第231話、セイロン島大空襲


「プッタラム攻撃隊より入電! 目標の破壊に成功せり!」


 第一機動艦隊、甲第一部隊旗艦『伊勢』に、報告が舞い込み、小沢治三郎中将は相好を崩した。

 試製彩雲改がプッタラムの大アヴラタワーを破壊したことで、セイロン島にある異世界人の生存可能フィールドが、極限られた一部のみとなった。


 セイロン島攻略作戦における初撃は果たした。今頃、島では異世界人にとっての地獄となっているだろう。敵は大規模反撃どころではないだろうが、まだ健在の戦力もある以上、楽観も油断もできない。

 小沢は表情を引き締めた。


「一航戦、三航戦に指令。攻撃隊発艦! 敵残存戦力を叩け!」


 旗艦からの命令を受け、先制攻撃隊を放った七航戦の『海龍』を除く6隻の空母の飛行甲板がにわかに活気づく。


 リトス級大型空母を改造した大鶴型空母『大鶴』『紅鶴』では、二個中隊18機の零戦五三型、四個中隊36機の流星艦上攻撃機が順次発艦していく。


 インドミタブル改装の『黒龍』では、零戦五三型が爆撃装備で18機。


 翠鷹型航空母艦『翠鷹』『蒼鷹』からは、それぞれ零戦三二型が二個中隊18機、九九式艦爆9機、九七式艦攻18機が発艦。『白鷹』から零戦三二型18機、九七艦攻15機が飛び立った。

 合計249機が、セイロン島に向かって進撃する。


 これらの攻撃目標は、一航戦がセイロン島の稼働している敵兵器群を捜索、撃滅。三航戦は、トリンコマリー軍港内の船を全て撃沈ないし、航行不能とすることとなっていた。


 前者は陸軍の進撃のための露払いであり、後者は、敵船舶はもれなくE素材が内蔵されていて、異世界人が生存できるので、敵兵が立て籠もって拠点化しないように、破壊するのである。


 敵の防空戦闘機は上がってこなかった。アヴラタワーを失い、生存環境でなくなったために敵飛行場も稼働状態ではなくなっているのだろう。

 三航戦の艦爆や艦攻隊は、軍港在舶の小型艦や輸送艦に対して、250キロ誘導爆弾や、ロケット弾、零式対艦誘導弾を叩きつけた。


 一航戦航空隊も、広く陸地に展開して、地上で移動する敵車両を見つけるとこれらを攻撃した。


 正直、街道に車両が密集している例は、数えるほどしかなく、獲物の取り合いのような状況だった。遭遇できた小隊はラッキーであり、流星艦攻の攻撃で、稼働する敵戦車、車両は瞬く間に炎に包まれるのだった。


「これでは張り合いがないのぅ」


 一航戦『大鶴』航空隊の下村太一郎少佐は、流星艦攻から眼下の敵車両を見下ろし呟いた。


「まあ、こちとら急過ぎる機種転換でまごついているところがあるから、いい演習にはなるんだが」


 紅鶴の連中はともかく、大鶴航空隊は、航空機が更新されて、すぐインド洋だったから、機種転換訓練の時間が驚くほど短い。

 ただ皮肉なことに、新人搭乗員たちにとっては、先に乗っていた九九式艦爆や九七艦攻に習熟するほどの経験がなかったから、体に機体の癖がさほどついていなかった。つまり、訓練機から一線機に乗り換える感覚で、最初面食らっていても、新しい機体にも比較的すぐに馴染んでいった。


 パイロット不足のため、内地での訓練方法が変わり、即席搭乗員が増えている昨今。要領のいい者がどんどん送られてくるのも、プラスに働いているようだった。


「反撃も抵抗も少ない相手に経験が積めるのは、いいことと割り切ろう」


 戦い方も変わり、搭乗員たちも経験を積んできているとはいえ、まだまだ新人が多く、その練度に絶対の自信は持てない。


 インド洋に来る前、ウェーク島沖海戦で第一機動艦隊は、敵機動艦隊を屠った。ほぼ無傷の完勝だったが、あれも七航戦が敵空母を予め叩いて、迎撃の戦闘機を封じたからだ。攻撃隊は敵対空砲火の外から誘導弾を撃ち込むだけのお仕事である。最低限の仕事はできたが、七航戦のベテランを除けば、第一機動艦隊搭乗員の力量はお世辞にも高いとは言えない。


 フィリピン海海戦からの中部太平洋海戦、そして第二次トラック沖海戦と、それなりに育ってきたが、下村に言わせれば、まだまだだ。


 先の海戦を全てくぐり抜けて、ベテランと言われる者もいるが、航空隊がどんどん拡充される中、転属だったり、新型の配属だったりと、どうにも落ち着いて練度を上げるというのが難しい環境に置かれていた。

 腕が上がってきた、と思ったら、やり直しなことが起きて、全体の練度が平均化しているような……。上手く言えないが、今の環境は飛び抜けた凄腕が、生まれ難くなっているのではないか。


 上手い下手の差が少なくなって、全員が真ん中くらいの腕があればいい、のような。


「しかしまあ、そろそろ落ち着いてくるかな」


 艦爆、艦攻隊に限れば、新型が配備されて、しばらくはこの流星艦上攻撃機を使い続けることになるだろう。こうやって比較的やりやすい戦いで経験を積んでいけば、その平均も上がっていくことになるはずだ。


「戦闘機乗りたちは、しばらく大変そうではあるが」


 艦攻乗りである下村にとっては他人事なので、思わずニッコリしてしまう。

 零戦の改良型である五三型が配備されて日が浅いが、内地では最新の戦闘機が開発中だ。あくまでその新型の繋ぎである五三型である。その配備は、流星艦攻の後継機が作られるより早いだろう。


 あと真偽は不明だが、アメリカの艦上戦闘機、その新型のF6Fヘルキャットとかいうのが日本海軍に配備されるかもしれないという話があるらしい。

 ここ最近日米海軍が協力方向に話が進んでいるから、そんな噂も出てくるのかもしれない。


 何でも、海軍の新型の開発が難航しているから、とか、防弾に優れたF6Fを配備して戦闘機乗りの生存率を上げるため、とか、新型の機体特性がF6Fに似ているから、配備前にF6Fで慣らしておくため、などと様々な説が飛び交っていた。


「……まあ、俺らには関係ない話か」


 とはいえ、噂が本当なら、流星艦攻の直掩を、日の丸をつけたアメリカ製戦闘機が務めるなんて日が来るかもしれない。


 などと思った下村だが、内地では、流星の完成度を上げた流星改という新型が開発中であることを、彼はまだ知らない。



  ・  ・  ・



 航空隊による攻撃は、セイロン島守備隊として即時戦闘が可能だった、つまり基地を離れ展開中だった車両部隊を悉く叩き、トリンコマリー軍港の船舶を壊滅させた。


 一方、コロンボ港もまた、第一次攻撃隊甲第二部隊に所属する、七航戦第二小隊の『剣龍』『瑞龍』の第二次攻撃隊に襲撃され、停泊していた船があらかた撃沈された。


 彩雲、二式艦上偵察機の偵察でも、陸上で活発な動きのある異世界帝国軍の存在は確認されなかった。

 作戦の第一段階は成功と見た第一機動艦隊司令長官、小沢中将は、作戦第二弾を発動させた。


 すなわち、輸送してきた陸軍をセイロン島、トリンコマリー軍港に上陸させたのである。

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