第125話、ゲート突入部隊


『ゲート、依然、健在!』


 戦艦『比叡』、見張り員の報告に、西田正雄艦長は声を張り上げた。


「もう地上に、人工物は残っていないか!?」

『はい、残骸がいくつかありますが、装置らしきものは確認できません!』


 そのやりとりを聞いた栗田中将は、軍帽を被り直した。


「では、我々の仕事はここまでだな。あとは第二挺身部隊に任せて、我々は離脱だ。艦長、反転せよ」


 島にゲート発生機がなかったとなれば、もはや艦砲射撃は無駄である。これ以上の砲弾を浪費は控えて、さっさと離脱する。

 かくて、第一挺身部隊は、砲撃を止めて退避行動に移った。


 一方、第二挺身部隊、旗艦『大和』では――


「ゲートは健在。二段作戦発動、航空隊の出番だ」


 神明大佐は、通信長に振り向いた。


「待機中の大和三番機に連絡。『使い魔送れ』」

「了解!」

「正木、砲撃中断。ゲート前を開けろ」

『承知しました』


 魔核による制御で艦を動かしている正木初子は答えた。ゲートから敵機が出てくるのを邪魔するために撃ち続けていた主砲が一旦、沈黙した。



  ・  ・  ・



 アスンシオン島に到達し、『大和』が砲撃を始める前に、須賀中尉の操る二式水上攻撃機は、カタパルトより打ち出されていた。


 二式水上攻撃機の遮蔽装置による透明化により、外からは姿が見えない、はずである。


 何とも奇妙だと須賀は思った。キャノピーの内側の枠は見えている。だが機首やプロペラ、両翼などが、本当にうっすらとしか見えなくて、これは相当近づかなければ見えないと思った。


 もし複数の攻撃機が、遮蔽装置を完全発動させていたら、編隊飛行など、とても不可能だと思った。


 一応、遮蔽方向を調整することができるらしく、一定方向からは見えないが、別の方向から見えるようにすることはできるそうだ。たとえるなら傘。開いている方向からは姿が見えないが、それ以外の方向からは、差している人間が見えるのと同じだ。


 ともあれ、須賀機は、第一挺身部隊の『比叡』『常陸』『磐城』がアスンシオン島を砲撃しまくっているのを、高みの見物を決め込んでいた。


 それでゲートが消えれば面倒がなくて済んだのだが、悪い予感というものは当たるもので、島にはゲート発生機が存在しなかった。


 つまり、発生機はゲートの向こうだ。


 そして第二挺身部隊旗艦『大和』から、出番がきたことを知らされる。


「犬上少尉、準備はいいか?」

「いつでも」


 今回の同乗者は、相棒の妙子ではなく、使い魔の魔法を使う犬上瑞子少尉。須賀は二式水上攻撃機を操り、空に浮かぶゲートへと近づく。


『大和三番へ。本艦は砲撃を中断した。障壁消滅後、使い魔を放て』

「こちら大和三番、了解」


 犬上が答える。障壁弾の膜が展開するのは、およそ10秒。最後の砲弾が空中で炸裂して、秒読み始め。


「使い魔、出します」


 冷静な犬上の声。すると、二式水攻の下から、淡い光のようなものが飛び出した。それは彗星のように、これまたかすかな光の尾を引いて、ゲートへと飛んでいった。


 須賀はそれを横目に、機体をゲートの周りを周回させる。航空機が飛び出すほうが明るく、裏側は見るからに真っ暗。あの黒いのは壁なのだろうか? 航空機が飛び出してこないということは、そういうことなのだろうか。


 障壁弾が消えて、ゲートに光る玉――犬上の使い魔が飛び込んだ。緊張の一瞬。ゲートの先は、果たして。犬上もまた、ゲートを注視する。


 1秒が長く感じられる。すぐ出てこないということは、ゲートの向こうへの侵入ができなかったということか。


「来ました」


 犬上の声に、須賀も目を凝らす。出てきた、光の玉が。さっそく犬上は無線機のスイッチを入れた。


「ゲートの向こう側を確認。巨大な重爆撃機基地を発見。重爆撃機部隊が、発進寸前の模様。基地周辺は荒野。天候は晴れ」

『こちら『大和』。ゲート発生機は確認できたか?』


 神明大佐の声だった。犬上は返した。


「ゲートに直接エネルギーを伝えている装置を確認しました。おそらく発生機です」

『了解。攻撃隊を送る』


 神明の指示が終わった直後、アスンシオン島のすぐ側に、水飛沫が上がり、潜水艦と呼ぶには巨大な艦影が浮上してきた。


 特務艦『鰤谷ぶりたに丸』だ。海から全長270メートルの巨艦が姿を現し、すぐに格納庫直通ハッチが開かれる。そしてマ式カタパルトレールに載せられた艦載機が、矢継ぎ早の射出された。


 二式艦上攻撃機――遮蔽装置は使っていないそれらが、島の地形に沿うように上昇し、そのままゲートへと突っ込む。


 射出してさほど経たない間にゲートに突入するのだから、島のすぐ目と鼻の先にまで『鰤谷丸』は進出していたことになる。よくも機雷以外に武装のない特務艦を島に肉薄させたものである。


 もちろん、第九艦隊の潜水型駆逐艦や、マ号潜が、敵の警戒部隊を排除したからではあるが。


『鰤谷丸』が後退を始める。艦載機の射出が済んだのだろう。須賀は操縦桿を捻った。


「俺たちも突入するぞ!」

「了解」


 二式水攻はエンジンを唸らせて、光に満ちたゲートへと突っ込んだ。壁に突っ込むみたいで、正直気分のいいものではない。須賀が思わず息を止めていた次の瞬間、景色が変わった。


 目の前に広がるのは、大規模な飛行場。否、それは一つの要塞。黒光りする金属に覆われた大要塞。その上に駐機されている大型爆撃機や、小型艦載機。


 周りは荒野がどこまでも続いていて、海は欠片も見えない。北マリアナ諸島でないのは一目でわかる。地平線の向こうに平ぺったい岩山が見える。――ここは異世界なのか?


「須賀中尉」

「おう!」


 犬上に呼びかけられて、我に返る。鰤谷丸から飛び立った攻撃隊が、敵要塞飛行場に、まさに攻撃に掛かろうしていた。懸架してきた誘導弾やロケット弾を、今まさに飛び立とうとしている敵重爆撃機にぶつけたり、要塞施設へ叩き込んでいる。


「旋回願います。ゲート発生機は、ゲートの真下だと思われます」


 犬上の言葉に従い、須賀は攻撃隊が向かった反対側――ゲートへと視線を向ける。味方が暴れて、敵の注意を引いている間に、ゲート発生機の発見、攻撃準備をするのが、須賀機のもう一つの任務だったのだ。


「あれか」

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