第150話、かつての同胞
連合艦隊と異世界帝国太平洋艦隊が激突している頃、トラックからマリアナ諸島へ進出する異世界帝国艦隊に対処するため、一度マリアナ方面に後退した第三艦隊では、攻撃隊の準備が進められていた。
実は今朝より、南方――おそらくニューギニア方面から敵重爆撃機がマリアナ方面へ飛来しており、第三艦隊にも直掩の支援に戦闘機が幾分か割り振られていたりする。
――その点は、山本長官の判断は正しかったというわけだ。
第三艦隊旗艦、戦艦『伊勢』で、小沢中将は思うのである。
当初は、トラックからの敵に第二艦隊を戻して迎撃させるべきだったのでは、と第三艦隊司令部でも指摘が出た。
敵太平洋艦隊との決戦を前に、主力空母部隊が抜けるのは、戦術の鉄則に反するのではないか、と。
だが現実に、敵は陸軍航空隊も用いて、マリアナ諸島防衛に戦力を裂いている。仮に第二艦隊が戻っていた場合、あまり多いとはいえない空母部隊は、マリアナ攻略部隊の防空か第二艦隊の援護、どちらかの任務を放棄せざるを得なかっただろう。
前者を見捨てれば、マリアナ攻略に支障が出ただろうし、後者を見捨てれば、戦艦6隻、空母4隻を有する敵トラック艦隊に、第二艦隊は劣勢で挑まなければならなかった。
第三艦隊は、潜水艦部隊である第六艦隊の支援のもと、敵トラック駐留艦隊の位置と戦力を把握している。
相手はわかっている。だがその正体について考えると、小沢にも思うところがあるもので。
――砲術屋たちは、躊躇うと考えたのだろうか。航空の人間なら、まだマシに向き合えると。
戦艦を無用の長物扱いしていた航空屋や搭乗員なら躊躇いなく、戦えると山本長官は考えたのではないか。第一艦隊、第二艦隊の砲術屋たちでは、本気になれない、と。
――まあ、気分のいいものではないな。
・ ・ ・
第三艦隊、各空母から攻撃隊の出撃準備が進められる。
出撃前、飛行長が搭乗員たちに作戦内容と攻撃目標、必要な情報を伝達するのだが、黒板に貼られた識別図に、搭乗員たちは困惑した。ある者は諦めの境地、またある者は見間違いではないかと何度も瞬きする。
「これが今回の攻撃目標。我々が撃沈する『敵艦』だ」
飛行長の言葉にざわめきが止まらない。たまらず今回が初陣の少尉が挙手した。
「すみません。自分の目には、長門型、伊勢型、扶桑型に見えるのが混じっているのですが」
「その通りだ。貴様の目は正常だ、少尉」
飛行長は顔をしかめた。
「敵トラック駐留艦隊は、『長門』を始め、トラック沖海戦で撃沈された我が帝国海軍の誇る艦艇を鹵獲、改修して運用されている」
「……」
搭乗員たちは神妙な表情になる。ここにいる者ならば、戦艦『長門』は日本の誇り、伊勢型、扶桑型戦艦は、連合艦隊の象徴として国中に知られた存在であることを知っている。
ある程度海軍にいた者ならば、一部戦艦に対して否定的な見方をするが、海軍に入って日が浅い新人たちにとっては、非常にショッキングなことであった。……まさか、自分たちがあの『長門』らと戦わねばならないとは!
「航空機こそ主役と我々は思い、これまでやってきた。予算を戦艦に取られて、やっかんだこともあった。だがそれらが敵に利用される姿は、見るに忍びん」
飛行長は語気を強めた。
「撃沈せよ。敵の手から、我ら海軍のフネを解放してやるのだ!」
「オオッ!!」
自然と搭乗員たちから咆哮じみた声が出た。ベテラン、新人問わず、鬼気迫る形相になっていた。
それが第三艦隊、各空母で自然と発生した。時代遅れの大砲屋と、戦艦に恨み節のある者たちも、この時ばかりは関係なく、気持ちは一致した。
やがて、搭乗員たちはそれぞれの機体へと乗り込む。漲る戦意。経験者、新人問わず、ここまで一体感を感じて任務に当たるのは初めてかもしれない。
空母の甲板を、轟々とエンジン音が響き渡る。獰猛なる猛禽たちが、今や遅しと出撃を待つ。
『発艦始めー、発艦始めー!』
その時は来た。零戦三二型、九九式艦爆、九七式艦攻が次々と発艦していく。
第三艦隊9隻の空母――『翔鶴』『瑞鶴』『大鶴』、『翠鷹』『蒼鷹』『白鷹』、『赤城』『加賀』『大龍』を飛び立つ艦載機隊。その様子を、旗艦『伊勢』の艦橋から、小沢中将は見上げた。
参謀長の山田少将が後ろに立った。
「各空母より、攻撃隊発艦。搭乗員たちは、意気軒昂。怯む者はいなかったとのことです」
「そうか……」
敵トラック駐留艦隊の大半が、かつての日本艦艇と知り、兵たちが戦意を喪失するのではないか、と危惧していた。
作戦前から、上級佐官たちの間では共有されていた話ではあったのだが、若手や新人たちが変に不安がるのもよくないので、暗黙のうちに伏せられていた。そもそも、あまり愉快な話でもないので、知っている者もあまり触れたくない話だったのだろう。
さすがに『敵』として出たからには、隠すのは不可能である。ここで搭乗員全員に知れ渡ることになったのだが、皆やる気を出しているのは、飛行長なり艦長、あるいは航空戦隊司令が上手く訓示したのだろうと思う。
自分は折よく、戦艦にいて、搭乗員相手に訓示する機会はなかったが、以前のように空母にいたら、どう話しただろう、と小沢は考えた。
「後は、実際に標的を前に、怯まないといいのですが」
山田が懸念を口にした。作戦説明の場面ではどれだけ士気があろうとも、実際にそれを目にした時の感情はまた別である。
もし大砲屋たちなら、攻撃目標をかつての憧れだった戦艦や巡洋艦に向け、それが壊れていくところをずっと見続けることになっていただろう。それは大変辛いことだと思う。
搭乗員の中にも、かつて配属されたことがある思い出の艦が『敵』としているかもしれない。
「そう深刻に考えることはないかもしれんな」
小沢は独りごちる。そうとも、沈没艦回収は何も異世界人だけではない。魔技研をはじめ、我が海軍でもやっていることだ。
今の連合艦隊には、異世界帝国艦だけでなく、かつての英米艦も改修して使用している。よくよく考えれば、日本海軍も同じことをやっているのだ。
「さっさと沈めてしまえばいい」
小沢は言った。
「そうすれば、こちらで回収して、また戦力に組み込むだけだ」
魔技研の技術があれば、またそれらが連合艦隊に戻り、異世界人相手に雪辱を果たす機会も来るだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・大鶴型大型空母:『大鶴』
基準排水量:5万トン
全長:320メートル
全幅:49メートル 水線幅:35メートル
出力:18万馬力
速力:30ノット
兵装:12.7センチ連装高角砲×16 25ミリ三連装機銃×20
20ミリ連装機銃×44
航空兵装:艦載機×120機
姉妹艦:『紅鶴』(再生・改修中)
その他:ムンドゥス帝国の主力大型空母を、日本海軍が回収、改装を加えて配備したもの。元の艦は装甲空母であるものの、広い甲板全体に行き渡らせた結果、防御能力は実はさほど高くなかった。しかし魔技研の改装で、防御力が強化された。
・翠鷹型空母『翠鷹』
基準排水量:2万3400トン
全長:252メートル
全幅:34.0メートル 水線幅:29メートル
出力:15万2000馬力
速力:32ノット(水抵抗軽減で35ノット)
兵装:40口径12.7センチ連装高角砲×8 25ミリ三連装機銃×16
航空兵装:艦載機×72機
姉妹艦:『蒼鷹』(『ヒルデンブルク』)
その他:スカパフローで自沈したドイツ巡洋戦艦『デアフリンガー』を空母に改装したもの。元から210メートルの全長があったが、さらに魔式補強によって船体を42メートル延長している。搭載数では翔鶴型に準ずる能力を持つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます