第28話、軍令部からの使者
セレター軍港強襲作戦のために、九頭島に参加戦力が集まった。
神明大佐は、参加する各艦の艦長、九頭島陸戦隊隊長、同航空隊飛行長、そして陸軍特殊第101大隊の大隊長、さらに補給や整備など、作戦にあたり関係する責任者を集めて、詳細な説明を行った。
出席した指揮官たちは、前もってセレター軍港を攻撃する作戦について、大まかに聞かされていたから、今更驚きや反対はなかった。
シンガポールへ行くまでのルート、陽動、攻撃手順、セレター襲撃後の帰還ルートその他、必要な情報の確認が行われる。
部隊は、セレター軍港を襲撃する攻撃部隊と、フィリピン近海に展開する敵東洋艦隊を牽制する陽動部隊に分けられる。
攻撃部隊は沖縄近海から、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を通過、南シナ海を進み、シンガポール海峡を通る。
一方の陽動部隊は、南シナ海で攻撃部隊と分かれて、フィリピン方面にいる異世界帝国艦隊を牽制する。
攻撃部隊がセレター軍港の襲撃に成功し、台湾方面への脱出を図る際、ほぼ確実に敵東洋艦隊が出てくる。陽動部隊は、これを襲撃し、足止めをしないといけない。
「――つまるところ、今回の作戦は、頼れるものは我々のみということだ」
神明は、一同を見回した。
「海軍の支援はないし、英米と共闘する展開もない」
現在、異世界帝国は、フィリピンの攻略を進めており、現地のアメリカ軍は絶望的状況だった。
一方、日本軍は台湾で防衛戦を張っている。
展開する旧第三艦隊――南西方面艦隊に、トラック沖海戦での損傷が少なく、戦闘・航行能力に問題のない艦艇を増援として加え、台湾近海に展開している。
しかし異世界帝国の南アジア侵攻軍――東洋艦隊は複数の戦艦、空母を有し、南西方面艦隊に正面から戦う力はない。
一式陸上攻撃機や九六式陸上攻撃機を装備する陸攻隊が、台湾や近隣の基地へと送り込まれているが、現状、敵艦隊への攻撃に用いるのはリスクが高すぎる。
何せ空母機動部隊である一航艦の精鋭が、まったく攻撃できずに壊滅しているのだ。より図体の大きな陸上攻撃機では、ただの的と化してしまう恐れがあった。
異世界帝国艦隊への航空攻撃は、魔技研提供の魔法防弾板などの防御装備の追加や、攻撃兵装の更新を待って、それからというのが現在の海軍の状況だった。
普通に考えれば、自殺行為の作戦である。フィリピンより南は、異世界帝国のテリトリーである。
タイや仏印にも、現在は異世界帝国軍が展開し、その航空兵力は北上する軍の支援をしているとはいえ、少なからず展開している。
敵勢力圏の最深部に侵入して、そして帰ってくるなど、正気を疑うだろう。
だが神明にしろ、この場にいる指揮官たちは、行きの心配よりも帰りの方を気にかけていた。
魔技研の技術をもってすれば、行きは楽だ。だがひと暴れした後、敵は積極的な捜索活動を行い、攻撃部隊を捕捉するだろう。そこでの敵の猛攻をいかに切り抜けるか、それが問題だった。
「手順はわかっている。皆も戦いとなれば、自分たちの艦がどう戦えばいいかわかっているだろう」
これまでの訓練の成果を発揮すればよい。その技量を全力で活用する以外に、個々にできることはないのだから。
「話は変わるが、今回の作戦、軍令部から連絡将校が来る」
神明が言うと、一同が顔を上げた。同じ海軍だから将校が来ても別におかしくはないが、魔技研を取り巻く事情を考えると少々変わってくる。
「だから何だという話でもあるし、君たちには直接関係のない話だが、一応、そういう目があることだけは頭の片隅に入れておけ」
「……いやはや、身内の目を気にするとか、やはり怖いのは味方ですかねぇ」
陸軍特殊第101大隊の大隊長である中谷中佐が苦笑すると、周りの海軍指揮官たちも同様の苦笑いを浮かべる。
女性艦長――特務艦『鰤谷丸』艦長である
「あんたが言うな。陸軍さんが言うと洒落にならないんだよ」
「これまた手厳しい……。まあ、こちらとしてはお世話になる身なので、よろしくお願いしますよぅ、大幡中佐殿」
またも静かな笑いの波が広がった。この中谷という男、陸軍ながら虚勢を張ることもなく、低姿勢である。変な緊張感をもたせないだけ、周囲の艦長たちも悪い気はしていなかった。
「それで、その軍令部から来るのはどなたなんです?」
「軍令部第一部第一課の
神明は言った。
・ ・ ・
軍令部第一部第一課は、作戦・編成を担当する部署である。
九頭島の第九艦隊が、セレター軍港を攻撃するという作戦は、同じ軍令部の第五部から上がってきたものであり、永野軍令部総長も認めたものであった。
第一課でも、この作戦について可能かどうか、第五部提出の資料と格闘しつつ、話し合いが行われた。
が、結局、書類だけで理解するのは無理であり、それならばと第一部部長である福留のもとに、『ぜひ現場に行かせてください!』と直訴したのが、神大佐だった。
海軍兵学校48期。連合艦隊作戦参謀である三和
九頭島に来た神は、さっそく神明と面会した。
「この度は、同行を許可していただき、感謝いたします!」
同じ大佐ではあるが、神明のほうが先輩である。神は背筋を伸ばし、胸を張って挨拶した。
口には出さなかったが、神はちょび髭をしていたから、ドイツの総統閣下のようだ、と神明は思った。
神はドイツ駐在の経験があり、以後、すっかり親独派になっていたから、彼の髭もその総統を真似たのだろう、ともっぱらだった。
「魔法装備を実戦で見るいい機会だ、神大佐」
神明はいつもの如く淡々と言った。
「生きて帰れれば、その兵器を用いた戦術を考える役に立つだろう」
この神は、今後も参謀職を経験し、いずれは指揮官として戦隊や艦隊を率いることにもなるだろう。
「だが、魔法装備も万能ではないし、我々としても手探りだ。今回の作戦、よその部署に掛かる迷惑が少ないから実行されるのであって、本当ならば生還できる保証はない」
同行しても戦死する可能性は少なくないぞ、と神明の目は告げる。
「いいのか?」
「はい、覚悟しております! 敵地への殴り込みは胸が躍ります」
神の表情には、一切の悲壮感を感じられなかった。外部からの参加を希望してやってくるだけのことはある。
セレター軍港への攻撃など、まともに計画を見れば十中八九、躊躇するだろうに。
「それとご心配なく。私は今回は、作戦や行動には一切口出しいたしません。勉強させていただきます」
実に殊勝な心掛けである。
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