第218話、攻撃隊を放て


 異世界帝国の偵察機が、日本機動部隊を発見するおよそ一時間前。第一機動艦隊の偵察機『彩雲』が、ムンドゥス帝国東洋艦隊第一群の姿を捉え、通報していた。


 第一機動艦隊セイロン島攻略部隊、旗艦『伊勢』。遮蔽装置で姿を隠している彩雲からの報告を聞き、小沢治三郎中将は口を開いた。


「戦艦4、空母3、大型巡洋艦1、巡洋艦5、駆逐艦18……。これは敵の主力艦隊か」


 ようやく獲物が出てきたと、目を細める小沢。山田参謀長が続けた。


「敵戦艦は、イギリス艦型。1隻が旧型艦橋。残る3隻が箱形艦橋。……どう見る、神明大佐」

「……クイーン・エリザベス級ですね。この艦隊は、おそらく低速艦を中心にした編成の部隊です」


 クイーン・エリザベス級戦艦は、第一次世界大戦にも参戦した老嬢だが、近代化改装が施され、軍縮条約明けの新型戦艦に似た艦橋を持つ艦に改装されている。

 異世界帝国との開戦前の国際情報では、『バーラム』のみ第二次改装が行われず、旧型艦橋のままである。残る『クイーン・エリザベス』『ウォースパイト』『ヴァリアント』は新型に近い箱形艦橋となっていた。


「残る巡洋戦艦『レパルス』『フッド』は、こちらも二次改装されず、艦橋は旧型のまま。ドイツ戦艦は艦橋が箱形ではないので見分けがつくとすると、箱形艦橋持ち3隻と、他艦との速度差を考えれば、クイーン・エリザベス級で確定でしょう」

「敵は高速と低速で部隊を分けたか」

「編成上、低速艦中心なら、敵空母3のうち2隻は『イーグル』と『ハーミーズ』でしょうな」


 この2隻は前者が24ノット、後者が25ノット程度であり、艦隊の足並みを揃えるなら、クイーン・エリザベス級とちょうどよい。


 現在確認が取れている残りの東洋艦隊空母は30ノット前後出るから、できるだけ高速部隊に随伴させるのが望ましい。


「大型巡洋艦がいるらしいというのは?」


 首を傾げる山田に、神明は言った。


「写真や詳細な情報がないので、推測になりますが、ドイツのポケット戦艦、ドイッチュラント級かもしれません」


 装甲艦とも言われるその艦は、重巡洋艦並みの艦体に長砲身28センチ砲を搭載している。

 戦艦以上の速度、巡洋艦以上の火力を持つと言われ、登場時はポケット戦艦などと言われて各国の注目を浴びた。


 しかしその最高速度は26ノット程度。現在の戦艦では30ノット近く出す艦もあり、さらに巡洋戦艦と比べても低速に入るから、巡洋艦にとっては火力は怖いが速度は大したことがなく、また純粋な戦艦に比べると28センチ砲では火力不足という、中途半端さが目立つ格好だ。日本海軍にある雲仙型大型巡洋艦に比べれば、火力も速度も劣っている。


 もっとも重巡洋艦に毛が生えた程度の1万数千トンの艦と、2万トン超えの艦を比較するは酷ではあるが。


「このまま行けば、いずれはこいつらに発見されるな」


 小沢は地図を見やり、彼我の位置を見定める。


「攻撃隊は出すのは確定として、他に敵は高速部隊を有している」


 未発見の敵は、高速戦艦・巡洋戦艦5隻、高速空母2隻ほか、ということになる。


「こいつらはどこだ? 我々の近くにいるのか、それともカルカッタ上陸船団を目指しているのか」

「まず、敵空母を無力化させましょう」


 神明は進言した。


「低速艦隊ですから、空母を片付けてしまえば、高速部隊の捜索を優先しても、残りは対処できます」

「面倒なのは、残っている高速部隊に、上陸船団を狙われることだな」


 小沢は頷いた。


「よし。七航戦に先制攻撃を下命。一航戦、三航戦も攻撃隊を準備。ただし、敵高速部隊発見に備えて、こちらの艦載機の半分は待機だ」


 命令は下された。

 小沢の主力艦隊から離れて航行している、潜水可能空母群で構成された第七航空戦隊から遮蔽装置付き九九式戦闘爆撃機、二式艦上攻撃機が即時発艦する。

 七航戦は、一番槍として敵空母を襲撃する部隊だけに、その行動は迅速だ。


 一方、小沢部隊の主力である一航戦では、零戦五三型、流星艦上攻撃機が飛行甲板に並び、三航戦でも、零戦三二型、九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機が出撃準備を進めた。



   ・  ・  ・



 ムンドゥス帝国東洋艦隊司令長官、サウルー中将は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。

 敵がセイロン島を目指して進撃している、となると、日本軍がカルカッタへの上陸を目論んでいるという情報、想定が欺瞞の可能性が出てきた。


 敵陸軍を乗せた船団を撃滅せよ、と命令が出ている以上、ここを退避して、機会を窺うという手はない。敵の護衛である有力な機動部隊と交戦し、例え部隊の『二つ』が壊滅したとしても、残る部隊で敵上陸船団を撃滅しなくてはならない。


「長官、攻撃隊を発艦させましょう!」


 ペルノ参謀長が背筋を伸ばした。


「こちらは敵を発見しましたが、我が部隊はまだ発見されていません。ここは先手を打つべきです。空母の飛行甲板を叩ければ、敵空母が6隻いようとも、無力化が可能です」


 つまり、わずか3隻で艦載機の多くない第一群の空母部隊でも、殊勲をあげられるまたとない機会ということだ、とペルノ参謀長は主張しているのだ。


 ――本当にそうなのかな?


 サウルーは慎重だった。『イラストリアス』『イーグル』『ハーミーズ』の艦載機は、飛行甲板にも係留して無理矢理数を増やしても約100機が限界だった。しかも大半は戦闘機で、攻撃機は偵察に割り振った分も含めて多くない。


 そんな攻撃隊を送ったところで、敵のレーダーに発見されて6隻の空母の戦闘機に迎撃され、全滅するだけではないか?


 ――俺としては、むしろ敵に発見されて、第二群と三群に、敵船団を攻撃してほしいんだけどな……。


 要するに自分たちは囮であり、敵攻撃隊を引きつけられればいい――そう、サウルーは考えていた。

 熟練の日本軍機動部隊のことだから、こちらが先に発見されると想定してから、逆に先手が取れる状況となって、若干戸惑ってしまったのだ。あり得ない奇跡が起きてしまった、という認識だ。


「まあ、そうね……。それもいいかもね」


 サウルーは、参謀長の進言を受け入れた。


「あんまり大きくないけど、攻撃隊を発艦させよう」


 やらないよりマシ、というより、何もかも上手くいって、ペルノの言う通り、敵機動部隊の空母群を無力化できたなら、東洋艦隊の被害を想定より抑えて、任務を果たせるかもしれない。

 ……仮に攻撃隊が失敗しても、敵機動部隊は攻撃隊を飛ばしてきた部隊を捜索するだろうから、敵の目を引きつける囮の役目は果たせる。


 サウルーの許可が出て、第一群の3隻の空母は、攻撃隊の発進準備が進められる。援護のヴォンヴィクス戦闘機の用意と、少数ながら存在するミガ攻撃機に飛行甲板破壊用のロケット弾を目一杯搭載させる。

 しかし、やはりそう上手くはできていないのが世の中だ。


 サウルー艦隊は、すでに第一機動艦隊に捕捉され、攻撃隊がすでに放たれていたことに、まだ気づいていない。


 突然の爆発音が連続した。これにはサウルーはもちろん、司令塔にいた者たちが一斉に怪訝な顔になった。


「何事だ?」

『艦隊上空で爆発! 直掩機がやられた模様!』


 見張り員の叫ぶような報告が響く。


『て、敵機! 空母上空! 突っ込んでくるっ!!』

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