第99話、目標は敵空母
第三艦隊が先手を獲ったと確信した頃、敵艦隊を発見した二式艦上偵察機から続報がもたらされた。
『敵空母群より艦載機発艦。大編隊!』
これには、第三艦隊司令部も、連合艦隊司令部も緊張を隠せなかった。
「すでに、敵もこちらの位置を掴んでいる」
フィリピンを狙うにしては遠すぎる。にもかかわらず、敵が攻撃隊を出したということは、あきらかに日本艦隊を狙っている。
連合艦隊旗艦『土佐』。山本五十六大将は、対空・対潜警戒を厳にさせ、随伴する空母から戦闘機を迎撃に出すよう命じた。
現在、異世界帝国太平洋艦隊の位置に先制の攻撃隊を放ったが、第三艦隊の前衛に位置する第一艦隊、第二艦隊は、その敵に向けて進撃している。
まず間違いなく、敵攻撃隊は、前衛の第一、第二艦隊と遭遇する。敵の狙いは、空母機動部隊である第三艦隊か、はたまた複数の戦艦を有する前衛かはわからない。しかし、向かってくるならば、これを排除しなくてはならない。
「後方より、航空機の大編隊!」
「馬鹿者! それは味方だ!」
第三艦隊から飛び立った攻撃隊、その数は約600機に及ぶ。空母には、ほぼ直掩の戦闘機しか残していないというから、この一撃にすべてを賭けていると言ってもよい。仮に失敗、もしくは空振りに終われば、途端に連合艦隊は劣勢となろう。
味方攻撃隊が飛び抜けていくのを見やる、日本海軍の将兵たち。対空機銃の配置についている者、対空見張り員、防空指揮所に上がった艦長らが、日本海軍史上、最大規模の航空機の大群を見上げ、畏怖と共に頼もしさを感じた。
これだけの数の航空機が、敵艦隊に襲い掛かればひとたまりもあるまい。第三艦隊の小沢提督ではないが、勝利を確信する者も少なくなかった。
戦艦『土佐』に乗り込む山本長官もまた、かつて自分が思い描き、しかしここまでの航空機大編隊を実際に目にするのは初めてとあって、内から湧き出る興奮を感じていた。
だが不安もある。
トラック沖海戦で、勝利すると疑わなかった第一航空艦隊の攻撃隊壊滅。開戦時に喪失した熟練のパイロットたち。数こそ、今のほうが多いが、その技量には遠く及ばないだろう。
唯一の慰めは、彼らはこれが初陣ではないこと。フィリピンで敵東洋艦隊を相手に戦い、実戦経験を得ているということだ。
だが、異世界帝国でも実戦経験が豊富な太平洋艦隊の主力とぶつかる。先に戦った敵より強力なのは間違いない。
果たして、どれくらいの犠牲で済むのか。去来する不安を胸に、山本は東の空へと消えていく友軍航空隊を見送った。
・ ・ ・
鳥井 武志少尉は、第三艦隊第三航空戦隊所属空母『
零戦二一型改――魔法防弾板を装備した、防御力強化型――の操縦桿を握り、敵艦隊を目指して飛ぶ攻撃隊を守っている。
第三艦隊11隻の空母を動員した大攻撃隊。経験の浅い鳥井には、それだけで心強さを感じている。
彼は、今年4月のトラック沖海戦の時には内地にいた。まだ新米であり、戦闘機乗りとしてはまあまあの技量。これから経験を積んでいずれは前線に――と思われたが、直後、いきなり空母航空隊に配属が決定。
経験豊富な搭乗員たちがトラック沖で失われた結果、鳥井だけでなく、空母への着艦も覚束ない素人が大量に送り込まれた。
かくて四か月間の猛訓練を受けて、先日の南方作戦が空母航空隊としては初実戦となった。
鳥井も列機と協力して、敵戦闘機1機を撃墜。初陣を飾った。その後、半月ほど、攻撃隊の護衛や艦隊直掩任務を淡々と続けて、今回の海戦に挑む。
さすがに慣れてきた、と思っていたのだが、日本の命運を握るような一大海戦になると聞いて、緊張を隠せなかった。
出撃前、三航戦の旗艦である『翠鷹』で、司令である角田覚治少将は、こう命じた。
『攻撃目標は、一に空母、二に空母。とにかく空母を撃沈せよ!』
他には目もくれるな、と司令官は言った。今度の戦いは、いかに敵の空母群を撃滅するかに勝敗がかかっていると力説された。
そしてその攻撃隊を守る戦闘機隊も、責任重大だ。
『敵大編隊!』
無線機から声が響いた。この零戦二一型改に搭載された無線機は非常にクリアに声を拾う。それまではとても使い物にならないと搭乗員たちから酷評され、取り外した者もいたが、それも昔の話である。むしろ、無線機がないと意思疎通にも困る新人も少なくない。
すわ敵かと、目を皿のようにするが、見つけるのは難しくなかった。右手方向に、多数の敵航空機の大群が見えたのだ。
『――こちらの艦隊を目指している敵の航空隊だ』
鳥井たちが、異世界帝国の艦隊を目指しているように、連合艦隊の主力を攻撃しようとしている敵の大編隊と遭遇したのだ。
『制空隊へ。敵の接近に警戒せよ』
指揮官からの声が届く。
『こっちから仕掛けないんでありますか?』
『敵が手を出してきたら、追い返すってことだろう?』
戦闘機パイロットたちから確認するような声が幾つも起こった。無線機は、こういう声も拾ってしまうのだ。
ざっと見たところ、敵は二、三百といったところか。こちらよりも数が少ない。第三艦隊と違い、第一次、第二次と分けて向かっているのだろうと鳥井は思った。
特に戦闘になることなく、敵編隊とすれ違い、攻撃隊はさらに進む。敵航空隊とすれ違うということは、進路は間違っていない。
高まる緊張。戦闘にはならなかったが、敵も日本軍の大編隊が向かっていることは艦隊に通報しただろう。いつ敵の戦闘機が迎撃に現れてもおかしくはない。
『制空隊へ、敵戦闘機発見!』
おいでなすった。敵艦隊から飛び立った迎撃機の編隊だ。おそらく日本艦隊でも、制空隊が、飛来した敵攻撃隊に迎撃戦闘を仕掛けていることだろう。
さあ、やっつけよう。
鳥井は『翠鷹』戦闘機隊隊長の誘導に従い、零戦を増速。迎撃位置に移動させた。
先頭を固める一航戦の戦闘機隊が、真っ先に敵機と交戦す……る?
「……?」
鳥井は違和感をおぼえた。光がいくつか瞬き、そして火を噴いて落ちていく機体が複数見えた。
ぶつかった一航戦制空隊からの怒鳴り声にも似た声が無線機から流れる。
『全機へ! 敵迎撃機の中に新型とおぼしき機体が多数! 速いぞ! 注意!』
――敵の新型!?
その報告は、鳥井の心臓を締め付けた。さすが敵主力艦隊を構成する空母部隊の航空隊。南方作戦で戦った部隊とは、質も違うということか。
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