第794話、前進をやめない第一戦闘軍団
ムンドゥス帝国第一戦闘軍団、キーリア級超戦艦『キーリア・デオ』の司令塔で、司令長官のパーン・パニスヒロス大将は、しきりに首をかしげていた。
「なんとまあ、一日前とだいぶ違っているじゃないかね」
美人参謀たちは言葉を発しない。というより、何も言えないというのが正しいか。パニスヒロスは、別段怒っている風には見えないが、冷めている時の彼は、どこまでも冷酷になれると知っているからだ。
「――第一群は、イギリス・ドイツ艦隊との交戦で敗退。残存艦は後退中」
パニスヒロスは、とうとうと読み上げる。
「第二群は、昨日の夕方時点で被害が大きく、夜に入る前に後退。……これはよろしくないな。つまり、アメリカ艦隊に何ら手傷を負わせることができなかったと」
鼻をならす態度は、あからさまだった。
「作戦の真なるところを理解するならば、後退してはならなかった」
劣勢な戦力でもって夜戦を挑むべきであった。それで第二群が全滅しようとも、敵の一人も殺せば、それで役割を果たせなかったことへの贖罪となったものを。
「第三群と我々は、このまったく元気なアメリカ艦隊と戦わねばならなくなったわけだ」
パニスヒロスの文句は止まらない。
「三つあるうちの補給船団も、地球側アステールと空中戦艦によって二つがやられた。補給が厳しい状況なんだ。せめて第二群には、こちらの弾薬消費を軽減するための肉盾として、アメリカ艦隊に突撃すべきだった」
司令塔は、作業する者の立てる音以外は、司令長官の声だけが響いた。
「第三群は、奇跡的に無傷で、ここまできた。そして我が主力も合流した。当然、北からはアメリカ軍が来る」
第一群は、イギリス・ドイツの連合艦隊に敗北をしたものの、相応に手傷を与え、その弾薬も消耗させた。戦線離脱した艦もあるが、それらがこちらに合流できたなら、温かく迎えてやろう、とパニスヒロスは思う。よく戦い、敵に消耗を強いてくれた。
「第四群、第五群は、ニホン艦隊と交戦し、ほぼ全滅……」
そこでパニスヒロスの額にしわが寄った。
「うーん、これはどうなのだろうな……? 戦ったのは間違いないが、詳細な報告がないから、敵にどれほどの出血を強いたのかわからん。――通信参謀、あれから第四群なり第五群なりの残存艦から通信はないのか?」
「は、はい、閣下。戦線離脱中という通信を最後に、以後何も……」
恐る恐る通信参謀が答え、パニスヒロスは頷いた。
「交信状態が悪いのか、ただの一隻も残らずやられてしまったのか……。二つの戦闘群を相手にしたのだから、ニホン軍にもそれなりのダメージを与えたと思いたいが……」
少なくとも、司令官であるウォークス中将、スパガイ中将両名の戦死は間違いない。彼らもムンドゥスの勇敢なる戦士であった。
わずかながら、パニスヒロスは瞑目した。
「しかし、壊滅させられたということは、まあ、残っているんだろうな、敵は」
北のアメリカ、南から日本が、第三群ならびに主力艦隊を挟撃する形となるだろう。こちらは二個戦闘群。アメリカと日本の両艦隊が合わされば、互角以上に立ち回るに違いない。
「圧倒的にこちらが優勢だったはずなのだがな」
パニスヒロスは、ちら、と視線を、沈黙を守っているニキティス参謀長に向けた。彼女は裸だった。
「ニホン軍が加われば、形勢逆転もあり得る。地球征服軍のサタナス元帥は、これを危惧していた。そしてそれは、現実のものとなったわけだ」
「……」
「もちろん、本来合流予定だった第二、第三戦闘軍団がいれば、圧倒的物量で、それすらも踏み潰せたのは間違いない。だが、これが現実だ」
第一戦闘軍団単独で、地球側連合軍と交戦し、数の差が埋まりつつある。
「私としては、この異世界で死ぬことになるとは、微塵も考えていなかったのだがね。どうやら、覚悟せねばならない時がきたようだ。我々の命運も、今日で尽きるかもしれない」
パニスヒロスは、それまで被ることがなかった軍帽を、いよいよ被った。
「ムンドゥスの軍人らしく、最期まで前を向いて戦おう。明日の同胞たちのために。……第二群に、正しい散り方というのを見せてやろう」
真面目な顔で、実はまだ戦わず後退した第二群のモナホス中将に対して、根にもっているパニスヒロスだった。
もし奇跡が起きて生還することができたら、モナホスを敵前逃亡で銃殺にしてやろうと考えていたりする。
・ ・ ・
日本海軍、連合艦隊旗艦、戦艦『越前』。
山本 五十六大将は、中島 親孝情報参謀の報告を受けて、わずかに首をかしげた。
「引かないのか、敵は」
五つの前衛艦隊と、北米上陸部隊。そのうち四つを、日米英独艦隊が叩き、残すは一つ。
異世界帝国は、アメリカ東海岸への上陸戦力の5分の4を喪失したのだ。常識的に考えて、作戦を中止し、後退するところではないのか。
北米侵攻作戦自体を凍結するか、あるいは追加戦力を加えて再編をする――異世界帝国軍の上層部がどう判断するかにもよるが、少なくとも残存する部隊だけで、上陸作戦を続行をするところではないように思える。
「敵の真意が読めない」
山本は考える。中島は言った。
「現在、アメリカ大西洋艦隊・義勇軍は、敗走する部隊を無視し、上陸部隊を有する艦隊を阻止するため、南下中です」
「上陸戦力を叩けば勝ち。アメリカさんもそれがわかっているのだ」
「では……」
草鹿 龍之介連合艦隊参謀長が視線を鋭くさせれば、山本は頷いた。
「我が艦隊も、敵上陸部隊ならびに主力艦隊との決戦に向かう。敵が止まらないのであれば、阻止するしかない」
昨晩の夜戦では、第四群と第五群を同士討ちさせた上での攻撃だったので、連合艦隊の水上打撃部隊の砲弾の消耗は最低限。まだ充分残っている。
「第一、第二機動艦隊には、航空攻撃を指示。……アメリカさんも、空母群は健在だったな?」
「はい、義勇軍のハルゼー提督の艦隊も加わっておりますので」
源田 実航空参謀は答えた。
「我が航空部隊も加われば、それだけで敵を撃滅も可能かもしれません」
いかにも航空屋らしい発言だった。ただ源田がそう言いたくなるほど、空母の数が敵を圧倒しているのも事実であった。
「その時はその時だ。ただ、おそらく一機艦も二機艦も、次の艦隊攻撃で手持ちの誘導弾がなくなるだろう」
空母に積まれている兵装の数にも限りがある。空母も航空機もまだまだあるが、それでも弾薬の心配をしなくてはならない。相変わらず異世界帝国側の物量には呆れるばかりだ。
「長官……?」
渡辺 安次先任参謀が小首をかしげた。
「どこかお加減が……?」
「いや、少し疲れているのだろう。僕も、歳だな」
「インド洋からこっち、ほとんど連戦でしたから。……お察し致します」
「ありがとう」
山本は視線を転じた。
「勝てば、ゆっくり休めるだろう。僕だけじゃない。皆もよくやってくれている」
連合艦隊は針路を北にとる。異世界帝国第一戦闘軍団の有力部隊、その決戦のために。
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