第239話、新設艦隊計画


 神明大佐は、陸軍の杉山大佐と打ち合わせの後、第一機動艦隊に戻った。戦艦『伊勢』で、小沢中将に報告した後、定期連絡にきた秋田中尉を捕まえ、内地の連合艦隊司令部へと飛んだ。


 小沢と神明は、揃って連合艦隊旗艦『播磨』に転移した。なお、『播磨』と同型の『遠江とおとうみ』の姿がある。

 戦艦『遠江』は、播磨型戦艦の二番艦――つまり、異世界帝国のメギストス級大型戦艦である。


 中部太平洋海戦にて、撃沈した敵艦隊旗艦『アナリフミトス』の、鹵獲、再生艦である。竣工したての『遠江』は第一艦隊第一戦隊に編入されたのだ。


 山本五十六長官は、小沢と神明を迎え、さっそくセイロン島攻略とその後の経過についての報告を聞いた。

 そして、今後の展望についても。


「――セイロン島は防壁だ。それを維持することができれば、陸軍の大陸決戦にも海軍として貢献できる」

「まあ、陸軍に対するこちらからの要求にも、少しは応じてもらえるんじゃないでしょうか」


 小沢の言葉に、山本は腕を組んだ。


「我々海軍は、異世界帝国太平洋艦隊を排除し、太平洋の安全の確保が優先される」


 従兵に地図を持ってくるように指示する。


「第一機動艦隊には、太平洋に戻ってきてもらう。日米合同艦隊によるハワイ攻略作戦もある。今度こそ、異世界帝国の太平洋艦隊にトドメを刺す」


 そのためには――机に広げられた地図を、山本は指した。


「我々は、マーシャル諸島の奪回を図り、米海軍はミッドウェーを攻略する」


 日米合同艦隊――小沢と神明は顔を見合わせた。


「それで、長官。我々が撤収した後は、どうなりますか?」


 小沢は問うた。セイロン島は防壁と称した山本と連合艦隊司令部の判断は――


「うん、以前、神明君が提案してくれた潜水遊撃艦隊案に沿って、潜水機能を有する艦隊を新設して、インド洋の守りにつかせようと思っている」

「なるほど」


 小沢にも何となく想像がついた。それというのも、セイロン島攻略時に、その雛型ひながたともいうべき編成で、甲第二部隊を編成したのだ。


 戦艦『武蔵』を旗艦に、空母2、巡洋艦7、駆逐艦8、他潜水艦など、全て潜水行動が可能な艦で構成されていた。


「インド洋は内地からは遠すぎるからな」


 山本は鷹揚に言った。


「有力な艦隊が相手でも、潜水して逃れ、隙をついて奇襲し、これを叩く――君ら、第一機動艦隊が東洋艦隊の現存艦隊主義に手を焼かされたように、存在し続けることで、敵に圧力を与える」


 敵との決戦を避けて、自軍の戦力を温存すること。戦わずとも、存在だけで相手に潜在的な脅威を与え、その行動を制限させる。

 いざ交戦すれば勝てたのだが、戦うまで中々姿を見せなかった異世界帝国東洋艦隊には、絶えず警戒を強いられたものだ。


「この艦隊の指揮官だが――」


 山本は、どこか遠慮するような声になった。


「潜水機能を持つ艦艇の運用に長けた指揮官となると……あの人しかいないと思うが」

「武本中将ですね」


 第七艦隊司令長官にして、現在、第一機動艦隊にいる。おそらく海軍中将最高齢の指揮官。魔技研とも第一次世界大戦の頃にはかかわっていた。復帰前まで幽霊艦隊を率いて、フィリピン海海戦では、敵上陸船団を潜水戦闘艦隊で撃滅した男だ。


「あの人ほど適任はいないでしょう。何より経験豊富ですから」


 小沢も認めた。つまりは、武本を、新設艦隊指揮官に引き抜かれるということになる。


「現在、魔技研の協力で、新艦隊用の艦を揃えているところだ。相変わらず艦艇だけは回収したものがあるのでね。ただし人員不足だけは、そう簡単にはいかないが」


 すでに現在の日本海軍の保有する艦艇は、これまでの中でも最大規模である。しかし一方で、戦争初期の第一次トラック沖海戦によって熟練した士官、兵が大量に失われたのが尾を引いている。


「順次、増員はかけているが、当面は充分な数にはならないかもしれない」


 山本は席を立つと、とある資料を持って戻ってきた。


「まだ仮案なのだがね――」


 戦艦4隻から6隻。空母3隻+1。大型巡洋艦2から4隻。巡洋艦6隻。駆逐艦16から24隻。潜水艦9隻。


「なるほど、戦艦6隻の存在は、敵もそれなりに強力な部隊を送らざるを得なくなりますな。抑止力としては悪くない」


 小沢が口元を緩めた。正直、空母や遠距離からの誘導弾攻撃ができる艦が望ましいが、いまだ戦艦の存在は、警戒の対象となる。何より武本ならば、下手な空母より上手く扱いこなすだろう。


 しかし、戦艦6隻、それも潜水可能艦を新たに配備するとなると、人員の負担もまた大きい。他の艦艇にしてもそうだ。新兵はもちろん、人員を余所の艦艇から引き抜くことにならざるを得ない。


「実際は、戦艦4隻を送れれば御の字なんだがね。魔技研が研究している無人艦艇構想、あれが実用に耐えるものなら、人員の不足を補うこともできるのだが」


 山本は、ちら、と神明を見た。


「一定のレベルのある能力者を動員すれば、ある程度は誤魔化せます。本当は人数がいたほうがいいのですが」


 大型巡洋艦『早池峰』や、重巡洋艦『古鷹』『加古』など、魔核と能力者のみで、最小人数まで絞って運用した艦はある。しかし、現場の声としては、規模に対して少なすぎるという問題が上がっていて、適切な人数やその役割分担など見直す点も多々あった。


「実はセイロン島土産で、敵のゴーレムと呼ばれる兵器を動かすコアによく似た、航空機を動かしていたとされるコアを手に入れました」

「ほう……」


 神明は、持ってきた魔法鞄から、その球体を取り出す。初めてみる魔道具に驚く山本だが、その注意はすぐに球体に向いた。


「異世界人は、この球体で航空機を飛ばしているのか?」

「今回、確認された英国の鹵獲戦闘機には、コクピットにこれが載せられていました」


 無人機ということになるだろうか。人が乗らずとも、航空機を飛ばしていたとされる。


「解析と検証が必要ですが、異世界人のゴーレムなり、このコアを利用すれば、人員不足の一助になるかもしれません」

「それはつまり……!」


 山本が息を呑み、小沢はニヤリとした。


「こちらも無人の航空機を運用できるかもしれんということです。後、それだけではないのだろう、神明?」

「はい。艦艇の方でも、魔核とこのゴーレムのコアなどを繋げれば、先の能力者たちの操艦の補助に活用できると思われます」


 さほど難しくない操作や作動を、コアが動かしてくれる。先の例に挙げた『早池峰』でもそうだが、コアが補助人員の役割を果たせば、その分の能力者を別の艦に回せる。魔核と能力者の負担を軽減することで、魔核も働きやすくなる。


「究極的には、能力者以外でも命令すれば、その動作をやってくれるようにできれば、と思います。そうすれば能力者に頼らず、今ある艦艇の人員不足を補えるかと」

「素晴らしい!」


 山本の顔が綻んだ。


「これは、ぜひとも実用化してもらいたい。どれくらいで出来そうか?」

「解析からですので、まだ何とも。お許しいただければ、これからでも九頭島へ飛んで調査します」

「すぐ、そうしてくれ! 小沢君、悪いが神明君に、この研究を最優先でやってもらいたいが――」

「そうですな……。東洋艦隊は叩きましたし、内地に帰るまで当面大きな戦いもないでしょうし」


 小沢は苦笑した。頼りにしている参謀を引き抜かれるは痛いが、これは海軍のこれからにも関わることだからやむを得ない。

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