第586話、ゲート輸送に関しての問題


 アメリカへ転移ゲート発生装置を輸送するため、2隻の輸送艦用意された。

 撃沈した異世界帝国の輸送艦を回収、改修したもので、『海竜丸』と『九頭竜丸』という。


 日本軍はこうした輸送艦を大量に回収しており、給油艦や輸送艦などは民間からの徴用や新造をやめて、鹵獲品を広く活用していた。


 特殊輸送艦『海竜丸』『九頭竜丸』は、民間輸送船が載せていない転移装置を装備しており、軍の高速輸送で活用されている。これらの特殊輸送艦は、別名『護衛艦いらず』と言われ、転移連絡網を用いた輸送任務をこなしていた。


 転移ゲートの設置のため、魔技研のスタッフと共に、今回は神明少将も同行する。護衛艦いらずながら、敵潜水艦が荒らし回った大西洋、そして危険度の増したカリブ海に行くため、松型駆逐艦『柳』『椿』『檜』『橘』も護衛として随伴する。


 パナマ近海に、南米派遣艦隊の太平洋部隊があるため、行きはそちらまで転移。そこから太平洋側にゲート1セットを設置。続いてカリブ海・大西洋警備部隊のほうへ転移し、もう1セットのゲートを配置する。


 実際に、どの辺りにゲートを置くかは、アメリカとの協議次第であり、その話し合いに軍令部の伊藤 整一軍令部次長が、アメリカ太平洋艦隊司令部のあるサンディエゴに行っていた。

 アメリカまで転移で飛ぶので、場所が確定次第、出発となっていたゲート輸送部隊だったが、伊藤軍令部次長は転移で帰国早々、渋い表情だった。


「これは少々、いや、かなり面倒なことになったかもしれん」

「と、言いますと?」


 神明が返せば、伊藤は答えた。


「ゲートの設置場所だ」


 聞けば、米軍は、転移ゲートを戦力移動を前提として使うのであれば、パナマとカリブ海ではなく、本土に近い場所が好ましいと言ってきたそうだ。

 その候補として、西海岸はサンディエゴ、東海岸はフィラデルフィアかノーフォーク辺りというのが、アメリカの希望だった。


「なるほど、一理ありますね」


 太平洋艦隊と大西洋艦隊。その迅速な移動と考えるなら、わざわざパナマ運河まで行かずとも、造船所の多い東海岸のフィラデルフィアやノーフォーク近くにあれば、新造艦の速やかな移動も可能だ。逆もまた然り。


「サンディエゴ、太平洋の方はともかく、今、東海岸に近づくのは、リスクが高い」


 伊藤の言う『かなり面倒』というのがそれだ。

 先日、異世界帝国軍は、およそ300隻近い潜水艦を大挙投入して、アメリカ東海岸近くと、カリブ海への通商ルート、そして有力な対潜部隊を破壊して回った。


 敵潜水艦が進出しやすい状況になっていることを考えれば、本土近くだからと安心はまったくできない。

 特にノーフォークなりフィラデルフィアまで、輸送艦で転移ゲートを運ぶとなれば、敵潜水艦の襲撃を何度か受ける可能性が高かった。


「アメリカの目もありますから、転移中継ブイを仕掛けておく、というのも難しいですね」

「何かの弾みで発見されて、そこから我が軍の転移の秘密を調べられても困る」


 一応、魔法による透明化、部分的遮蔽はあるが、過信は禁物である。アメリカ本土に近ければ、それだけ船舶の移動ルートが重なる可能性も高くなる。


「転移巡洋艦を先行させるのは?」

「彼らの前で、これ見よがしの転移をするのもどうだろうか? 転移ゲート以外の転移手段についての追求が強まる可能性がある」


 そんな便利な転移方法があるなら、日本は独占せずに同盟国と情報を共有したらどうか? 同盟各国で転移を共有すれば、いずれかの国に敵が襲来した際、同盟国全軍で駆けつけ、共に戦うことができる――とか云々。


 アメリカが、イギリスやその他亡命政府に呼びかければ、あっという間に日本以外の全ての国から顰蹙ひんしゅくを買うという始末である。


 今の各国は、日本との協力関係を重視はするが、日本もまたそれら他国の協力なくば立ち行かなくなる。どこかで妥協せねばならない。

 国際連盟脱退、枢軸国入りで、すでに距離があったとはいえ、今は無用な身内争いをしている場合ではない。


「それでなくても、日本は妥協しなくてはいけなくなりそうな雰囲気なのだ」


 伊藤は、アメリカ太平洋艦隊司令部でニミッツ大将とのやりとりを語った。

 転移ゲートを太平洋と大西洋に、一つずつ設置するのは確定事項であるが、それとは別にもう1セット提供できないだろうか、という話である。


「先の潜水艦で大西洋に展開していた護衛部隊が大打撃を受けた。南米侵攻作戦の頓挫は何としても避けたいから、アメリカ本土とベネズエラ近くをゲートで繋ぎ、護衛戦力不足を補いたい、というものだ」


 できればゲートは移動できるようにしたいようで、必要な戦場での補給線短縮に用いたいと、米国は言っている。


「彼らは個々の艦艇での転移はできないし、その技術は日本が秘匿しているから、それを公開しない限りは、こちらもある程度妥協しなくてはならないだろう」


 高度に政治的な話になる。これは神明には専門外である。


「そちらについては私には何の権限もありませんから。さしあたって問題は、アメリカ東海岸へ行く必要があり、現状の駆逐艦4隻程度の護衛では心許ない、ということでしょうか」

「そうなる」


 伊藤は頷いた。


「一応、米軍もゲートは喉から手が出るほど欲しいから、なけなしの対潜部隊を用いて、輸送艦を護衛してくれるそうだ。しかし……」


 敵の潜水艦がどれほど潜んでいるかわからない。彼らの対潜部隊の許容範囲を超えた敵が現れた場合、こちらも無事では済まない。


「古賀長官のカリブ海・大西洋警備部隊は頼りになりそうですか?」

「敵潜の積極的掃討を行うから、こちらに護衛を回す余裕はないかもしれない」


 伊藤は心持ち眉を下げた。


「軍令部直轄の第九艦隊の中から、何隻か引き抜くべきか」


 あるいは、と伊藤は申し訳なさそうな顔になる。


「君が準備を進めているT作戦の候補艦から、融通はできないだろうか?」

「……」


 神明は押し黙る。ただし、断るわけではなく、自分の中で何が必要か、輸送計画案を組み立てている。


「……伊藤さん。転移ゲートは2つ――正確には4セット、アメリカは欲しいと言っているんですよね?」

「1つは確定しているが、今の状況を鑑みて、もう1つは強く求められることになると思う」

「では、アメリカに二つくれてやりましょう」


 神明は言った。


「輸送計画は二つ。一つは敵がいる可能性の高い海上ルート。もう一つは、火山重爆撃機に装置を分割して輸送する空輸ルート。後者は比較的安全に運ぶことができます」


 火山重爆撃機――異世界帝国重爆のパライナは、通常の爆弾倉のほか、大型装備搭載用のハッチがある、これで15トンほどある重爆用光線砲を積むことができたわけだが、このハッチを利用すれば、輸送機としても使うことができた。


「海と空。仮にどちらかしくじっても、片方は間違いなく届けられます」


 保険をかければ二つ。海軍がどうしても一つしか譲りたくないというのであれば、好きにしてくれとしか言いようがない神明である。繰り返すが、その権限は彼にはない。

 伊藤は、神明の提示した案をしばし考え、やがて首肯した。


「それでいこう。まずは永野総長に許可をもらわねばな」

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