この夜戦でも敵の策にはめられたとあって、その苛立ちは相当なものだった。


「この海域に、レーダー妨害物質をばらまいている敵機がいますな」


 グイ参謀長が、陰鬱な声を出した。


「対空レーダーが確認していないところからして、おそらく敵の遮蔽機だと思われますが」

「腹立たしいことだ。――見張り員は、あちらの艦隊の識別は終わったのか?」


 誤射をしまくっていたことが、スパガイを激しく怒らせた。戻せるものなら、時間を戻したい。


「……おい、まだ撃っている馬鹿がいるのか?」


 砲声が響く。砲撃中止命令が届いていないのか?


「通信を受信できない艦があるのでは……」


 グイが指摘する。砲戦によって損傷し、指揮機能が麻痺しているとか、通信設備が被弾して使用できなくなっているとか。


「発光信号でも何でも、僚艦に通達させ――」


 そこまでだった。突然、壁面が吹き飛び、火山の噴火の如く噴き出した熱にスパガイは意識ごと飲み込まれた。

 オリクトⅡ級戦艦『ルートラ』に飛び込んだ46センチ砲弾は、機関と弾薬庫を紅蓮の炎で覆い、爆発四散させた。



  ・  ・  ・



『敵戦艦、撃沈!』

「ようし!」


 第二戦隊司令官、宇垣 纏中将は、思わず拳を固めた。

 戦艦『大和』、『武蔵』『信濃』の第二戦隊は、他美濃型戦艦6隻、金剛型戦艦4隻、道後型大型巡洋艦3、重巡洋艦7、軽巡洋艦6と共に、異世界帝国第五群の後方に浮上すると、その至近距離から必殺の主砲を撃ち込んだ。

 味方同士の誤射に気づき、砲撃が止みかけている中の一撃だった。砲撃戦の安全距離を無視した攻撃は、後頭部を強打するほどの致命的打撃となり、戦艦5隻を爆沈させ、4隻を大破。巡洋艦8、駆逐艦6を葬った。


「次の目標を指向! 敵が迂闊に発砲できない間に、残りの戦艦を喰うぞ!」


 単縦陣で、敵第五群と反航する形で進む『大和』以下、潜水戦艦群。左舷方向で、敵艦が激しく燃え上がる中、右舷方向でも新たな発砲の炎が噴き出した。

 大和の森下艦長が口を開いた。


「長官の隊も発砲を始めましたな」


 改美濃型こと、伊予型戦艦『越前』を旗艦とする山本 五十六大将率いる戦艦部隊が、41センチ砲の咆哮を上げたのだ。

 戦艦『越前』を先頭に『土佐』『天城』『紀伊』『尾張』『長門』『陸奥』『薩摩』の8隻の砲弾は、第五群を飛び越え――第四群に襲いかかった。


 41センチ砲の射程内ではあるが、間に第五群の艦艇があって、直接目視できる距離ではない。しかしその砲撃は、第四群の戦艦の周りに着弾の火花、ないし水柱を巻き上げさせた。


 夜間観測機だ。これらが上空にあって、能力者が砲弾の弾着を修正していた。なお、この観測機は、遮蔽で隠れている上に、アルミチャフを定期的に散布していた犯人であった。


 かくて、弾着観測ないし修正により、異世界帝国第四群は、再び攻撃に晒された。

 日本海軍の知るところではないが、第四群司令官のウォークス中将は怒髪天を衝く。


『馬鹿者が! こちらは味方だろうがっ!』


 第五群の旗艦『ルートラ』が爆沈したのを、第四群の攻撃と勘違いしたのでは、と参謀長が指摘したが、その頃には自分たちは撃っていなかっただろうが、と中将は怒鳴った。


 その間にも連合艦隊は、攻撃を続ける。

『大和』以下、潜水型戦艦部隊が、攻撃中止命令を発した直後に旗艦を失い混乱する第五群を至近距離か破壊していき、『越前』以下、戦艦部隊は夜間直接見えない距離から、砲撃を繰り返す。

 夜間弾着観測による射撃は、第四群を叩き続け、ウォークス中将はとうとうキレた。


『応戦しつつ、北上! 離脱する!』


 味方撃ちも辞さず、反撃を許可した。撤退はするが、その間に一方的に部下がやられるくらいなら、馬鹿にわからせるために大砲を撃ち込む。それで死んでもこちらは正当防衛だ。

 第四群からは、第五群が発砲しているように見えるからたちが悪い。しかもその第五群の艦艇も爆発している艦が相次いでいるから、第四群の中にもウォークスの命令を待たずに反撃している艦がいるように見えた。


 もう無茶苦茶であった。

 指揮官を喪失し、次席指揮官が任務を引き継ぐ前に、その旗艦が潰される第五群。日本軍だけでなく、第五群からも挟み撃ちにされ、その数は急激にすり減る。

 自衛のための反撃をしているつもりの第四群は、損傷艦を出しつつ、面舵をとり、北方へ艦首を向けた。


 だが、そこには第十四潜水戦隊の呂号潜水艦部隊と、潜水型駆逐艦で構成された第二水雷戦隊と第四水雷戦隊が待ち構えていた。

 第四群と第五群の同士討ちを誘発した開幕の魚雷攻撃を仕掛けた潜水部隊は、砲撃戦から離脱しつつある、第五群に雷撃戦を仕掛けた。


 軽巡『川内』率いる二水戦の第八、第九、第十、第十六駆逐隊は、64本の誘導魚雷により、損傷、炎上する巡洋艦にトドメを刺して、さらに戦艦3隻の行き足を止めた。

 続いて『神通』指揮の四水戦が距離を詰めて、隊列のばらけた第五群を1隻ずつ刈り取るように仕留めていく。


 第四群の旗艦『ペテスタイ』もまた、日本海軍水雷戦隊の待ち伏せと追撃を振り切れず、撃沈され、指揮官ウォークス中将も戦死した。

 異世界帝国前衛艦隊、第四群、そして第五群は、日本海軍の水上打撃部隊との夜戦により、立ち直れないまま、その戦力の大半を大西洋の波の中に沈めたのであった。

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