第166話、ガラパン捜索戦
サイパン島西海岸に位置するガラパン町。日本の委任統治領だった頃、本土から多くの日本人がやってきて発展した町である。
「昔は普通にガラパンだったんだがな」
日本海軍特殊部隊『
「最初にやってきたのは、スペイン人だった」
遠くから銃声が聞こえた。遠木と、彼に続く日本兵は一瞬、その音に注意を払ったが、すぐに移動を再開した。
「原住民であるチャモロ人を追い出した結果、このサイパンはしばらく無人島だったらしい」
「へぇ、無人島ですか」
部下である藤林中尉は口をへの字に曲げた。三十代半ば、小柄だが、その顔はどこか悪戯っ子のようなふてぶてしさがあった。彼は分隊に指示を出して、通りを素早く横断させる。
「とても、そんな風には見えないですな」
「第一次世界大戦の後、ガラパンにサイパン支庁が置かれた。おかげで近代化が進み、サイパンの中心となった」
学校や病院、内地同様、様々な公共施設が建ち並び、サイパンの行政、そして経済の中心地として機能するようになった。その日本風の街並みは、『南洋の東京』と言われた。
「裁判所はもちろん、銀行や映画館。風呂もあるぞ」
「いいですな。作戦が終わったら、熱い風呂に入りたい」
藤林の緊張感のない声に、部下たちも声を落として笑った。
「あー、でも持ち合わせがないな……。銀行があるって言ってましたね? ひとつ大金を下ろしにいきますか!」
「藤林、今行ったら銀行強盗だぞ」
「何せ無人だから」
藤林は肩をすくめる。ガラパンの街並みは静まり返り、民間人の姿はない。
「おかしいな。無人のはずなのに、何で銃声が聞こえるんです?」
「俺が盗みをやらかす不届き者を成敗しているからだ」
「あははっ! はい、気をつけます。盗みはしません」
「俺が許可した物以外はするな」
「どのような物なら盗んでいいんですか?」
「異世界人の持っていた物だ」
遠木は手に持つ小銃を、少し持ち上げた。異世界帝国の魔力ライフルである。藤林は苦笑する。
「中佐は手が早い」
「我々の任務には、異世界人の持ち物集めの他に、連中に関する情報を持ち帰ることも含まれている」
「敵を知り、ってやつですな」
「海軍も陸軍も、異世界人のことを何でも知りたがっている」
敵がこの世界のどこから来て、何を目的にしているのか。何を目指しているのか。本拠地はどこか、などなど。
「奴らはとかく謎が多い」
「それで、我々はいち早くガラパン町に踏み込んで、連中の痕跡を探してる」
「そういうことだ」
現部隊は、サイパン攻略の陸軍と行動し、現在はガラパン町に敵がいないか斥候を兼ねた捜索任務についている。
「普通に考えたら、敵が町に立て籠もっていてもおかしくないんだがな」
「無人の町なら、遮蔽も多い分、守りやすいですからね。でも沖からの艦砲射撃を警戒して、立て篭もりを諦めたのかも」
ガラパン町は西海岸。そしてスペインの次にきたドイツによって、港などが作られた。連合艦隊がマリアナ諸島にきた時、当然の如く艦隊は、サイパンはじめ各島の異世界帝国軍守備隊と基地施設を砲撃したのだった。
「この分だと、ガラパン町にまとまった敵はいないようだな」
「ほぼ無血占領……楽でいいですな」
「そのほぼ、というのがミソだな」
遠木は、気配を感じて遮蔽に身を寄せる。兵たちが小銃を構える中、建物の陰から異世界帝国の装甲兵が現れた。
「寸胴だ!」
藤林が叫び、伊式小銃を撃った。分厚い装甲服をまとったファットマンという姿の装甲兵は、そのタフさを武器に、被弾に耐えながら手にしたマシンガンなどで反撃してくる。
「死に損ないめ」
遠木はWER-05ライフルを構えて、引き金を引いた。銃口から光が瞬き、ミシンのように小刻みな連射で魔力弾が放たれる。敵装甲兵の厚い防弾服に縫うが如く跡が残ると、装甲兵はバッタリと倒れた。
「お見事です、中佐! やっぱその銃、強すぎですな」
藤林が言うと、遠木は皮肉げに口元を歪めた。
「撃つのに魔力が必要だからな。誰でも使えるなら、俺が持っていないよ」
兵たちが周囲を警戒しつつ、倒れた装甲兵のチェックに向かう。顔全体を覆うマスク兼ヘルメットを外すと、その兵はあまりの臭気に顔を背けた。
それを見た遠木と藤林は顔を見合わせて頭を振った。
「まあ、装甲兵の段階で死体兵なのは想像がついていましたけど」
死体だから臭い。兵が背けたのはそういう理由だ。
「連中の置き土産だろうな」
「死体じゃなくて、生きている異世界人はいないですかね?」
「それを探しに俺たちが来ているんだ」
遠木は前進を命じると、ガラパン町を進む。死体兵が徘徊するゴーストタウン。戦闘になるから住民が避難した、というわけではない。
「ここには1万以上の日本人と現地民がいた」
異世界人は、ここにいた住民たちを根こそぎ浚った。後方の拠点、あるいは敵の本拠地だろうと推測されうが、異世界人は占領地の地球人を連れ去っている。
「そういえば、中佐。さっきスペイン人が、サイパンの先住民を追い出したって話してましたけど、そいつらどこに行ったんです?」
藤林が聞いてきた。部隊は街の中の建物内を一軒ずつ調べていく。
「グアムに移されたらしい。まあ、今じゃサイパンに戻ってきた者もいたって話だが」
「……なるほど。せっかく戻れたのに、今度は異世界人に連れ去られたわけか」
ガラパン町の捜索は続く。歩く死体である装甲兵が単独で徘徊する以外に、敵兵の姿はなかった。
町の外周を回っていた遠木たちだが、遠くからか『万歳』の声が聞こえてきた。
「陸軍さんが、支庁を押さえたみたいですな」
藤林の言葉に、遠木は微笑した。
「ガラパン町奪還。……ということにになるのかな、一応」
まだ残敵掃討は終わっていないが、町のかなりの部分の捜索が済んでいるため、残りを探ったとて、敵の大部隊が潜んでいるということはないだろう。
「結局、今回も空振りですかね」
異世界人の捕虜の獲得――サイパンでの戦いでは、現部隊も、何人かの異世界軍人と遭遇した。普通に交戦となり倒した者もいたが、何人か取り押さえることに成功した。だが味方陣地に護送しようとすると、何故か途中で発作を起こし、死んでしまうのだ。まるで溺死するように、もがきながら。
捕虜にならないように、毒薬を忍ばせているのではないか――というのが、陸軍を始め、異世界帝国軍地上部隊を戦った者たちの意見。しかし検死では、毒物は確認されていない……。
「何なんでしょうね、アレ」
「ん?」
藤林が煙草を取り出しながら、顎でそれを指した。町中に真っ黒な柱のようなものが建っている。電柱の一瞬にも見えるが、特に電線が走っているわけではない。
「マイルストーンという説もあるな。一定の距離を置いて設置されているやつ」
遠木は、味方内で言われている説を口にしたものの、本当かどうか疑ってはいる。異世界帝国の占領地には、どこも同じデザインの黒い柱があった。だが電灯がついているわけでもなく、機能や意味は不明。標識とか目印という見方がもっぱらだが……。
「異世界人の神像か何かだったりして」
藤林は冗談めがして言った。柱を神様扱いとか、ちょっと考え難いが、世界が変われば、そういう『まさか』も案外あり得るかもしれない、と思った。
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・『現(うつつ』部隊:日本海軍が編成した特殊部隊。構成員の半数以上が、何かしらの能力(魔法など)を持つ能力者である。敵地への潜入、破壊工作、情報収集、友軍主力の攻撃座標指定など、多様な任務をこなす。主力となるのは二個歩兵小隊だが、分隊単位での行動が中心。部隊には、多種の魔法装備の他、車両、航空機も少数ながら配備されている。
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