第603話、動き出す日本海軍
神明は、連合艦隊司令部を訪れ、転移ゲートとその輸送の顛末、カリブ海と古賀大将の南米派遣艦隊について報告を行う……はずだったのだが、まず先に、富岡少将のオーストラリア攻略作戦について話し合われた。
残骸を爆弾代わりに使って港湾施設を使えなくするという常識外れな案は、それを実行可能なのかという点で、神明の知識が必要だったからだ。
連合艦隊司令部の参謀たちも、このぶっ飛んだ海上封鎖案には驚いたものの、神明が実行可能であると断言すれば、その方向で進めるようにと南東方面艦隊に告げた。山本五十六長官は、終始ニヤニヤしながら聞いていた。
そちらの件が片付いたことで、ようやく神明は、山本長官に本題を報告することができた。
異世界帝国の新型潜水艦に、新兵器。バミューダ島の敵前線拠点を叩いたが、カリブ海での敵の行動についての予測等々――
「なるほど、敵は前線拠点を失った。今後も通商破壊を続けるならば、空白期間を出さないために、一度に多数の潜水艦の投入が難しくなる。完全にそうなる前に、カリブ海の古賀君の艦隊を潰す……」
山本は、草鹿 龍之介参謀長を見た。
「一塊になって攻撃をしてきたところを待ち伏せ叩く。……どう思う?」
「はっ、今後、単独ないし少数の潜水艦での襲撃に終始するようならば、護衛戦力の増員が不可欠となりましょう。こちらとしても、敵が集団でいるうちにまとめて仕留めれば、後は米軍に任せて艦隊を撤収させることも可能になるかと」
賛成である、と草鹿は頷いた。山本は、樋端 久利雄航空参謀に尋ねた。
「何か意見はあるかね?」
「いえ、敵潜水艦の後方基地もT計画のついでに叩くというのは、神明さんらしいな、と」
「僕もそう思うよ」
山本は小さく笑った。
「第六艦隊を撤収させるよう進めていたのだが、もう少し留まってもらう必要があるな……」
敵潜水艦の使う新兵器を危惧し、無意味な損耗を避けるため、潜水艦隊である第六艦隊をカリブ海から内地へ戻す。
前々から準備は進められていた潜水艦用の防御障壁装置を積む改装もそれでやってしまおうという腹だったが。
「安ベェ、第六艦隊が戻ってくる前に、旗艦の『塩見』まで言って、撤収を待つように行ってきてくれ」
「はい、長官」
渡辺 安次戦務参謀が頷いた。
「本格的な命令書はおって出すが、カリブ海の敵潜水艦隊の撃滅の話は、大まかにでも三輪君に伝えてもよい。頼むぞ」
「行って参ります」
長官公室から渡辺が退出し、山本は神明へ視線を戻した。
「カリブ海での面倒事を、ここらで一掃してやろうじゃないか。詳細を詰めよう」
・ ・ ・
カリブ海潜水艦掃討作戦が練られ、連合艦隊、そして軍令部でも承認された。
現地戦力であるカリブ海・大西洋警戒艦隊の古賀 峯一大将のもとに、連合艦隊司令部から草鹿参謀長が飛び、作戦について打ち合わせを行なわれた。
「つまりは、我々は囮というわけだな」
苦笑する古賀大将だが、草鹿は泰然と告げた。
「もうすでに敵に目をつけられていますから、それを利用するだけのことです」
囮にするまでもなく、敵は迫っている。古賀は口を開いた。
「アンティル諸島に配置した警戒ブイが、複数の――いやかなりの数の潜水艦がカリブ海に侵入しているのは掴んでいる。連合艦隊司令部が言うように、目的は通商破壊と、我が艦隊への報復だろう」
「そこを一網打尽とします」
第六艦隊の撤収を取りやめ、襲撃部隊として敵を待ち構える。
なお潜水艦隊司令長官の三輪 茂義中将は、今回の作戦にかなり乗り気であった。二個潜水戦隊を全滅させられ、復仇の機会も与えられないままの内地帰還に、相当の抵抗があったらしい。故に、防御対策はないが、一矢報いる機会が与えられ、燃えていた。
そして、艦隊戦力がさらに厳しくなる状況を不安視していた古賀にとっても、敵に逆襲できるというのであれば、願ったり叶ったりである。
旧式とはいえ、金剛型戦艦3隻をやられた分の帳尻は、バミューダ島の敵前線基地を叩いたことで合わせた。
だがこれからのことを考えれば、やれるうちに敵を叩くことには大いに賛成であった。
・ ・ ・
急な人事だった。
神明は、新たに受け取った辞令に眉をひそめた。
「第一機動艦隊参謀長兼、T艦隊参謀長――」
「当面、第一機動艦隊は前線に出ないからね」
山本長官は、直にそう告げた。
「いざ事があれば別だが、転移があるから双方を行き来するのは難しくない。古来より二つの戦艦の艦長を兼任することもあったわけで、片方が不活発な時期に、もう片方で頑張ってもらうというのは、よくある話だよ」
「参謀長で兼任というのは珍しいのでは……」
「そうか? 君の同期の富岡君だって、南東方面艦隊参謀長と第十一航空艦隊参謀長を兼任している」
それはそうだが、そもそも第十一航空艦隊が南東方面艦隊の中核戦力と言っても過言ではないため、兼任といってもそこまで大きな差があるわけではない。
「少なくとも、T計画について君以上に精通している者はいない。そしてその作戦は今後の戦いにとって不可欠なものとなる。君以外に適任はいないよ」
頼むよ、と山本は言った。
「T計画を実行する部隊だから、T艦隊と呼称する」
わかりやすい名前だと神明は思った。専属にしてくれたほうが、他の任務に引き抜かれる可能性は減るだろう。
「必要な戦力について、一応、君が案を上げていたが、連合艦隊から現状の主戦力を引き抜かずに、集められそうか?」
できれば、再編中の連合艦隊戦力は動かしたくない、という山本の本音。いや、神明なら、どこからか艦を調達しようとするのでは、という期待感か。
「連合艦隊に配備前の艦をいくつかと、試験を兼ねて第九艦隊行きだったものをいくつか頂ければ」
案の定、神明は答えれば、山本は皮肉っぽい顔になる。
「第九艦隊については軍令部の預かりだからね。こちらからでは何も言えないが……そちらから分捕ってくれる分には、僕は口出ししないつもりだよ。必要なら口添えする」
人間、自分の取り分から出すのは惜しむが、人の取り分から出されるのは痛くもかゆくもないから、楽観的でいられる。
そういう他人のものという楽観につけ込んで、必要なものを調達するのが上手いのが神明という男だった。
「それで、T艦隊の司令長官はどなたになるのでしょうか?」
「第二艦隊の栗田君を充てる。彼は歴戦の猛者だからね。慎重な中でも、困難な任務を遂行する能力がある」
栗田 健男中将。歴戦の水雷屋。今次大戦において、ほぼ前線に居続けた指揮官である。
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