第29話、特務艦『鰤谷丸』


 どうしてこうなった?


 須賀義二郎中尉は、自分でもまったく予想していなかった艦に乗せられていた。


 特務艦『鰤谷丸』である。


「俺は戦闘機乗りなんだが……?」

「知っているよ……っと、知っていますよ、中尉」


 正木妙子が、人前であることを思い出して口調を改めた。先日、昇格したので、須賀の方が階級は上である。軍において、階級とは絶対なのである。


「妙ちゃんがいるだけでも、ホッとする」


 場違いなフネに連れてこられて、心細かった須賀である。


「須賀中尉は、案外ビビリなんですねぇ」

「ああ、自慢じゃないが、俺はビビリだ」


 臆面もない。堂々とビビリを公言する男である。


 さて、そんな須賀は、同じ任務につく同僚たちと顔合わせをした。


 全員、魔技研の能力者であり、名前は藤田、東山、篠川、谷辺と紹介された。――全員、女性である。


 階級は、藤田が中尉。他は、妙子と同じ少尉だった。


「よろしく、須賀中尉」

「よ、よろしく」


 藤田中尉は快活だった。何気に可愛い。歳は須賀と同じくらいだろうか。他の子も二十前後から二十代前半といったところか。


「それで、俺たちは何をするんだ?」

「あれ、聞いてない? セレター軍港へ行くんだよ」


 藤田が小首を傾げた。須賀は苦笑した。


「それは知ってる。でもこのブリタニ丸……空母じゃないよな?」


 格納庫には、戦車や舟艇が乗っていると聞いている。海軍陸戦隊のものもあれば、陸軍から九頭島へ来た大隊も乗っているという。


「須賀中尉は、セレターへ行く目的は知ってるよね?」

「……イギリス東洋艦隊の戦艦を、異世界帝国の奴らが修理しているから、敵に使われる前に分捕る。後、魔核を回収する」

「わかってるじゃない」

「そこまでは説明は受けている。で、俺はその戦艦を分捕る特別班に入れられたんだけど……」

「うん、そこまでわかっているなら、もう何をするかは、言われなくてもわかるよね?」


 わからん――と、言いたいところだが、実のところ見当はついている。ただ、それを認めたくない自分がいた。


 ここ最近の、魔核を使って艦艇を一人で動かす訓練をさせられていたことを考え合わせれば――


「敵艦に乗り込んで、その魔核を制御し、艦ごと持ち出す」

「よくできました。偉いわねー、須賀中尉」


 何故か姉貴風を吹かす藤田である。


「私たち白級の能力者の仕事は、魔核で戦艦や空母を動かして、日本へ持ち帰ること。陸戦隊や陸軍の人たちは私たちを守るためにここにいる」


 妙子も東山たちも頷いた。


 ここにいるのは全員、上級の能力者だった。白級は人数も多くないと聞いているから、魔法に関してはほぼ新人の須賀が、これに駆り出された時点で、お察しである。


「銃は撃てるか、と聞かれた時点で、嫌な予感はしていたんだ」

「私たちが銃を使うなんてのは、ほぼないと思うけどね」


 海軍陸戦隊や陸軍の歩兵が、能力者を死守するから。いつから自分はそんな護衛がつく大物になったのか、と須賀は自嘲する。


「それにしても大きなふねだ」


 実際に鰤谷丸に乗艦し、須賀は感嘆する。


 その甲板は、飛行甲板になっていて航空機用のエレベーターもある。これだけ見たら空母であり、事実、上段の格納庫には艦上機が乗っているが、下段の格納庫には陸戦部隊と上陸用舟艇こと大発動艇が満載されているという。敵地に上陸するだけあって、その部隊規模もかなりのものだ。


「空母にしたら、さぞ沢山、艦載機が載るんだろうな」


 空母航空隊として『蒼龍』に乗っていたのが昨日のことのように思い出される。この鰤谷丸は、『赤城』や翔鶴型以上の大きさだから、余計に悔やまれるところである。


 その時、艦内各所にあるスピーカーが鳴った。


『あーあー、ただいまマイクのテスト中』


 女性の声が聞こえた。


『えー、艦長の大幡中佐です。本日は、豪華客船「鰤谷丸」に御搭乗いただき、実にありがとうございます。九頭島発、セレター軍港行き、間もなく、出航いたします』


 声が男勝りなせいか、丁寧なのにぶっきらぼうさを感じさせる。


『道中は大変スリリングであり、船から出たら即死ぬので、許可なく船外にお出になりませんよう、お願い申し上げます。扉の開閉にはくれぐれもご注意いただき、不明でしたら精神注入棒を持った海兵にご相談ください。わからないものに触る行為は、沈没の原因となりますので、どうぞ、お控えいただきますよう、よろしくお願いいたします』


 やたらと念押しをする艦長である。大げさ過ぎないか、と須賀は思った。


 だが、その理由は出航後、10分で分かった。


『艦長より、全乗員へ。本艦はこれより、潜水行動を開始する。外部ハッチの閉鎖を確認せよ!』



  ・  ・  ・



「なんと!」


 神大佐は、海中へと没していく鰤谷丸を見て呆然となった。


 第九艦隊旗艦、大巡『妙義』の艦橋。軍港出航後、参加艦艇が周りに集まるのを神は眺めていたのだが、潜水艦を除く一部、というより半数近くの艦艇が沈みだした。まるで潜水艦のように。


「し、神明大佐! これは一体……」

「資料に目を通さなかったのか? いやあれだけの量だ。まだ読み込めていないのだな。鰤谷丸や一部艦艇は、潜水航行が可能なのだ」


 事も無げに神明は答えた。しかし神は首を振った。


「いやいや、しかし、潜水って……5万トン超えで、全長269メートルの巨艦が、潜水艦のように潜れるわけがないじゃないですか! そんな潜水艦、存在するわけがー!」

「神大佐。これが魔法だよ」


 まったく動じることなく、さらりと神明は言う。


「あの形だと潜るのに向かないか? まあ、あれでも、水が入らないように密閉できるように作ってはあるんだがね」

「……」

「異世界の技術だよ。どれ、ひとつ昔話をしようか。神大佐、君は知っているかな? 防護巡洋艦『畝傍うねび』という軍艦の話を』


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・特務艦:鰤谷丸


基準排水量:53200トン

全長:269.1メートル

全幅:33.0メートル

出力:魔式機関8万馬力

速力:26ノット

兵装:誘導機雷×60

航空兵装:空母仕様:1層×36機 2層×72機 エレベーター×3 魔式射出レール×5

姉妹艦:――

その他:第一次世界大戦中に、機雷で沈没したホワイト・スター・ライン社のブリタニック号を回収し、再生、改造した船。魔式機関と魔法技術でどこまで大きな船を潜水艦として運用できるかという実験のため、5万トン超えの本艦が選ばれた。問題なく運用できるのが確認されたあと、せっかくの巨艦なので特務艦として改造された。魔法防御を採用したものの、元は装甲のない船ということで武装はほぼなし。輸送任務から発展し、潜水母艦、陸上部隊輸送の揚陸艦、そして空母としての運用ができるように設計された。格納スペースは二層になっており、片方、あるいは両方を艦載機ないし、陸戦隊、もしくは物資倉庫に活用される。非常時は潜航することで、敵を回避する。

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