第668話、タラント軍港空襲2
明け方のタラント軍港は、真っ赤に燃えていた。
軍港奥へと攻撃の手を広げる暴風戦闘機隊に対して、魚雷を搭載した業風戦闘機が手前となる湾内を低空で飛ぶ。
業風は戦闘機であるが、米軍の生み出したF6Fヘルキャット、その兵装オプションの豊富さは驚異であり、魚雷さえも装備可能とした。
T艦隊は、業風を戦闘機としてではなく攻撃機として活用する。水雷防御網の外にいる装甲巡洋艦に対して接近、浅深度雷撃を敢行するのだ。
標的となったのは、サン・ジョルジョ級装甲巡洋艦『サン・ジョルジョ』と『サン・マルコ』、そしてピサ級装甲巡洋艦『アマルフィ』だった。
サン・ジョルジョ級は、第一次世界大戦以前に作られたイタリア最後の装甲巡洋艦級である。
排水量約9800トン、全長140メートル。45口径25.4センチ連装砲二基四門と、砲の大きさだけなら重巡洋艦以上。速射性能と砲門の少なさで、圧倒されてしまうのだが、装甲部分は、条約型重巡を凌駕する部分もある。
ピサ級は、サン・ジョルジョ級の前級であり、武装と装甲がやや軽装であることを除けば、ほぼ性能は変わらない。速度は双方23ノット前後である。
『アマルフィ』は第一次世界大戦でUボートの雷撃で沈んだが、『サン・ジョルジョ』と『サン・マルコ』は、旧式ながら第二次世界大戦当初も使用されていたりする。
だが、より脅威の度合いを増した航空攻撃の前には、対抗できず、片舷に魚雷が集中し、転覆した。
同じように陸地に近かった戦艦『ウィーン』も、業風の雷撃の餌食となった。
戦艦『ウィーン』は、オーストリア・ハンガリー帝国海軍のモナルヒ級戦艦の1隻である。
排水量5541トンと、軽巡洋艦程度しかなく、全長も99メートルと、小型駆逐艦並み。弩級戦艦以前の旧世代もいいところ。
主砲も24センチ連装砲二基四門と、実はサン・ジョルジョ級やピサ級装甲巡洋艦以下だったりする。
……ちなみに、これらイタリア装甲巡洋艦は、自国では二等戦艦扱いではある。
モナルヒ級は、どちらかといえば海防戦艦というべき代物で、実際、航空魚雷の連続攻撃に耐えきれるものではなかった。
残る3隻の戦艦のうち、『フィリブス・ウニティス』、『セント・イシュトヴァーン』は、テゲトフ級に属し、かつてのオーストリア・ハンガリー帝国海軍の保有した唯一の弩級戦艦である。
こちらは弩級戦艦らしく2万トンに近い排水量を持ち、主砲も30.5センチ三連装砲を四基を装備し、欠点はあるものの、主砲配置は近代戦艦のそれに近く、中々進んだものがあった。
……なお4隻中2隻は、幽霊艦隊が回収し、潜水型大型巡洋艦として日本海軍が運用していたりする。
残る『レジーナ・マルゲリータ』は、イタリア海軍のセミ弩級戦艦であり、テゲトフ級とモナルヒ級のちょうど中間程度の排水量と大きさを持つ。主砲はアームストロング40口径30.5センチ砲を連装二基四門。日露戦争の『三笠』ら敷島級の前年就役という、そのレベルの戦艦である。
これらは位置的に水雷防御網で守られていたため、雷撃を受けることはなかった。
が、日本海軍が、これらを見逃すはずがない。
T艦隊を導いた彩雲改二が、高空で転移爆撃装置を作動。深山Ⅱ大型攻撃機を呼び出したのだ。
「下は派手にやってるな!」
機長の日高大尉は、相好を崩す。
「目標は戦艦! ――高尾大尉?」
「いけます」
深山Ⅱは高空より、大和型の46センチ砲弾改造爆弾を投下する。
能力者の高尾大尉のコントロールによって制御された1460キロ爆弾は、テゲトフ級戦艦――『セント・イシュトヴァーン』に吸い込まれた。そしてその薄い甲板装甲をあっさり貫通し、恐るべき威力を、戦艦の艦内にて発揮させた。
爆沈。
ユトランド沖海戦以降の、甲板の水平装甲を強化した戦艦と違い、上からの攻撃に弱い旧世代艦には、その一撃は強力過ぎた。
「敵戦艦1隻、轟沈!」
「ようし、次の戦艦を狙え!」
日高は声を弾ませた。戦艦といえど対空防御の甘い旧式は、簡単に吹き飛んでしまう。こういうのは楽でいい。
「しかし、煙も凄いな」
タラント軍港の艦艇が炎上している。燃料施設もまた爆撃の対象となったため、激しく燃えているのだ。
さらに洋上の空母『翔竜』が転移中継装置を用いて、鉄島の第三航空艦隊を呼び寄せており、それらが軍港を素通りし、イタリア内を飛んでいく。
三航艦の目標は、タラント周辺の内陸の航空基地だ。
零戦の護衛のもと、暴風や九六式陸上攻撃機は、かつてのイタリア軍飛行場を急襲する。 タラント・グロッタリエ飛行場は、軍港の空襲にサイレンを鳴らしていたが、対応する前に日本海軍機が飛んできて爆撃された。
また、マルティーナ・フランカ空軍基地、レッチェ・ガラティーナ空港など軍用飛行場にも、日本基地航空隊が殺到する。
異世界帝国軍は、イタリア軍から鹵獲したアリエテⅠ、アリエテⅡ、フォルゴーレといった戦闘機を配備、生産して現地戦力としていた。
しかしこれらが飛び立つ前に、暴風戦闘機の機銃掃射やロケット弾攻撃でスクラップと化した。
日の出を迎えた。
朝日が差し込む大地はしかし、異世界帝国守備隊に反撃する戦力を失わせていた。
タラント軍港には転覆、沈没艦で溢れた。
だが、それらは時間をおけば、異世界人の生き残りや補充要員が加わり、施設が復旧すれば、再び浮上させ修復されることになるだろう。
新型艦はともかく、時代遅れの旧式を再び戦力化するかは微妙なところではあるが、大破着底、あるいは深度が浅いために引き上げ可能な艦も少なくない。
回収できる分、復活する可能性は高い。あくまで一時的な戦力の喪失――軍港攻撃とはそういうものである。
だが、T艦隊司令部は、それをよしとはしなかった。
深山Ⅱは、タラントにあるアヴラタワーを空爆し、これを撃破。現地異世界人の行動を制限させ、退避行動をさせている間に、湾内に侵入した3隻の伊号潜水艦が、転覆、沈没した敵艦艇の回収作業を行った。
沈めても復旧されるのであれば、それを持ち去ればよい、という理屈としては至極単純な話である。
もちろん、魔法技術に頼った回収装置があればこそ、実行ができるものではあるが。
・ ・ ・
T艦隊旗艦、航空戦艦『浅間』は、僚艦『八雲』ほか水上艦部隊を率いて南下していた。
藤島航空参謀が腕時計を見た。
「今頃、タラント軍港は大騒動でしょうなぁ」
「だろうな」
神明参謀長は、間近に見える海岸線――否、アルジェリアのオラン港を見やる。
「そしてここもまた、戦場になる」
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