第791話、災難の第一群


 ムンドゥス帝国、前衛艦隊・第一群司令官、メリサ・カログリア中将は、惨めな気分を味わっていた。


 ニューヨーク方面に上陸予定の陸軍を載せた揚陸艦部隊は、日本軍の奇襲攻撃隊によって沈められ、空母戦力も壊滅した。

 残るところは戦艦、巡洋艦をはじめとする水上打撃部隊であり、肝心の陸軍がいないのでは、前衛艦隊としての役割の八割を果たせないのと同義であった。


 残る二割は、敵対勢力の撃滅。

 つまりは、目の前のイギリス艦隊を叩くことだ。空母を失い、制空権を奪われた今、できれば早々に退避したいが、それは許されない。

 せめて夜のうちに、イギリス艦隊との距離をつめて、これを叩き、明るくなる頃には、友軍主力に向かって移動する――これが当面の第一群の任務であった。


「今は上陸作戦ができずとも――」


 カモー参謀長は告げる。


「後続部隊のために、障害は排除しておくに限ります」

「わかっている」


 カログリアは顔をしかめた。参謀長のそれは、特に他意はなかったが、ご機嫌斜めのカログリアにとっては、癪に障ったようだった。

 他の前衛戦闘群――第二、第四、第五群の失態を尻目に、優越感に浸っていた彼女だが、人のことを笑っている余裕もない。現状の第一群の状況を知れば、同僚たちがどういう顔をするか考えて、ひとり苛立っているのである。


「最新の各群の状況は?」

「第二群は、米軍の想定以上の航空攻撃によって半壊状態。夜を前に、撤退に移ったようです」

「情けない」

「それだけ、苛烈な航空攻撃だったんでしょう」


 カモーは、真面目ぶる。普段なら、カログリアに同意から入る彼にしては珍しいことだった。

 相手が英軍相手だから第一群は、これで済んでいるが、第二群が相手をしていた米軍と戦っていたら、果たして自分たちは上手くやっていただろうか? そう思えばこその、第二群への同情的発言だった。

 だが、カログリアは、このカモーの態度を、遠回しの自分への批判と受け取った。


「どうされましたか?」

「……」


 自然に眉間にしわが寄ったカログリアに気づいてカモーが問うたが、カログリアは答えなかった。態度として褒められたものではないが、カモーは仕方ないという顔をして、小さく肩をすくめた。


 第一群は、戦艦20隻が健在。各巡洋艦も戦闘力を維持しており、このまま英艦隊と夜戦になったとしても、数で圧倒できる。

 そう考えていたのだが、唐突に右舷方向から、光が差し込んだ。


「何?」

「照明弾!」


 司令塔に響いたその声。第一群の艦首から右方向に、いくつもの光がふらふらと揺れていた。


「敵偵察機か!?」

「照明弾を落としたのか!?」


 動揺が走る。白くチカチカと輝く光が、落下傘によって、ゆっくりと落ちていく。それが複数。おそらく水上偵察機が、夜戦での攻撃を前に、辺りを照らしたと思われるが――


「敵か!? レーダー反応は?」

『味方以外に反応なし』


 レーダーセクションからの応答では異常なしだった。攻撃直前に、照明弾を合図に仕掛けてくるパターンは多いが、肝心の敵の姿がなかった。


「……いったい何?」


 怪訝な顔になるカログリアである。その時、艦内が騒がしくなった。


『こちらレーダー室! レーダーにスクリーンをかけられました! 艦隊の識別、探知不能!』

「何ですって!?」


 カログリアは緊張のあまり青ざめた。何の前触れもなく、レーダーが使えなくなるなどあり得ないことだ。

 今、この瞬間にも、敵が仕掛けてくる――カログリアは予感し、身を震わせた。



  ・  ・  ・



「目標、敵戦艦! 撃ち方始め!」


 巡洋戦艦『武尊』、尾形 七三郎大佐の号令と共に、第一群の戦艦群の懐に潜り込んでいた遮蔽高速戦艦は、46センチ三連光弾連装砲を撃ち込んだ。

 狙われたオリクトⅡ級戦艦は、防御シールドを張っていたが、『武尊』の三連光弾は、それを貫通し、至近距離でその分厚い装甲を貫いた。

 その結末は、オリクトⅡ級の轟沈だ。


 遮蔽に紛れ、転移中継装置を発動。T艦隊水上打撃部隊を呼び寄せたことで、航空戦艦『浅間』『八雲』、大型巡洋艦『石動』『国見』が、照明弾によって姿が露わになっている他戦艦に対して、目視による直接照準によって攻撃を開始した。

 さらに重巡『愛鷹』『大笠』『紫尾』が、戦艦隊の反対側の敵巡洋艦へ光弾砲を撃ち込み、随伴戦力を削る。

 T艦隊の殴り込み部隊は、異世界帝国第一群の艦隊の間を突っ切りながら、攻撃を仕掛ける。


 一方で異世界帝国側は、自艦隊の真ん中に現れた敵に対して、初動が遅れた。理由は簡単だ。敵を狙ったつもりの砲弾が外れたら、その奥にいる味方に当たる可能性があったからだ。


「まあ、撃ちにくいだろうな」


 T艦隊旗艦『浅間』で、栗田 健男中将は、皮肉っぽい表情を浮かべる。

 一見、挟み撃ちに見えるシチュエーションだが、互いに距離が近すぎたことで、迂闊に発砲できないのだ。高角砲や機銃でさえ、誤射で死傷者が出るのに、それより強力な主砲を撃って当ててしまえば、下手したら艦が沈むのだ。


「こちとら、ソロモンでもやっているからね。同士討ちしないやり方というのはわかっているんだ」


 部隊を複縦陣とし、それぞれの列で定められた片舷だけ狙う。味方のいる方向には撃たない。それを徹底すれば、誤射は起きない。やや複数列の間隔が狭いが、仕方がない。


「一航過で離脱! やったらさっさと逃げるぞ」


 栗田は命じた。『浅間』も艦首の二基の40.6センチ三連光弾三連装砲を振り向け、敵戦艦を大破させるが――


「『武尊』が強いですな」


 航空参謀の藤島少佐が苦笑する。砲の旋回が早く、また速射に優れる光弾砲を主砲にする『武尊』は、『浅間』の前を進むが、反航する敵戦艦を次々に吹き飛ばしていた。後ろに流れてくるのが、死にかけの大破艦ばかりというのが、『武尊』の攻撃力の高さを物語る。


「遮蔽を利用し、可能な限り素早く攻撃する、がコンセプトだからな」


 神明参謀長は呟いた。


「しかもこの距離だ。さぞ的には困らないだろう」


 艦隊という生き物の胴体を貫くように駆け抜けたT艦隊は、転移で離脱する。

 その襲撃により、第一群は戦艦8隻沈没、4隻大破、戦闘不能。重巡7、軽巡6が沈没ないし航行不能となった。

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