第793話、英独連合艦隊 対 異世界帝国艦隊


 ドイツ大洋艦隊。かつて、第一次世界大戦の頃の、ドイツ帝国が名乗り、そして整備した大艦隊の名前である。

 もっとも、ドイツ語的には外洋艦隊というほうが正しいとも言われる。


 インド洋決戦での損傷の跡も生々しく、応急修理をして駆けつけたドイツ艦隊は、以下の通り。



●ドイツ艦隊:司令長官、エーリヒ・レーダー元帥


戦艦:『フリードリヒ・デア・グローセ』、『ヒンデンブルグ』、『ドイッチュランド』

  :『ウルリヒ・フォン・フッテン』、『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』

  :『ティルピッツ』

巡洋戦艦:『デアフリンガー』『モルトケ』

装甲艦:『アドミラル・グラーフ・シュペー』『アドミラル・ヒッパー』

   :『リュッツオウ』

軽巡洋艦:『マクデブルク』『ブレスラウ』『カールスルーエ』

駆逐艦:10

水雷艇:8



 すでに空母とその護衛は分離し、水上打撃部隊のみで駆けつけたドイツZ艦隊である。

 イギリス艦隊を率いるブルース・フレーザー大将は、異世界帝国艦隊との戦闘の最中に現れた、かつての仇敵に苦笑を禁じ得ない。


「大洋艦隊か、いちいち嫌味だね」

「そうですな」


 参謀長は同意した。


「では、我々はグランドフリートを名乗っておきますか」


 第一次世界大戦、イギリスの主力艦隊『グランドフリート』と、ドイツ帝国の主力艦隊『大洋艦隊』は北海を挟んで対峙していた。

 因縁は、何も第二次世界大戦――異世界大戦だけでなく、それ以前から存在していたのだ。


「どこまでいっても、我々とドイツは敵ということですか」

「いいや、ライバルの関係を超えて、手を取り合おうという意味で敢えて、過去の因縁を持ち出したと思うね」


 フレーザーは微笑する。


「我々、英国紳士に敬意を表した遠回しの皮肉というやつだ。堅物のドイツ人にしては、中々気の利いたことを言うものだ」


 それとも、ナチスとは違うという意味だったかもしれない、とフレーザーは思った。

 我らの古き海軍卿、サー・ウィンストン・チャーチルは、ナチス・ドイツをとことん嫌っていた。真意はどうあれ、ナチスと戦うためなら悪魔とも手を組むと言ったらしい。その言葉を知って、敢えて古い呼称を用いたのかもしれない。


「案外、堅物のままだったかもしれんな……」

「は、何か?」

「独り言だ。……さあ、かつてのライバルとも手を組んで、異世界人をやっつけてやろうじゃないか」


 戦艦『ライオン』の40.6センチ三連装砲が紅蓮の炎の塊を吐き出す。僚艦もそれに続き、異世界帝国戦艦へ鋼鉄の砲弾を撃ち込む。

 同航するイギリスと異世界帝国戦艦の後方から追いあげてきたドイツ戦艦『フリードリヒ・デア・グローセ』、『ヒンデンブルグ』、『ドイッチュランド』が40.6センチ砲を、『ウルリヒ・フォン・フッテン』、『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』が42センチ砲を放った。


 異世界帝国のオリクト級は、前方に対する火力が高い一方、後方へは両舷の砲を振り向けることしかできない。つまり、火力半減ではあるが、イギリス艦隊に三基の砲を振り向けている以上、ドイツ艦隊に向けられるのは、半減以下の一基のみである。


 ドイツ戦艦群は、比較的短いスパンでの戦闘参加である。艦の傷も完全復旧にはほど遠く、たとえば『ヒルデンブルグ』は後部の砲が完全とは言い難く、不都合もあった。

 だが、練度に関しては、間隔が短かいこともあって、インド洋決戦での砲撃の感覚が砲術関係者の中で深く残っていた。結果は、夜戦にもかかわらず、精度の高い射撃を繰り出し、異世界帝国戦艦に次々と命中弾を叩き出した。


 砲撃戦は熾烈を極める。英独艦隊の挟撃を受けて、異世界帝国戦艦群は、その艦列をばらけさせ、夜戦特有の混沌の場と化しつつあった。

 それは英戦艦の列に、異世界帝国の重巡洋艦部隊が迫るくらいに。


「元から巡洋艦以下の数は、向こうが上だったからな」


 水雷戦隊同士も派手に激突しているが、駆逐艦の数は、英独合わせてもなお敵の方が多い。

 A部隊の直掩に張り付いていた重巡『コーンウォール』『ドーセットシャー』『ノーフォーク』『デフォンシャー』もどこかへ行ってしまっていた。


 フレーザーは歯噛みする。


「さすがにヘビークルーザー相手に、両用砲では心もとないか」


 敵戦艦への砲撃を中断して、主砲を敵重巡洋艦に振り向けるか。これ以上距離を詰められると、重巡の8インチ砲でも当たり所によってはマズいことになる。


「艦長、両用砲で敵重巡を迎撃」


 フレーザーは指示する。


「豆鉄砲でも、艦橋などの艦上構造物に集中すれば、嫌がらせにはなるだろう」

「イエス・サー!」


 13センチ両用砲でも、敵艦のレーダーや通信、砲撃システムにダメージを与えるくらいはできる。要は攻撃に支障が出るようにしてやればよい。

 30ノット以上の快速で迫る異世界帝国、プラクスⅡ級重巡洋艦。その主砲が瞬き、『ライオン』に着弾する。戦艦ほどのパンチ力はないが、距離が近いせいか、それなりの衝撃で、司令塔を揺さぶった。


「こりゃいかん。こちらが先に砲撃に支障が出そうだ」


 思わず声に出したフレーザー。戦艦の主砲よりも装填の早い重巡の砲が再び発砲するかに見えたその時、横合いからの強烈な砲弾が着弾し、異世界帝国重巡を横転させる勢いで傾かせた。


「後方よりドイツ戦艦! およそ35ノットの高速力で接近中!」


 見張り員の報告に、司令部は耳を疑う。35ノットの高速を戦艦が出せるのか? 駆けつけたのはシャルンホルスト級に似た艦容のフネだった。


「因縁か……」


 フレーザーは呟く。シャルンホルスト級に似たそれは、O級巡洋戦艦――『デアフリンガー』だった。その指揮官はエーリヒ・バイ少将である。

 駆けつけたドイツ巡洋戦艦に、異世界帝国重巡洋艦はイギリス戦艦への肉薄を中断した。強烈な38センチ砲弾の前では、重巡洋艦の20.3センチ対応防御など紙切れも同然だったのだ。


 フレーザーは、進撃を続けるドイツ巡洋戦艦に、無意識のうちに敬礼を送った。そしてそれは『デアフリンガー』も同様で、『ライオン』の傍らを抜ける時、エーリヒ・バイもまた敬礼をした。


 混沌の夜戦は、地球側が優勢に傾く。戦艦列が崩壊した異世界帝国軍は、時間と共にその戦力を失い、やがて戦線離脱に移った。

 ニューヨークを目指した異世界帝国前衛艦隊・第一群は、敗走したのである。

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