第160話、好機を逃すな


 第七艦隊が、ニューギニア方面の異世界帝国重爆撃機拠点を、一撃離脱戦法で叩いていた頃、マリアナ攻略を進める日本軍と、連合艦隊は、次の行動に出ようとしていた。

 それは、ニューギニア方面の重爆撃機隊の戦力が落ちている機会を逃さず、トラック駐留艦隊を叩く、というものだった。


『マリアナとパラオを攻略中であり、陸軍はもちろん、我が海軍に、トラックを奪還する地上戦力はない』


 連合艦隊司令部の認識はそれである。まずはマリアナ諸島とパラオを奪回、制圧したのち、内地から援軍を受けるか、現地の戦力に余裕があれば、そこから戦力を抽出して、トラックを攻撃というのが手順となる。


「余力があるうちに、トラックを無力化すべし」


 第三艦隊司令長官の小沢中将は、各指揮官、参謀らを前に告げた。連合艦隊旗艦『播磨』では、今後の方針についての会議が行われていた。


「敵主力艦隊を撃破した今、太平洋にいる敵の有力な艦隊は、トラックの駐留艦隊のみ。そしてこの艦隊は、我が第三艦隊の航空攻撃で損害を受けている。あと一息で倒せるものを逃す手はないと考える」

「……」


 山本五十六大将は腕を組んで黙している。宇垣纏参謀長が口を開いた。


「他にどなたか意見はありますか? ……南雲長官」


 第二艦隊司令長官である南雲忠一中将は、宇垣に促されて発言した。


「確かに、トラックの艦隊さえ叩ければ、異世界帝国の艦隊は、中部太平洋にはいなくなる。敵は大西洋やインド洋となり、マリアナ攻略を待つまでもなく、艦隊を引き上げることができる。余力があるならば、やってもよいと考える」

「やってもよい……か」


 山本が瞼を開けた。


「南雲君としては、あまり積極的に小沢君の案に賛同しているわけではない、と?」

「いえ、そういうわけでは……。失礼しました、長官。トラックの敵艦隊を叩くとなれば航空攻撃が主となるでしょうから、第二艦隊には出番がないと思ったものですから」


 自分たちの仕事がないと考えて、他人事を決めていたのである。それも無理もない話だ。

 何故ならば、小沢は、敵艦隊を撃滅すると言っているのであって、トラックを占領するとは言っていないのである。


 陸軍や海軍陸戦隊が上陸するわけでもないので、支援に艦砲射撃をするわけでもない。さらにトラック泊地――つまり環礁の中に敵艦隊がいるとなれば、下手に水上戦を仕掛けると、リスクも大きかった。


 泊地をぐるりと取り囲む島々には水道があるが、そこは日本海軍が統治していた頃より機雷が設置されており、不用意に飛び込めば艦が沈む。環礁の外からだと砲撃の場合、射程の都合上、狙える場所が限られる上に砲台の反撃を受ける可能性も高い。


 目的が島の制圧でないなら、航空攻撃でやっつけてしまうほうが、犠牲は少なくて済むのである。


「しかし、懸念もある」


 山本は静かに切り出した。


「僕も、トラックの敵艦隊は叩いておきたいと思う。だが、第三艦隊は、空母が半減している。第七艦隊がニューギニア方面の敵重爆基地を叩いてくれたが、全てではない。敵重爆撃機を完全に封じ込めたとは言い難い」

「第三艦隊の前衛は、第二艦隊が務めます」


 南雲は言った。


「第三艦隊の不足の護衛も第二艦隊から回します。二航戦の指揮権も小沢長官に預ける……どうかな、小沢?」

「二航戦も加われば、空母は7隻になります。こちらとしては助かりますが、いいんですか?」

「なに、敵重爆から見えないように動けば躱せるのだろう? いざ来たら避ければよい」


 自身が操艦の名手でもあるからか、南雲は断言するように言った。小沢は苦笑しながら、山本に言った。


「南雲長官はそう仰いましたが、一つ提案ですが、船団護衛についている第九艦隊から『翔竜』を借りられませんか? あれが積んでいる青電迎撃機なら、南雲さんを危険に晒すこともないかと」

「『翔竜』か」

「第七艦隊が飛行場を叩いたおかげで、敵重爆撃機の飛来率はかなり下がるでしょう。マリアナは揚陸させた白電部隊でも守れるでしょうし、トラックへ向かう我々に敵が重爆を送ってきても、『翔竜』の艦載機で何とかなるかと」

「気がかりがあるとすれば……」


 宇垣は言った。


「第九艦隊は、まだ軍令部の直轄、魔装実験部隊です。借りれますでしょうか?」

「まあ、第九艦隊には以前、貸しもあるしな」


 山本は少し考え、そして頷いた。


「『大鷹』と『雲鷹』のこともある。問題ないだろう」


 ――その時、第九艦隊をまとめていた神明は、今、第七艦隊だ。


「もう一つよろしいですか、長官?」

「何だね、小沢君」

「第七艦隊か、第八艦隊もこちらに回せますかね? 航空戦は数ですから。トラックの敵航空隊もいるでしょうし」


 山本は黒島先任参謀を見た。


「第七艦隊は、無理だったか?」

「今回の奇襲離脱戦法は、速度重視で航行したので、燃料をかなり消費しております。パラオの第八艦隊と合流しないと駆逐艦の燃料がもたないと」

「第八艦隊は、まだパラオ攻略支援中で動けないだろうし」


 難しいかな、と山本が首を傾げる。


「しかし、戦艦と空母については余裕があるかもしれません。一度、第七艦隊司令部に確認をとってもよいかと」


 特に七航戦の『海龍』は元米国艦――ヨークタウン級『エンタープライズ』であり、航続力も日本の艦艇に比べて比較的長い。


「情報参謀、第七艦隊に問い合わせてくれ。まだ戦闘は可能かと」

「承知しました」


 山本の言葉に、諏訪情報参謀は首肯した。



  ・  ・  ・



 第七艦隊旗艦『大和』。連合艦隊司令部からの暗号通信を受けた武本中将は、皮肉めいた表情を浮かべた。


「山本長官は、トラック泊地の艦隊を今のうちに叩いておきたいようだ」

「第三艦隊が一度仕掛けていますから、仕留めておきたいのでしょう」


 神明大佐は淡々と告げた。


「トドメを刺せる状況で、見逃すことに比べれば、戦意が旺盛なのは結構なことだと考えます」


 艦の保全を第一に、無理はしないという考え方が日本海軍にはあった。指揮官では、角田覚治や山口多聞のような見敵必戦を有言実行するタイプのほうが、海軍には珍しい。戦果拡大の好機、あるいはここで仕留めねばならなかった敵を見逃すなど、自軍の被害を恐れて消極的になるタイプのほうが多い。


 原因を突き詰めていくと、日本が貧乏で勿体ない精神にぶち当たる問題であり、フネもない、弾もない、大事に使え――と先輩方から延々と聞かされてきたことも一因だろう。個々の人間というよりは、無駄をよしとしない習慣が、そう育ててしまったのだ。


 武本は首をコキリと鳴らした。


「無理に攻めんでも、潜水艦で封鎖して干上がるのを待つという手もあるだろうに」


 通商破壊に徹して、トラック駐留艦隊を孤立させるのも一つの作戦ではある。


「せっかく敵の重爆を叩いたのだから、この機会を逃すな、ということでしょう」


 孤立案は時間が掛かる。トラック泊地にも燃料や物資も貯蔵されている。潜水艦で外部からの補給を完全に断とうとしても、空輸という手もなくはない。


「まあ、お呼びとあらば、やるしかあるまい」


 しかし武本は憮然とした表情を崩さない。


「だが弾薬の補給を受けないと戦えんぞ! 弾と爆弾だ!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・瑞龍改型中型空母『海龍』

基準排水量:2万1500トン

全長:251メートル

全幅:34.87メートル

出力:魔式機関16万馬力

速力:35ノット

兵装:40口径12.7センチ連装高角砲×8 20ミリ連装機銃×28

航空兵装:カタパルト×5(格納庫内×2) 艦載機72機

姉妹艦:――

その他:アメリカ海軍空母『エンタープライズ』を潜水型空母に改装したもの。異世界帝国軍に鹵獲されていたものを撃沈、回収した。潜水型空母として、敵の予想していない地点に潜水を駆使して進出、奇襲航空隊を展開する。特務艦『鰤谷丸』と同様、格納庫内に連続射出用カタパルトを装備し、浮上と同時に艦載機を発艦させることが可能。その一方、格納庫内のレイアウトの都合上、搭載数が若干減っている。

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