第136話、戦力集結、太平洋艦隊


 1943年4月。

 ハワイにある異世界帝国こと、ムンドゥス帝国太平洋艦隊司令部。司令長官カスパーニュ大将は、真珠湾に集結した艦隊の偉容を眺め、満足げに頷いた。


「ようやく、艦隊が揃った! これで、いつ敵が攻めてきても叩き潰せる!」


 その恰幅のよい体格を揺らし、太平洋艦隊司令長官はご満悦だった。

 思えば、前任のエアル大将から引き継いだ主力艦隊は、その戦力の半数以上を喪失し、あるのは現地駐留部隊と鹵獲旧式艦隊ばかりという有様だった。もし日本軍が攻めてきたら、まともに対抗できたか怪しいものがあった。


 幸い、日本軍もフィリピン海海戦で負った傷が大きかったようで、艦隊が攻めてくることはなかった。しかし後任として任務に就いているカスパーニュにとっては、胃が絞られるような思いを味わっていた。


 マリアナ諸島の航空要塞化も、陸軍の期待に応えることができず、今だ完成していない。また、輸送船とその護衛艦隊は大きな損害を受けていた。


 このままでは自分の首も危ういと戦々恐々としていた。だから、ここにきて主力艦隊の補充が間に合ったのは、僥倖である。


 太平洋艦隊には、トラック島守備艦隊の他、各地に小規模警戒艦隊が展開している。だがもし敵の大規模攻勢があれば、地方の警戒艦隊ではおそらく阻止できず、敵の侵攻を許す結果となっていた。


 これまでは、そうした事態に反撃できる手段が限られていたが、カスパーニュの手元に主力艦隊が整った今、逆襲も可能となった。


 痩身のナターレ太平洋艦隊参謀長が口を開く。


「情報部の報告では、日本海軍とアメリカ海軍は、近いうちに攻勢に出る気配があるとのことですが」

「日本軍の狙いは、マリアナ諸島の攻略と、中部太平洋の奪回だろう」


 カスパーニュは冷静な声を出した。


「今の情勢で奴らが仕掛けてくる場所など、あそこしかあるまい」


 東南アジアからインド洋に出る? それともオーストラリア大陸を攻略する? いやいや、マリアナ諸島という、重爆撃機から本土を狙えるポイントを放置して、戦線を広げるわけがない。


 唯一気がかりがあるとすれば、マリアナを狙う素振りを見せつつ、太平洋艦隊司令部のあるハワイを急襲してくることか。


 少し前までは、その可能性が頭にちらついていたが、こうして戦力が整った今では、むしろ来るなら来い、とカスパーニュは強気である。

 ハワイの航空戦力と合わせて、敵を撃滅し、圧倒的な勝利を得てやろう!――カスパーニュには、それだけの自信があった。


 ムンドゥス帝国太平洋艦隊旗艦は、前任者の使っていた超戦艦『アナリフミトス』である。


 そして艦隊を構成する戦艦は40.6センチ砲戦艦のオリクト級15隻。34.3センチ砲搭載戦艦のヴラフォス級が同じく15隻。

 空母戦力は、リトス級大型空母5隻にアルクトス級中型空母10隻、グラウクス級軽空母15隻の合計30隻。

 重巡洋艦30隻、軽巡洋艦30隻、駆逐艦115隻が、太平洋艦隊主力に配備された。

 他の地方艦隊を含めずにこの戦力なのだから、カスパーニュも鼻息が荒い。


「参謀長、日本軍がマリアナ諸島を攻略しようとするならば、我が艦隊をこれを断固として叩かねばならない。そうだな?」

「はい、閣下」


 ナターレは背筋を伸ばした。


「気掛かりがあるとすれば、マリアナ諸島近海に潜む敵潜水艦隊ですが――」

「あ?」


 カスパーニュが不機嫌な声を出したので、ナターレは緊張する。


「確かに連中に対しては、まだ完全に対抗できたとは言い難い。何せ沈めに向かったヤツから沈められているからな!」


 しかし――とカスパーニュは眉をピクリと動かした。


「ウェークと、トラックに増強させた対潜哨戒機が、徐々に効果を出しつつある。依然として沈められておらんようだが、無事にマリアナに辿り着く輸送船の数も増えてきた」


 現場で見たわけではないが、上空から監視する哨戒機を増やしたことで、被害が減少しつつあったので、効果はあったのだろうとカスパーニュは思っている。


 敵潜水艦に手を出させなければ、撃墜できずとも勝ちに等しい。物資さえ届けば、マリアナ諸島の航空要塞化は進むのだから。


「早ければ今月末、遅くても来月には、サイパン、テニアンの飛行場が完成し、重爆撃機が、日本本土を空襲するだろう。これまで散々我々ムンドゥス帝国の覇道の邪魔をしてきた愚か者どもに、鉄槌を下すことができるのだ!」


 高笑いを響かせるカスパーニュ。ナターレは冷や汗を流しつつ、そう簡単に行くのか疑問を持っていた。だがそれを指摘して、また我らが大将の機嫌を損ねてしまうのではないかと、不安になる。


 が、ナターレが、その危惧を口にすることはなかった。その前に、一つの急報が飛び込んできたからだ。


「失礼します! カスパーニュ長官、ミッドウェー基地より緊急電であります!」

「なに、ミッドウェー……?」


 ハワイから北東方向におよそ2200キロの位置にある環礁、それがミッドウェー島である。元はアメリカ合衆国の領土であり、ムンドゥス帝国が、米太平洋艦隊を駆逐しハワイ諸島を制圧した後、ミッドウェー島も攻略したのである。

 現在、ここには監視基地と飛行場、そして守備隊が置かれているが。


「何があった?」

「はっ、ミッドウェー島が、敵航空隊の奇襲攻撃を受けました! 敵はアメリカ軍です!」

「なっ、アメリカ軍、だと……!?」


 カスパーニュは驚愕した。一方でナターレは目を伏せる。


 ――ああ、やっぱり来たか、アメリカ軍。


 参謀長が抱いていた不安は、最近、動きが活発化しつつあるアメリカ合衆国海軍だった。

 これまでは大西洋を中心に動いていたアメリカ軍だが、太平洋の艦隊も補充があったらしく、演習行動や哨戒活動が見られた。


 ムンドゥス帝国太平洋艦隊司令部にも、報告に上がっており、参謀団は警戒感を抱いていたが、当の艦隊司令長官であるカスパーニュはマリアナ諸島と日本軍に注力していたため、これを取り合わなかった。

 こちらから本土に近づかなければ、アメリカ軍は動かないだろう、と。


 だがその読みは、完全に外れた。


 アメリカ合衆国海軍は、再び太平洋に乗り出したのだ。日本軍が中部太平洋の奪回に動いていたように、星条旗の彼らもまた、合衆国領土を奪回するため、行動を開始した。


「そ、それで……、ミッドウェー島はどうなったのだ?」


 カスパーニュは喚くように、通信士官に言った。


「現在、交戦中とのことです。敵は複数の空母を運用しているようで、ミッドウェー航空隊は制圧されつつあります。また、戦艦を含む艦隊が接近中とのこと!」

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