第135話、日米交渉の結果


 1943年に入って、合衆国海軍は、戦力を増強しつつあった。だが、異世界帝国を相手に戦うのはまだまだ先の話と思われていた。


 東海岸の造船所はともかく、西海岸の造船所の多くが、輸送船やタンカーなどを大量に建造しており、戦争継続に必要ではあるものの、敵艦隊と正面から戦える能力を問われると不安しかなかったのである。


 そんな折り、異世界人と戦う東洋の海軍大国、日本がアメリカ政府に交渉を持ちかけてきた。


 石油や航空機用高オクタンガソリン他、その他物資の輸出を再開してくれれば、日本海軍の保有する戦艦、空母を複数貸与する、と。


 太平洋艦隊司令長官ニミッツ大将は従兵にコーヒーを頼み、スプルーアンス参謀長と向き合う。


「正直、日本の提案には驚いた。まさかあの国が、戦艦と空母を提供するなんて」

「合衆国のような工業力はありません。建艦競争をすれば、我が海軍の数に到底及ばない……戦前では、そう言われていました」


 スプルーアンスは淡々と告げた。彼自身、アメリカ人としては比較的日本に好意的であり、かの海軍には親好のある将官もいる。

 だがそれはそれとして、冷静に両国を比較すれば、首を傾げざるを得なかった。


「彼らが資源を求めるのはわかります。石油で言えば、我が国からの輸入に頼るところが大きかった」

「日本の軍艦を建造できる造船所がどんなに頑張っても、合衆国に戦艦、空母を貸与できる余裕などないはずだった」


 ニミッツは考え深げな顔になる。1940年に両洋艦隊法が成立し、続々就役する予定の戦力が加われば、それだけで日本海軍を圧倒できる大艦隊を持つことができた。


 だが現実はどうだ?

 異世界帝国という強敵を前に、合衆国海軍は忍耐を強いられ、同じく異世界人と戦っているはずの日本軍は、彼らを圧倒しつつある。


「レイトンも不思議がっていたよ。辻褄が合わないってね」


 太平洋艦隊情報主任参謀であるエドウィン・レイトン中佐は、異世界帝国との戦争の前は、対日戦となった場合に備えて、太平洋方面での情報を収集、分析に当たっていた。

 今では対異世界帝国の情報収集を重視してはいるが、かの帝国と戦っている日本軍の動向にも注意を払い、収集も続けられている。彼らがやられれば、次は合衆国が危ない。日本軍は、太平洋での防波堤なのだ。


「現在、日本は、クズシマとかいう場所にある造船施設を用いて、戦艦や空母を量産しているらしい」


 ニミッツは秘密を明かすように、声をひそめた。


「情報部も、クズシマがどこか掴めていないのだが、現在の日本海軍の大増産の裏にそこが関わっている」


 現在の日本海軍には、戦艦、空母ともに20隻以上があると言われている。その数は、今の合衆国海軍の戦艦、空母の保有数を凌駕していた。


「にわかには信じられない話です」


 スプルーアンスは言ったが、彼も日本海軍の情報は受け取っている。信じる信じないもなく、事実なのだ。


「一体どんな手品を使ったのか」

「そう、東洋に伝わる魔術のなせる技だ」


 ニミッツは真顔だが、スプルーアンスには、彼のいつもの冗談だとわかった。太平洋艦隊参謀長となって、家族ぐるみの付き合いである。ニミッツがどういう人間かはわかっているのだ。


 アメリカでは、白人至上主義がまかり通っている。アジアなどの黄色人種を下に見るのは極々一般的であるが、同時に東洋の神秘、不可思議な魔術などが存在すると、本気で信じている者もいる。


 無知ゆえの誤解、ゴシップもある。スプルーアンスは、日本に魔術が存在するなど本気にしていないが、そうでもなければ説明できない、いや理解できないことがあるのもまた、事実だった。

 ニミッツとて、そうした偏見に基づく民族ゴシップは信じていないはずだが……。――いや、もし、かの東郷平八郎元帥が『ある』と言えば信じるのではないか。


「ともあれ」


 ニミッツの発言に、スプルーアンスは思考の海から浮上した。


「我らが海軍と合衆国は、日本の話に乗ることにした」


 石油や航空機用ガソリン、精密部品や装置、その他物資の輸入と引き換えに、日本軍は、太平洋艦隊が喉から手が出るほど欲しがっていた戦艦・空母を貸与した。


「太っ腹なことです」

「魔術云々はともかく、彼らとしても急激に増えた戦力に人員が追いついていないのだろうな」


 ニミッツは、そう考えた。異世界帝国との戦い、その初戦であるトラック沖海戦で、日本海軍は手痛いダメージを受けた。当然、戦前からの優秀な人員を多く失ったはずだ。


「せっかくの戦力を放置するくらいなら、共通の敵と戦う我々に貸しを作っておこう、ということなんだろうな」

「でしょうね」


 スプルーアンスも頷いた。それで彼らも戦争に必要な資源や物資を獲得しているのだから、お相子というものだ。


 かくて太平洋艦隊では、日本海軍から貸与された戦艦4隻、空母2隻が、ピュージェット・サウンド海軍工廠にてアメリカ海軍仕様の武装と装備を追加。その後、サンディエゴに移り、慣熟訓練中である。

 兵たちの士気が上がっているというのも、日本からの借り物とはいえ、異世界帝国にお返しができる戦力が整い出していることが影響していた。


「で、実のところどうなのだ? あれから何かわかったかね?」


 ニミッツは、貸与された艦艇について、スプルーアンスに質問した。あの艦の出所について、合衆国海軍としても疑念を持っていた。


「15インチ砲戦艦の方は、イギリスのリヴェンジ級がベースなのは間違いないでしょう。日本軍はシンガポールから英海軍の戦艦群を異世界人から奪取しました。イギリスは日本海軍に供与しましたから、それが回されてきたのかもしれません」


 日本海軍からの貸与戦艦は、16インチ(40.6センチ)砲戦艦2隻、15インチ(38.1センチ)砲戦艦が2隻である。双方とも連装砲4基8門の、一昔前のオーソドックスなタイプだった。


「すると16インチ砲戦艦のほうはネルソン級……ではないな。あれほど特異なシルエットをした戦艦を大改装するにしても、それだけ弄っておいてこちらに貸与するとも思えない」

「むしろ英国艦より合衆国艦の方が近い雰囲気があります。しかし、設計図と比べると、かなり構造が異なっているため断言はできませんが」


 スプルーアンスは言葉を濁す。ある水兵は、あの16インチ砲戦艦は『ネバダ』だ、などと言って噂となっていた。日本海軍が、異世界人が鹵獲した『ネバダ』と

『オクラホマ』を改造して、それを送ってきた、などなど。


「だが、違うのだろう? そもそもネバダ級は14インチ(35.6センチ)砲戦艦だ」


 ニミッツの言葉に、スプルーアンスも要領を得ない顔ながら頷いた。


 彼らは知らないものの、日本海軍がアメリカに提供したのは、本土防衛戦で撃沈した米戦艦『ネバダ』『オクラホマ』、シンガポール近海で沈んだ英戦艦『リヴェンジ』『ロイヤル・ソブリン』だった。


 前者は標準型戦艦構想に従って改装され、主砲を40.6センチ砲に換装し、内部構造も弄った上で、米国に渡した。米海軍が見破れなかったのはそれが原因だ。

 また、ご丁寧に砲は、外観こそ日本型41センチ砲だが、砲の内径をネルソン級の40.6センチのものにして、アメリカ海軍の砲弾規格に合わせてある。


 後者は、近江型=リヴェンジ級改造と同様に改装し、高速化が図られたが、砲についてはマークⅠ38.1センチ砲のまま、ただし仰角を引き上げ、射程距離を伸ばした改装をしてある。砲弾については、英国と手を組んでいるのだから、米国でも補給手配はできるだろう、という扱いだ。


「空母のほうはどうだ?」


 日本海軍は、空母も2隻貸与してきた。レキシントン級やエセックス級ほどの大型ではないが、軽空母や護衛空母よりは大きい中型正規空母サイズだ。


「こちらは、どの国のものとも違います。日本海軍風を装っていますが、……おそらく、異世界帝国の中型空母ではないかと」

「つまりは、撃沈した敵艦をサルベージし、使えるように改装している、というわけか」


 ニミッツは頷いた。日本海軍が、急激に戦艦、空母の数を増やしたカラクリもここにあるのだろう。ただ修理して改装するにしても、戦力化までの期間が恐ろしく短く、いまいち確信が持てないが。……本当に日本人は魔術でも使っているのではないか?


「……出自はどうあれ、戦力に違いない。我々も、ありがたく使わせてもらおうとしよう。来たるべき反攻のために」

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