第137話、米第三艦隊


 ミッドウェー島を襲撃したのは、アメリカ海軍、第三艦隊だった。


 その指揮官は、予定より早く中将に昇格となったレイモンド・A・スプルーアンス。太平洋艦隊参謀長から、前線指揮官として、反攻の第一段を担う指揮官に抜擢された。


 彼が指揮官に選ばれたのは、ひとえに異世界帝国との初戦、ハワイ沖海戦を戦い、生き残った実戦経験者であるからだ。特に評価されたのは、全軍総崩れとなった撤退戦の中、彼の指揮する第五巡洋艦戦隊は殿軍を務め、多くの将兵を救った。


 第三艦隊は、戦艦5隻、正規空母3隻、護衛空母5隻、重巡洋艦3、軽巡洋艦3、駆逐艦35から構成されている。


 その主力の戦艦と空母は、『コロラド』『サラトガ』を除けば日本海軍からの貸与艦艇である。

 戦艦は、16インチ(40.6センチ)砲戦艦が『ネブラスカ』『オレゴン』、15インチ(38.1センチ)砲戦艦は『バーモント』『ノースダコタ』と命名された。空母は『グレートブリッジ』『スプリングフィールド』となった。

 名前は、戦艦は州名、空母はこれまで通り、戦いのあった土地、南北戦争時代にちなんだ命名がなされている。


 これら主力の他、護衛空母『カサブランカ』『リスカム・ベイ』『アンツィオ』『コレヒドール』『ミッション・ベイ』の5隻も同行している。戦力不足に喘ぐ前線部隊からの要請で、計画提案から建造開始までが早まったおかげで、その分、完成が早まり今回の作戦に間に合った。

 速力には問題はあるものの、数としては大小8隻の空母が揃ったのである。


 まず攻撃を仕掛けたのは、第三艦隊空母群から発艦した攻撃隊130機だった。その航空機は、F6Fヘルキャット、SBDドーントレス、TBFアヴェンジャーである。

 このうち、F6FとTBFは新型となる。


 グラマンF6Fは、それまで空母の主力戦闘機であるF4Fの後継機となる。

 海軍は、異世界帝国の主力戦闘機ヴォンヴィクスの高速性能、運動性にまったく歯がたたなかったF4Fに変わる新型機の早期導入を求めた。


 すでに開発が進んでいた、チャンス・ヴォートF4Uコルセアは、2000馬力級エンジンに頑丈な機体、そして優れた高速性能で期待された。

 だが、その特異な形状と相まって、着艦時に重要な下方視界の不良、減速時の突然の失速など問題点が複数出て、空母運用について不適格とされてしまった。


 多分に新機軸、高性能を狙ったF4Uが空母戦闘機として失敗した一方、海軍はF4Fの強化発展型の開発をグラマン社に進めさせていた。


 それがF6Fヘルキャットである。プラット&ホイットニーR-2800エンジンを搭載したこの機体は、ずんぐりした鉄の塊じみた見た目に反して、最高時速600キロを発揮可能。異世界帝国の主力戦闘機にやや勝る速度を持っていた。

 新人でも扱いやすい操縦性と、パイロットを守る堅牢な防弾装備を持ち、重量と見た目の割に運動性も悪くない。

 何より優れた主翼の折りたたみ機構を持ち、空母に多数を搭載できるという運用面でも評価される機体だった。


 導入を急いだ結果、エンジンについて解決しなければならない問題も少々残っていたのの、前線で対応可能と判断され、こうして太平洋戦線に登場したのだった。


 そしてさっそく、F6Fヘルキャットの出番となる。

 アメリカ軍の接近をレーダーで突き止めた異世界帝国ミッドウェー島守備隊は、ただちに迎撃機を発進させ、上空を警戒していた航空隊が、真っ先に向かってきた。


 マリアナ諸島で、日本海軍の奇襲に悩まされていた異世界帝国は、早期の防空態勢が取れるよう各基地に指導、注意を促していたものの、その本気度という点で見るならば、まだまだ油断があった。


 特にミッドウェー島は、第一の敵である日本海軍もわざわざ攻めてくることはないだろう、と、守備隊は高をくくっていた。アメリカ軍が襲来するなど、まったく想定していなかったのである。


 少数の防空戦闘機は、高速で飛来する熊ん蜂の如き、ネイビーブルーの戦闘機にたちまち襲いかかられた。6丁の12.7ミリ機銃の猛撃はヴォンヴィクス戦闘機を容赦なく貫き、撃ち落とした。


 F6F戦闘機隊が異世界帝国の防空隊の相手をしている頃、SBD艦上爆撃機、TBF雷撃機が、ミッドウェーの飛行場に殺到した。

 SBDドーントレスは、開戦時より米空母航空団における主力偵察爆撃機である。新型機の開発は進められているものの、いまだ現役であり、実のところ性能で言えば、日本海軍の九九式艦上爆撃機よりも優れていた。


 一方、TBFアヴェンジャーは、どうしようもない鈍足だった旧式のTBDデヴァステイターに変わる新型雷撃機だ。グラマン社特有の頑丈な機体と、超重量でありながらデヴァステイターよりも速度に勝る期待の新鋭機である。


 本来は雷撃機――魚雷を積んでいるのだが、今回は基地攻撃のため爆装して出撃した。これら攻撃隊は、発進間近の敵戦闘機もろとも滑走路、そして飛行場を叩く。


 ほぼ一年間、本土でくすぶっていた米太平洋艦隊は、異世界帝国への復讐に燃えていた。

 迅速な攻撃により、異世界帝国ミッドウェー島守備隊は、その航空兵力の大半を喪失した。


 米攻撃隊が去った後、施設の復旧と難を逃れた航空機を引っ張り出されたが、そこへ第二次攻撃隊が襲来し、再び飛行場は襲撃された。

 今度こそ完全に残存機を破壊され、航空隊は全滅。だがアメリカ軍の攻撃は止まらない。


 戦艦『ネブラスカ』ら4隻の高速戦艦と巡洋艦戦隊が、ミッドウェー島に接近。残る施設に対して艦砲射撃を見舞ったのだ。


『ネブラスカ』『オレゴン』が40.6センチ連装砲四基八門。『バーモント』『ノースダコタ』が38.1センチ連装砲四基八門を撃ちまくり、ミッドウェーのサンド島、イースタン島の施設を粉砕した。


 なお、この時、スプルーアンス中将は、旗艦を重巡洋艦『ノーザンプトン』から『ネブラスカ』に変更し、ミッドウェー砲撃を指揮した。


「提督が、わざわざ旗艦を変更して、最前線に乗り込むとは意外でした」


 参謀長のカール・ムーア大佐は、スプルーアンスに言った。


「そうかね?」


 すました顔のスプルーアンスである。万事において控えめ、積極的に前に出るタイプではないが、やれば確実に遂行してみせる人物である。


「人には、一つや二つ叶えておきたいと思うことがあるのだよ」

「といいますと?」

「……笑わないでほしいが」


 スプルーアンスは、はにかんだ。


「私は、戦艦戦隊の司令官をやりたいと思っていた」

「……は、はあ」


 笑うところなのだろうか、とムーアは思う。スプルーアンスは続けた。


「開戦前、第五巡洋艦戦隊の司令官に任命された時、大いにがっかりしたものだ。しかし他の候補が、兵器局か大西洋艦隊参謀長だったからね。渋々、巡洋艦戦隊司令官の辞令を受け取った」


 だがその第五巡洋艦戦隊時代に、異世界帝国との戦争となり、ハワイ沖海戦の撤退戦で活躍したのだから、わからないものである。


 もし希望していた戦艦戦隊の司令官となっていたら、果たしてハワイ沖海戦を生き延びることができたのか怪しいところだ。何せ、その時参加した戦艦8隻は、全艦もれなく撃沈されたのだから。


 第三艦隊は、ミッドウェーへの攻撃を終えた。航空機に少々被害が出たが、それ以外の損害は皆無。

 米太平洋艦隊から、異世界帝国軍への名刺代わりとばかりの攻撃を済ませた後、第三艦隊は撤退したのである。

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