第233話、無人の野を行くが如く


 一式戦闘機Ⅲ型12機が、トリンコマリーの飛行場の上空に侵入した。

 第99独立飛行隊第一中隊の小林大尉は、一式戦Ⅲのコクピットから見下ろす。下を走り回っているのは、友軍の九七式中戦車改Ⅱ型だ。巡回しているのか、特に戦闘をしているようには見えない。


「敵は建物の中か? 少なくとも、外にはいないな」


 必要なら、一式戦Ⅲが積んできた爆弾で、地上部隊の支援をするつもりだったが……。


 飛行場の空には、敵影はなし。むしろ駐機されている敵戦闘機の姿はある。本来なら、真っ先にこれらを潰すのだが、今回に限っては、様子見である。


「中隊長から各小隊へ。第一小隊と第二小隊は地上を監視。下の航空機が動き出したら始末しろ。第三小隊は上空警戒!」

『了解!』


 事前の説明では、異世界人はすでに戦闘不能状態になっているというので、その兵器については、動いているものは破壊。しかし止まっているものは無人なので、鹵獲のため攻撃を控えろ、と言い渡されていた。


「……ああやって敵機がお行儀よく並んでいると、銃撃してぶち壊したくなるんだがな」


 開戦以来、小林は前線で敵主力機ヴォンヴィクスと渡り合ってきた。だから、その姿を見れば反射的に攻撃したくなる衝動が込み上げてくる。


 圧倒的な速度差を見せつける異世界人のトンボ。一式戦が得意な低高度格闘にすんなりついてこられる運動性を持ち、その強力な武装で日本機を食ってきた強敵だ。追えば振り切り、追われればしつこい。


 幸いなのは一式戦の12.7ミリ機関砲でも敵機を撃墜できたこと。7.7ミリには意外と耐えたが、12.7ミリ機関砲で落とせたことが、今日の日本陸軍戦闘機隊が、異世界帝国空軍に対抗できた理由の一つにあげられる。

 低速低高度に限れば、零戦に劣ると言われた一式戦でも、ヴォンヴィクス戦闘機に対抗できたのだ。


 また陸軍航空隊は、海軍と違い、無線を積極的に活用し、僚機との連携で敵に当たった。海軍が3機編隊を基本としていたところ、陸軍は2機を最小単位とし、1個小隊4機、2機ずつのペアでの行動――ロッテ戦術を早くから採用していたのだ。


「せっかくのⅢ型なのに、敵機が飛んでこないのではな」


 レシプロ機ではなく、マ式エンジンを搭載した一式戦Ⅲは、もはや低速低高度以外でも、敵主力機を凌駕している。


 航空撃滅戦を主にする陸軍航空隊からすれば、飛行場にいる間に叩きたいのが本音だろうが、小林から言わせれば、きっちり空中戦でも敵機に一式戦闘機Ⅲ型の力を見せつけてやりたかった。


 飛行場周辺を飛び、近接支援活動を行う第一中隊だが、結局、彼らへの助っ人要請が来ることもなかった。


 やがて飛行場に、徒歩で移動してきた第98独立飛行隊と、航空整備部隊が到着した。

 滑走路は無傷。小林たち第99独立飛行隊も、下の受け入れが済み次第、トリンコマリー飛行場を利用する。なので、空母『神鷹』に着艦することはない。


 飛行場制圧を行っている陸軍特殊魔法第一中隊から、飛行場の制圧と掃討が完了したと報告が入る。これでこの飛行場は日本陸軍のものとなった。


 すると待機スポットで動きが見られた。地上の兵たちが、次々と収納鞄に入れて運んできた機材の展開を始めたのだ。


 魔法の道具――魔道具と言われるその鞄は、一見ただの鞄だが、収納容量は天と地ほども隔絶している。

 何せ、一個飛行隊とその機材一式をまとめて、ひとつの鞄にしまえるのだから。輸送大革命とも言うべき輸送量を実現する、まさに魔法の道具だ。


 第98独立飛行隊の航空機が、次々と飛行場に並べられていく。人の手が巨大な航空機を引っ張り出すというのは、非現実的な行為である。だが出したものが地につくまでは物理の法則が無視されるのは、さすが魔法としかいいようがない。


 一式戦闘機Ⅲ型、二式複座戦闘機、三式戦闘機改……これらは第99独立飛行隊が『神鷹』に載せてきたものと同じである。

 セイロン島に乗り込む前に、『神鷹』にトラブルがあって引き返すなどがあった時に備えて、分散させていたのだ。


 そしてここにきて『神鷹』に載せていない機体、一〇〇式司令部偵察機Ⅱ型改も収納鞄から出された。


 小林は機上からそれらを見下ろし、開戦時とは違う光景に時の流れを感じた。

 もちろん新しい機体が増えたということもあるのだが、現在展開中の陸軍戦闘機で、プロペラがついているのは、三式戦闘機改のみ。

 あとは全てマ式エンジン機である。一見すれば、研究されていたジェット戦闘機のようにも見えなくない。


 これらは三式戦闘機改を含めて、全機が時速600キロを軽く超える速度を発揮する。戦前に比べて戦闘機は100キロ近くの速度アップとなっている。

 年をとるわけだ、と小林は思った。航空機の進化の速度はめまぐるしい。



  ・  ・  ・



 陸軍はトリンコマリー飛行場を制圧した。

 すでに多数の鹵獲品を獲得したが、間髪を入れず、セイロン島の要衝への進軍を開始した。


 特殊第101大隊は、北ジャフナと、西部コロンボを目指し、戦力を分ける。コロンボへと向かう部隊には、特殊魔法第一中隊も同行し、北中部アヌラーダプラ、中部キャンディを制圧することになっていた。

 トリンコマリー飛行場を拠点に、第98、99独立飛行隊が、地上部隊を支援しつつ、制空権の確保を行う。


 進軍は、比較的スムーズに進められた。道中、徘徊する死体兵や、小グループのトカゲ突撃兵が迎撃に現れたりしたものの、時間をかけずに制圧された。指揮官となる異世界人が不在の結果、これらの小グループは各個撃破されていった。


 セイロン島周辺海上にある海軍、小沢中将の第一機動艦隊は、陸軍の現地戦力で手に余る敵との遭遇や、インドからの攻撃に備えて待機していたが、それらの出番も今のところはなかった。

 もっぱら陸地沿いを進む敵輸送船や、ベンガル湾に潜む敵潜水艦を攻撃するのが、第一機動艦隊甲部隊の仕事と化していた。


「始めは、無理だろうと思っていたが、やってみたら案外すんなりと行ってしまったな」


 第一機動艦隊旗艦『伊勢』で、小沢は言った。山田参謀長が苦笑する。


「案ずるより産むが易し、でしたな」

「それだけ、アヴラタワーの存在が、奴らにとってのアキレス腱だったということだ」


 こういう戦いができるなら、陸軍の大陸決戦も、想像より有利となるに違いない。敵の弱点が明らかになった以上、そこを突く戦いは常道。陸軍のことはよくわからない小沢たち海軍にとっても、見通しがよくなったと感じる。

 セイロン島攻略は、その自信を日本軍にもたらすだろう。


「あとは――」

「失礼します、長官。第一機動艦隊乙部隊より入電です」


 通信長が、目を爛々と輝かせてやってきた。


「カルカッタ上陸作戦が開始されました! 陸軍は上陸を果たし、異世界帝国軍と交戦中とのこと。乙部隊は航空戦力を以て、これを支援中」

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